勝気な一族

緑谷、爆豪、そして強子にも、エンデヴァー事務所からインターン受入れの許可がおりた。
これで望んでいたとおり・・・年末を挟んで 年が明けたら、轟を含めた四人でエンデヴァー事務所のお世話になるわけだ。


「いいじゃないか!是非揉んでもらいなさい」


いつもの仮眠室にて、インターン先が決定したことを緑谷がオールマイトに報告すると、彼は皆を後押しするように大きく頷いた。ちなみに、いろいろと秘密を共有する強子と爆豪もこの場に同席している。


「・・・ワン・フォー・オールの修行はどうしましょう」


個性を暴走させないよう、これまでオールマイトの監督下で訓練を続けてきた緑谷が不安げに問う。


「私は順調だと考えてる。『黒鞭』発現から今日まで、まだ見ぬ個性が飛び出すこともなかったろ・・・施錠・解錠のイメージ作りが出来ていれば、また暴れさせるようなことにはならないはずだ」

「はい!」


これから発現するだろう複数の個性――それらを一つ一つ施錠・解錠しながら習得していく地道で先の長い工程を思い描いたのか、爆豪が煩わしげにケッと吐き捨てる。


「俺だったら全ブッパできる」

「しそう」


そんな幼馴染コンビのノンキなやり取りを見ながら、オールマイトが一つ頷いた。


「爆豪少年もグッドタイミングだね」

「あ?」

「君とエンデヴァーには似たとこがある。“今”のエンデヴァーを間近で見られるのは君にとって良い事だ」


そう告げると、今度はオールマイトは強子へと視線を向けた。


「身能少女も、君はどちらかというと 追い込まれたほうがパワーを発揮できるタイプだからね。慣れ親しんだ環境を離れて、厳しいトップの現場でしっかり揉まれてくるといいよ!」


オールマイトからの助言に強子は苦笑をこぼす。
彼の言うように、トップの現場はかなり厳しそうだ。ライバルも手ごわいし・・・。先行きを思うと億劫な気持ちにもなるってもんだ。


「三人とも、トップヒーローになるならチャンスは逃すな・・・!」


そんな激励の言葉を受けて仮眠室をあとにすると、緑谷が強子に笑顔を向けた。


「インターンも身能さんと一緒でよかった!実は最近、身能さんを“お手本”にさせてもらってて・・・」


急に何を言い出すんだ?と、足を止めて、彼に訝しむ視線を向ける強子。


「僕はまだ『黒鞭』の制御で手いっぱいだし、他の個性を習得できるのなんて先の話だと思うけど・・・身能さんを見てると、複数個性をコントロールするためのヒントをつかめそうで」

「・・・私、複数個性持ちじゃないけど?」

「もちろん身能さんの個性は『身体強化』一つだけど・・・筋力増強に感覚強化、超反射や、治癒能力まで!元が一つの個性とは思えないほど、『身体強化』はあらゆる方向でそのポテンシャルを発揮できる個性だ!初見のひとから見れば、複数個性だと勘違いされても不思議じゃないほどの多能性だよ!!」


サッとどこから出したのか、彼の手元にはびっちりと書かれたノートが。
ノートをパラパラと捲りながらギョロギョロと目線をすべらせ、緑谷はオタク特有の口調で強子に語って聞かせる。


「感覚強化に特化することで索敵、近接戦闘時には超反射と筋力増強を特化・・・状況に応じて、最適な戦闘スタイルに即座にもっていく。たぶん、身能さんが状況把握力に優れてるってことと、幅広い知識からくる分析力や判断力が最適化をかなえてるんだ!僕には身能さんみたいな、多能な個性をうまく使いこなせるだけの機転はないけど・・・それでも、君の戦いぶりはとても参考になるよ!」

「そ、そう・・・・・・?」


勢いに押されて呆然と彼を見つめて応えれば、彼は「うん!!!」と大きく頷いて、再び強子へと笑顔を向ける。


「それに、身能さんはすっごく頼りになる人だから。本音を言うとNo.1事務所だなんて気おくれしちゃいそうだったけど・・・身能さんも一緒だから心強いや!」


純真無垢な笑顔で、信頼に満ちた眼を向けられて・・・ああ、そういえば “そうだった”なと思い出す。
緑谷という奴は、こういう奴だった。
どれだけ彼をライバル視しようとも、彼と対等になるにはどうすればと悩もうとも・・・緑谷はこういう男なのだ。


