メリれ!クリスマス
世間がクリスマス気分で浮かれているこの季節―――強子は職員室に呼び出された。
しかも、爆豪と二人セットで呼び出しである。なぜに?
呼び出された理由は見当もつかない。最近、何か叱られるようなことしたかな?自身の素行を振り返りつつ、爆豪とともに職員室へ向かうと・・・相澤に怒っている様子はなく、彼はいつもの淡々とした口調で話し始めた。
「さっきHRでも話したとおり・・・インターンを再開する」
相澤の言葉に強子はこくりと一つ頷く。
死穢八斎會の一斉検挙があって以降、雄英はインターンを自粛していた。
だが―――ついに、インターン再開の時期がきた!
先ほどのHRでその知らせを聞くと同時、強子と切島は顔を見合わせ、互いにまたファットガムのもとで戦えることを喜んだ。
しかも、今回のインターンは任意参加ではなく、仮免持ちの生徒全員の課題だと聞かされると、A組の教室は大いに沸き立ったものだ。その直後、相澤から「静かにしろ」と睨まれるまでがお決まりのパターンである。
「お前たちを呼び出したのもインターンの件だ。今回インターンを再開するにあたって、実は、公安からある条件を提示されててな・・・」
「条件?」
はて、と強子は首を傾げた。
今回のインターン実施の“要請”は、迫りくる危機を察知した公安が講じた策だったと記憶しているが・・・そこに“条件”なんてあっただろうか?強子の知る物語では、そんな話は聞かなかったような・・・?
釈然としない様子で強子が記憶をたどっている間にも、相澤は淡々と言葉をつづける。
「爆豪、身能・・・お前たち二人のインターン先を、ビルボードチャートでトップ10以内のヒーロー事務所にすること―――これが公安の出してきた条件だ」
「・・・んぇっ!?」
すっとんきょうな声をあげて固まる強子の傍ら、爆豪が「なるほどな」と悟ったように息を吐いた。
「俺とコイツを名指しっつーことは、連合を警戒しての“条件”か?トップの庇護下にでも置かなきゃ安心してインターンさせられません ってか」
「おそらくな」
「チッ・・・なめてんな」
「神野の失態を繰り返さないため、公安も慎重にならざるを得ないんだろう。お前たちはまだ仮免の身だ。それにトップ1、2のチームアップでも苦戦するような脳無の存在も無視できない・・・トップ10の庇護下なら安心できるとも言い難いくらいだ」
「ハッ!お役所仕事なんざ非効率のクソだな。危機管理のつもりだか知らねーが、わざわざ条件設けるとか押し付けがましいんだわ!ンな条件あろうがなかろうが関係なく、トップ10以下の有象無象に習ってやる気はねェよ・・・少なくとも、“