「まったく・・・デクくんは、デクくんだね」


肩の力を抜いて、ふっと笑みをこぼす。
強子が彼を警戒したところで、彼はまるで強子を崇拝するかのような態度をしてくるから、毒気なんて抜かれてしまうのだ。
彼が複数個性を手に入れると聞いて、勝手にびびって、くだらない劣等感を爆発させて・・・拗ねていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
やれやれと息を吐いていれば、爆豪に「今さら気づいたンか」と鼻で嗤われた。











大晦日―――
全寮制化の経緯から帰省は難しいと思われたが、プロヒーローたちの護衛つきで生徒は一日だけ我が家に戻れることになった。
強子の護衛を担当するプロヒーローは、ミッドナイトだ。
日頃からお世話になっている よく見知った顔なので、強子は気兼ねすることなく帰省できそうだとホッとする。


「よかったら先生もうちでご飯たべませんか?大晦日に寒空で1人なんて寂しいですし」

「お誘いは嬉しいけど、護衛の身だからね・・・たまには親子水入らず、ゆっくり過ごしたらいいじゃない」

「えー?先生からうちの親に 私がいかに優秀かを語ってもらって、親を安心させてあげたかったんですけど・・・」

「あなたって本当に強かよね。ここぞとばかりに人を利用するんだから」


のらりくらりと取り留めない会話をしているうち、久しぶりの我が家へと到着した。
ミッドナイトに付き添われながら、「ただいまー!」と自宅の玄関をくぐれば、


「おかえり!強子!」

「おかえり、久しぶりだね」


笑顔で強子を迎え入れた両親。それと・・・


「おう、遅かったな!待ちくたびれたぜ!」


両親の後ろにいた人物を目にとめると、強子はぎょっと目を剥いた。


「は?・・・えっ、なん・・・・・・ええ!?」


オバケでも見たような顔で、強子はおそるおそる、その人物を指差した。


「なんで・・・なんで、“ミルコ”がうちにいるのぉ!?」


そう――そこにいたのは No.5のプロヒーロー。“勝気なバニー”こと、ミルコであった。


「え?え!?本物?ドッキリ!?」


本物のミルコを生で見たことはないけど、目の前の彼女は本物のように見える・・・けど、我が家にNo.5ヒーローがいるという状況が不可解すぎて、ちょっと信じられない。
そんな強子の狼狽ぶりに彼女はハハハッと大口を開けて笑うと、親指でビッと自身の胸を指した。


「ああ!まごうことなき本物、ヒーローミルコ様が来てやったぞ!疑わしいってんなら、満月乱蹴(ルナラッシュ)でも一発キめてやろうか!?」


いや、うちを壊す気!?
彼女の申し出を丁重に断りながら、この人は本物のミルコで間違いないなと腑に落ちた強子であった。





玄関先で立ち話もなんだし とリビングに移ると、ミッドナイトも含めた皆に温かいお茶が振るまわれた。
しかし、この状況で悠長にお茶なんて飲んでられず、母に「早く説明してくれ!」という視線で睨んでいれば、ようやく母がこの状況を説明しはじめた。


「それじゃ、改めて・・・こちらはプロヒーローのミルコよ。本名は兎山ルミちゃん。ルミちゃんは私の姉さんの娘で・・・つまり、強子の従姉妹(いとこ)にあたるのよ」

「いとこぉ!!?」


強子は驚愕の表情で叫ぶように聞き返す。
ミルコがいとこ!?何だそのトンデモ設定、初耳だぞ!?


「っていうかお母さん、お姉さんなんていたの!?」


先ほどから、ミルコの隣に座っている見知らぬ女性が誰なのか気になっていたのだけど・・・どうやらその女性が母の姉――つまり強子の伯母らしい。
今まで 母方の親族はもういないと聞かされていたし、親族との思い出話すら聞いたこともなかった。それが急に目の前に現れたとあって、強子は動揺を隠せない。


「親族はいないって言ってなかった!?伯母さんやミルコのこと、なんで教えてくれなかったの!?」

「あー それは・・・私と姉さん、ずっと絶縁してたからねぇ」

「絶縁!!?なんで!!」

「ケンカして・・・顔も見たくないってくらい揉めたのよ。姉さんは広島に住んでて会うこともないから、そのまま仲直りする機会もなく疎遠になったってわけ」


母は何てことないようにケロリと話しているが、身能家の知られざる歴史に愕然とする。父方の親戚とは良好な関係だったから、まさか親戚間でそんなイザコザがあったとは夢にも思わなかった。


「それにしても、絶縁するほどのケンカだなんて・・・いったい何があったの?」


センシティブな内容なので訊いていいものか悩みながら疑問を口にすれば、母と伯母は顔を見合せ・・・そして二人は強子に笑顔を向けた。


「「忘れた」」


ケロリと返されたその回答に、強子はガクリと脱力する。
絶縁するほどのケンカの理由を忘れるって、そんなことあるの?二人してどういう神経してるんだか・・・。「姉妹喧嘩なんてしょっちゅうだったしねえ」なんて言って笑い合う二人に、もはや言葉が出てこない。
ところで―――母と伯母の二人を同時に視界に入れると、否応なしに気づくことがある。
意思の強そうなツリ目に、凛々しさただよう上がり眉。大胆不敵に笑みを浮かべた口元と、自信にあふれた語り口・・・


「(間違いなく、お母さんの血筋だ!!)」


母と伯母に共通するところが多く、間違いなく血の繋がった姉妹であると確信する。よく似た姉妹だな。
二人の性格も似ているのなら、自分を曲げない頑固者どうし・・・ケンカ別れで絶縁しちゃうのもわかる気がする。


「でも、仲直りできたなら良かったよ」


今 伯母がここにいるってことは、もう仲直りしたってことだろう。血の繋がった家族と疎遠のままだなんて悲しいことにならなくて良かった!


「そうね、ケンカの理由もとっくに忘れたし・・・何より強子のためを思えば、このまま疎遠にしておくわけにはいかないもの」

「・・・私?」


姉妹喧嘩の仲直りに、強子がどう関与するというんだ?
強子が首を傾げると、母はニンマリと笑ってミルコを見やる。


「強子はトップヒーローに仲間入りしたいんでしょう?なら、立ってるものは親でも使わないと!せっかくトップヒーローとのコネがあるのに、それを使わない手はないわよ!」


あ、そうか・・・強子にミルコとの“ツテ”を持たせるため、疎遠だった姉に連絡をとってくれたんだ。母の性格上 気乗りしなかったはずなのに、トップヒーローを志す強子のために一肌脱いでくれたのか・・・!
久しぶりに触れた母の愛に胸を打たれていると、ミルコが大きく頷いた。


「おばさんが連絡くれて丁度よかった!私としても、噂の身能強子には会いたいと思ってたからな!」


その言葉に、はたと強子は目を見開く。


「えっ・・・ミルコが?私に、会いたかったんですか?」

「ああ そうだ!お前、雄英体育祭で目立ってたろ・・・私は従姉妹がいること知ってたから、お前がそうだってすぐにピンときたぜ。それに、お前のこともすぐに気に入った――世の中の人間を舐めくさってる感じ、生意気で良いぞ!!」


そう言うとミルコは、ニカッと笑顔で拳を握りしめた。
生意気、かぁ・・・彼女から好意を寄せられて嬉しいのだが、理由が理由なだけに、複雑だ。


「後進育成には興味なかったが・・・お前とは馬が合いそうだし、数少ない血縁だからな。職場体験とやらでお前を指名しようと思ったんだ」

「ウッソ、本当に!!?」


あのミルコが、強子をドラフト指名かよ!?テンション上がるわあ!!・・・と、舞い上がりかけたところで、待てよ?と記憶をたどる。


「オファーしてきたヒーロー事務所のリストの中に、ミルコの名前はなかったような・・・?」

「ああ・・・指名の手続き、うっかり忘れちまってさ」


悪びれる様子もなくケロリと告げられて、強子の顔がヒクリと引きつった。
信じられない・・・そんな大事な手続きを忘れるって、そんなことある?「応募締め切んのが早ェんだよな」と愚痴りながら笑っている彼女に、ふつふつと怒りがわいてくる。そりゃ腹も立つさ!


「ミルコから指名されてたら、ミルコを選んでただろうに・・・」


ファットガム事務所でさんざんお世話になっておきながら言う事じゃないが、思わず口をついて出た。
なんてったって、彼女はヒーロービルボードチャートにて、日本でNo.5の実力あるヒーローだ。女性ヒーローとしては現状1位となる。女性でありながら武闘派ヒーローとしてトップを駆ける彼女にはリスペクトしかない。
彼女のもとで職場体験していたら、また今とは違った成長が得られていただろう。


「当然だ!!」


得意げに返して、ミルコは満足そうに頷いた。
意思の強そうなツリ目に、凛々しさただよう上がり眉。大胆不敵に笑みを浮かべた口元と、自信にあふれた語り口・・・そんな我の強そうな彼女を見て、強子はまた一つ確信する。


「(この人も間違いなく、母方の血筋・・・!)」


生命の神秘、色濃く継がれているDNAの凄さを感じて強子が震撼していると、ミルコがふふふと含み笑いをする。


「実を言うとな・・・私はずっと 妹が欲しかったんだよ」

「なんと、意外な・・・!」


妹・弟が欲しいと言って親を困らせる幼子を微笑ましく思うように、妹が欲しかったのだと打ち明けた彼女を微笑ましく思う。
男勝りな性格で、恐れ知らずの勝ち気な彼女にも、かわいらしい一面があったんだな。


「いいよなァ、妹って・・・疲れたら肩揉んでくれたり、腹へったら焼きそばパン買ってきたり・・・」

「それは“妹”っていうか、“舎弟”では?」


いや、それよりも“パシリ”という表現のほうが適切かもしれない。彼女のいう“妹”の定義に懐疑していると、


「年下の従姉妹つったら、血も繋がってるし、ほぼ妹みたいなもんだよな?強子もそう思うだろ!?」


これは・・・答えにくいな。「はい」と答えたら最後、パシリとしてこき使われる未来しかないんじゃ?
答えに詰まっていると、鋭く目を細めたミルコが「なあ?」と念押ししてくる。鋭い眼光ですごい圧をかけられ、ウサギ相手に強子は、捕食者に追い詰められたように震えながら頷いた。


「は、はひ・・・!」


こうして、強子はミルコの妹分というポジションを獲得した。





その後、夕食時にはミルコと伯母と(ついでにミッドナイトも)一緒に食卓を囲んで、身能家はとても賑やかだった。
トップヒーローの生活というものをミルコが語ってくれたり、強子の学校での様子をミッドナイトが語ってくれたり・・・ミルコの学生時代がどんなだったかを伯母さんが教えてくれたりした(とんでもないヤンチャ兎だった)。
家族水入らずで過ごすのもいいが、こうやって、普段会うことのない人たちで集まるってのもいいものだ。それに・・・強子に姉のような存在がいるというのも、結構いいものだ。
今までとは違う、ちょっとうるさいくらい活気に満ちた大晦日に強子は胸を弾ませた。


「(今ごろ、A組のみんなはどんな大晦日を過ごしてるかな)」


みんなも家族とのんびり穏やかな時間を過ごしているだろうか。
年越し蕎麦をすすりながら、轟家でも蕎麦を食べてるに違いないななんて考えていると、ミルコがすっくと立ち上がった。


「よしっ!食うもん食ったし・・・そろそろ やるか!!」


ずるずると蕎麦を口にすすりこむと、強子はミルコを見上げて首を傾げる。


「やるって・・・何を?」


強子がくだけた口調なのは、ミルコに「血縁どうしで敬語使うなんざ水クセェだろ!」と叱られたからだ。従姉妹、ましてや姉妹ならタメ口を使うはずだと言われたので、かしこまらずに話すことにしたのである。


「決まってんだろ!?私とお前で 手合わせすんだよ!!」


ミルコの力強い返答に、ん?と目を点にする。


「ええと、手合わせって・・・今から?」

「おう!今からお前にみっちり稽古つけてやるぜ!!」


初対面の親族相手に手合わせって・・・発想が普通じゃない。血の気が多すぎるよ、この人・・・。


「いや、でも・・・大晦日くらい、家族とのんびり過ごしたいし・・・?」

「何言ってんだ、もう十分のんびり過ごしたじゃねーか」


感覚も普通じゃないな。
大晦日だぞ?世間だって年末年始のお休みモード。
それに、こちとら全寮制で家族と過ごせる時間は限られてるのに。
どうにか手合わせを回避できないだろうかと強子は頭をしぼる。


「あー、ほら・・・今は護衛されてる身だから、外出はちょっと・・・」

「今 校長に確認とったけど、No.5ヒーローの監視下なら公安も文句言わないだろうからオーケーだって」

「!?」


ミッドナイトがスマホを片手に、余計なアシストを挟んできた。
いつのまに校長に連絡を!?仕事が早いよ、ミッナイ先生・・・!
「この子は昔からじっとしてられない性分なのよね」じゃないよ、伯母さん・・・!
もう出かける気満々で準備を進めているミルコを見ながら、気乗りしない強子は弱々しく彼女に問いかける。


「後進育成には興味ないんじゃなかったぁ・・・?」

「あ?まあ、そりゃそうなんだが・・・」


彼女は外出の準備をしていた手を止めると、強子を見据える。そして、ニヤリと口角を上げた。


「強子、お前は特別だ・・・なぜならお前は、ヒーローにとって一番必要なモノを持っている!!」

「ヒーローに、一番、必要なモノ・・・?」


それは、いったい何だろうか?
戦闘向きの強個性?それとも不屈の精神?はたまた、溢れでるカリスマ性だろうか?
ごくりと唾を飲んで、言葉の続きを待つ強子に、ミルコが答えを告げる。


「それは―――キック力だ!!」

「! キック、力・・・・・・?」


予想の斜め上の答えに、思考が停止する。
そりゃまあ脚力も大事だけど・・・一番必要かと問われると、どうなんだろう?
今なおレジェンド的な扱いを受けているオールマイトだって、キック技を使わないことはないけど、どちらかといえばパンチ技のほうが多いしなぁ・・・。


「脚の力は腕の5倍!どんな大男も脳天一発だぜ!!?」


チラリとミッドナイトの顔を見て確認すると、彼女もミルコの発言には共感しかねるようで、ヒョイと肩をすくめた。そうだよね・・・何が一番大事かなんてヒーローの価値観は、ヒーローの数だけあるよなぁ。


「強子!お前には見込みがあるぞ!この私が直々に鍛えあげてやる!!」


やる気満々のミルコに気圧されては、これを拒否することなど叶わず・・・強子は重たいため息とともに立ち上がるのだった。











手合わせなんてどこでやるのかと思えば、近くにある小高い山まで移動すると言う。
近くといっても電車で何駅も乗らなくてはいけない距離だが・・・ヒーローミルコが公共交通機関など使うはずもなく、彼女は“跳んで”、強子は走って移動するハメになった。
それだけでも疲れるのに、そこからさらに、山頂付近にある開けた場所まで登ることに・・・。しかも登山用に整備された道ではなく、けもの道をひたすら歩かされるのだ。
寒空の下、わずかな月明かりしか届かないような暗がりを手探りしながら進んでいくのは、思いのほか体力が削られる。
1年の締めくくりの日だというのに、自分は泥だらけ、汗まみれになってまで何をやらされているんだろうと遠い目になった。


「はあ〜〜〜・・・しんどっ・・・」


やっと目的地に到着すると、膝に手をついて呼吸を整える。
強子の護衛として、強制的にここまでの道のりを付き合わされたミッドナイトは「久々だとクるわね・・・体力衰えたかしら」と、彼女も疲れた様子で腰に手を当てている。なんというか、巻き込んでしまってごめんなさい。


「情けねえなァ、それでも私の血縁か?そんな軟弱な体じゃヴィランどもをぶっとばせねェぞ!?」


息があがって手合わせどころじゃなくなっている強子を見下ろし、ミルコがケラケラと笑っている。


「まーいいか・・・弱っちいヤツでも、私が稽古つけりゃあマシになんだろ。ほら強子、コレつけとけ」

「・・・?」


強子の背後でミルコが何やらゴソゴソしている。次いで、彼女は強子の頭に何かをつけた。


「これ、って・・・」


手で触れてみて、その正体を察した強子は顔を曇らせる。
なんと・・・強子の頭には ウサ耳のカチューシャが、そして、尾てい骨のあたりには 白くて丸い尻尾のようなものが付けられている。


「私からのプレゼントだ!せっかく脚力トレーニングをやるんだし、カタチから入ったほうがいいもんな!」


いや、そんなたいそうなモノじゃなく・・・悪ふざけで買ったとしか思えないんだが。
これ、ただのバニーちゃんのコスプレグッズだぞ?しかも材質から安っぽさが滲み出ているし、ついさっき思いついてその辺で買ってきました!みたいな “急ごしらえ感”が凄まじい。


「それに、私とお揃いで姉妹っぽいだろ!?」


自分の耳を指差しながらニッと歯を見せて笑うミルコに、強子はしょうがないなと息を吐き出した。
ちゃちなコスプレグッズも、強引に連れ出された脚力トレーニングも―――ミルコなりの、今日初めて会った従姉妹への親愛の証なのだとしたら、強子はそれを喜んで受け取るべきだ。
まあ、耳と尻尾を付けたからって何が減るわけでもないし、「わかったよ」と了承する。
強子は背筋を伸ばしてすっくと立ち上がり、ミルコに向き直った。


「それじゃあ早速、脚力トレーニングとやらを始め・・・」


始めようか と言い終える前に、ビュオッと激しい突風が強子の顔に吹きつけた。
風圧で髪がバサバサに乱れたが、強子はそれを直すでもなく、ただ呆然と・・・目の前にあるミルコの足の裏を見つめる。


「(・・・反応できなかった)」


ミルコの蹴りに、強子はまったく何のアクションも起こせなかった。彼女が寸止めしていなければ、強子の顔面は複雑骨折してぐちゃぐちゃに崩れていただろう。
強子とて気を抜いていたわけではないのに、強子の反射神経をもってしても、彼女のスピードに対応しきれなかった。
その事実を認識すると同時、強子のこめかみにツゥと汗がつたう。


「(やっぱり、この人、すごい・・・!)」


サイドキックを従えず、事務所すら構えず、フリーランス的な活動体系をとっていながらNo.5にまで上りつめるだけある。
彼女の実力を肌で体感し、強子は気を引き締めた。


「“手”合わせする たァ言ったが・・・今からやんのは、蹴り合いだ!!足技以外の攻撃は一切禁止な!」

「!?」

「次からはしっかり避けろよ?一方的に蹴り入れるばっかじゃサンドバッグ相手にすんのと変わらねえ・・・少しは手ごたえなきゃツマンネーぞ」

「ちょっ、ミルコ!?」


今から始まる手合わせにウキウキな彼女へと慌てて声をかける。
手合わせの条件が、いろいろと厳しすぎる!
足技のみと縛りをかけられても・・・強子は普段どちらかといえばパンチ技のほうを得意としているし、最近使い始めたサポートアイテムのブーツもここでは使えない(山崩れでも起こしたら大変だ)。
一方で、ミルコといったら足技のプロフェッショナルだ。足技だけの強さで言ったら、トップ10以内の他のどのヒーローよりも強いだろう。ってことは実質、日本一の強さとも言える。
そもそも、こちらは仮免ヒーローに過ぎないのだ。


「実力差を考えてよ!?」


何かしらハンデでもなきゃ、強子は容易く彼女のサンドバッグになり果てるだろう。


「んなこた言われるまでもねえ、当然考えてるさ」


そ、そうだよね!かわいい妹分をサンドバッグ扱いするはずないものね!
ミルコの足に重りをつけるとか、片足を封じるとか・・・なにかハンデをつけてくれるなら、まだどうにか闘えるはず!


「ちゃんと 死なない程度には加減してやるよ!!」


そりゃないぜ、姉さん・・・!






ぜぇはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、強子は地面に寝そべって、木々の隙間から夜空を仰ぎ見た。


「(今ごろ、A組のみんなはどんな大晦日を過ごしてるかな・・・)」


少なくとも、冷たい風が吹きすさぶ中で泥だらけ、汗まみれ、傷だらけの満身創痍で山の斜面に寝転がっているのは強子くらいだろうな。
大晦日だと言うのに、なぜこんなことに?本当なら今ごろは暖かな部屋で、年末の特番なんかを観て家族と談笑していただろうに。
疲労で体が重いし、ゴツゴツした岩や木の根が背中にささって痛いし・・・惨めだ。


「・・・くそー」


ミルコとの手合わせは、まるで歯が立たなかった。
周囲の木々を足場にしてピョンピョン跳びはね、疾風のごとく襲いかかってくる彼女は、ウサギというより猛獣だ。
彼女からボコスカと一方的に蹴られまくって、治癒強化で怪我をなおす間すら与えてもらえなかった。木々の影や暗がりに隠れようがすぐに見つかり、追いつめられる。反撃しようとも、圧倒的な実力差で押し込められる。
これではサンドバッグと大差ないぞ・・・。


「なんだ、もうヘバったのか?だらしねーなァ!」


さんざん暴れまわっておいて息ひとつ乱れていないミルコが、寝そべる強子を見下ろし笑っている。それから、彼女はフムと顎に手を当てた。


「思ったとおり筋は悪くねえ・・・が、どうにもお前の動きは 型にハマってるっつーか、教科書通りのお利口サンぶってる気がすんだよな」

「!・・・そう、なの?」


そんなことを指摘されたのは初めてで、思わず半信半疑に聞き返してしまった。だが、彼女がウソを言う理由もないので、彼女のアドバイスに真摯に耳を傾ける。


「いいか?“型”にハマったままじゃすぐに限界がくる。そいつを乗り越えるには、“型”を破っていくしか方法はねぇぞ」


確かに、トップヒーローは型破りな人たちばかりだ。ミルコもご覧のとおり破天荒な人だし・・・。常識にとらわれない、慣例に縛られない人たちだから、彼らはトップにまで上りつめたんだろう。
強子自身の経験を振り返ってみても、型破りな行動をとった時のほうが、相手の意表をついて良い結果に繋がったと思う。
でも―――


「型破り、ねぇ・・・」


言うは易しだが、それを実行するのは骨が折れそうだ。
今までと戦い方を変えなくちゃいけない。
今までの考え方も変えなくちゃいけない。
今までを捨てて、自分を一新しなくちゃいけないのだ。


「そう難しく考えんな、勝つために出来ることは何でも好きにやっちまえって話だ!不意打ちでもいい、邪道でもいい、人から「そりゃナシだろ」と否定されたって―――勝ちさえすりゃ、お前が正しかったと証明できる!!」


きっと、ミルコはそうやって上りつめてきたんだろうな。
頼もしい従姉妹からのアドバイスをしかと心に刻んでいれば、くたびれた様子のミッドナイトから声がかかる。


「二人とも、トレーニングが終わったならいいかげん帰りましょう・・・もう日付が変わっちゃうわよ」

「もうそんな時間!?」


ずいぶん長い時間、手合わせに付き合わされていたようだ。


「私はこのまま 初日の出を見るまで続けてもいいんだが・・・」


笑顔で恐ろしい冗談を言うミルコを黙殺し、強子は「さっさと帰ろう!」と立ち上がった。
年越しの瞬間くらい、家族とともに迎えたい。


「楽しい時間ってのはあっという間に過ぎるよなー」


お気楽なミルコの呟きを背にスタスタと下山していると、ふいに強子の耳にゴーン、ゴーンと鐘の鳴る音が届く。


「除夜の鐘・・・!」


人間の煩悩の数だけ撞かれるというその鐘は、午前零時から聞こえてくるはず・・・こんなワケわからん場所で年をまたぐことになるとは、不覚だ!
あーあ と肩を落とし消沈しながら鐘の音を聞いていれば、鐘の音にまじり、騒がしい喧騒が聞こえてきた。


『キャー!!』

『逃げろっ!ヴィランだ!』

『でけぇヴィランが暴れてるぞ!ヒーローは近くにいないのか!?』


聴覚強化により、すぐさま状況を理解する。どうやら、この山にある神社に巨体のヴィランが現れ、初詣に来た参拝客を襲っているらしい。
ミルコに視線を送ると、彼女も強子と同じく、すでに状況を理解しているようだった。個性がウサギなだけあって聴覚に優れているのだ。


「年明け早々に神社で暴れるとは、バチ当たりなヤツがいたもんだ」


不敵な笑みを携えているミルコに、強子もニタリと含みのある笑みを返した。


「違うよミルコ・・・これは私たちへの“お年玉”なんだよ。年の瀬まで鍛練に勤しむ働き者な私たちに、神様がプレゼントをくれたんだね」


ヒーローにとっては欠かせない、“手柄”というプレゼントを。
ヴィランをやっつけた手柄をもって生計を立てるのがプロヒーロー・・・極端なことを言えば、ヴィランは 我々にとっての収入源である。
年明け早々、収入源のほうからやって来るなんて・・・天が味方しているとしか思えないだろう?


「ハッ、そりゃ良いや!!どこの神だか知らねーが粋なことしやがる!」


ニヤついている二人の会話に、喧騒が耳に届いていないミッドナイトも状況を察したようだ。
「なに?ヴィランなの?」と周囲を警戒する彼女に、神社にヴィランが現れたことを知らせると、彼女は眉をひそめて強子を見た。


「・・・行くつもり?」

「ヒーローに向かって、わかりきった事を聞かんでくださいよ!」

「それはそうだけど・・・あなた、今は護衛対象なのよ」


ため息まじりに言い聞かせられる。
護衛されている身で、危険性の高い場所へ赴くなんて愚かしい・・・そう言いたいんだろう。強子だってそれくらいの分別はつくし、護衛役のミッドナイトの気苦労もわかる―――けど!


「ミルコ(No.5)の監視下なら誰も文句言わないでしょう?」


強子もここで折れる気はない。
何せ、こちとら何時間もぶっ通しでスパルタ式稽古(もはやリンチ)を受けているんだ。
やられっぱなし、ストレス溜まりっぱなしで、このままノコノコ帰れるか!ここらで一発、憂さ晴らしにヴィラン退治でもしなきゃやってられんわ!


「手早く済ませましょ、ヴィラン退治!!」

「・・・・・・血は争えないわね」


意思の強さを感じる目に、凛々しさただよう上がり眉。大胆不敵に笑みを浮かべた口元と、自信にあふれた語り口・・・。
強子に折れる気はないと悟ったミッドナイトは、この一族に色濃く継がれているDNAを感じ、脱帽するほかなかった。







神社へと駆けつけると、大木ほどに大きな体格の男が暴れまわっていた。周囲の物を壊したり、参拝客を踏もうとするので、境内の参拝客が逃げ回っている。
一見してすぐに、この大男は取り押さえるべきヴィランだと判別できた。


「あっ!ミルコだ!!!」

「助かったァ・・・!」


強子たちヒーローの到着と同時、あちこちから声がかかる。
飛び交う声の間をぬい、強子は俊敏な動きでヴィランへと詰め寄っていく。


「んっ?ビヨンド!?」

「ミルコと・・・どういう組み合わせ!!?」

「っていうか何でビヨンドまでウサ耳に!?」


あぁ、そうだった・・・ちゃっちいバニーのコスを着けたままだったんだ。
とはいえ、今さらそれに気づいたところで強子の勢いは止められない。
目にも止まらぬスピードで巨体ヴィランの足元まで来ると、強子は自分の片足をズドンとヴィランの足の甲めがけて降りおろした。


「うぐァ・・・ッ!?」


あまりの激痛にヴィランは呻き声をもらし、足の力が抜けてドサッと崩れるように膝をついた。
間髪入れず強子は高く飛び上がると、空中で身体をひねって、先ほどより幾分か低くなったヴィランの顔面に蹴りをお見舞いする。
痛烈な蹴りに、脳を揺さぶられたヴィランはふらりと体勢を崩した。


「(そうそう、コレコレ!この感覚!!)」


キレイに技が入ったときの快感を思い出し、強子は小躍りしたくなるほど嬉しくなる。
やっぱり、素早いうえに獰猛なウサギと違って、デカいだけの“的”は狙いやすくていいな!


「なんだよ強子、良いモン(キック技)持ってんじゃねえか!」

「!」


強子よりさらに高い位置から降ってきた声にハッとする。頭上を見上げれば、ミルコが強子を見下ろしてニカッと笑う。


「けど、パワーはまだまだだな!」


言うやいなや、強子に力量差を見せつけるがごとくヴィランに向けて月堕蹴(ルナフォール)を放ち、ヴィランの頭を地面にめり込ませた。
衝撃波のような風圧が生じるほどの威力で、「やりすぎじゃ?」「ヴィラン、死んでないよな?」と不安になったが・・・耳をすませば、かろうじてヴィランの心音が聞き取れたのでホッとする。ちゃんと“死なない程度”には加減したみたいだ。


「まあ、とにかく・・・手早く済んだね」


ピクリとも動かないヴィランを前に、強子は満足げに頷いた。
現場に到着してからヴィラン鎮圧まで、わずか数秒。あっという間の出来事に、呆気にとられていた参拝客たちは、一拍あけてからワッと歓声をあげた。
その年、いの一番に起きたヴィラン騒動は・・・まだ除夜の鐘が鳴り響くうち、瞬く間に解決に至ったのである。

そして、元日早々―――今年 最速の事件解決のニュースとともに、イキイキと暴れる二羽の勝気なバニーの姿がお茶の間を騒がせることとなった。










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この年が卯年なら、縁起がよくて良いですね!
今回の話はなんとしても卯年のうちに更新したくて、めちゃくちゃ執筆急ぎました。

それにしても、いとこがミルコとは・・・夢主の引きの強さはハンパじゃないです。

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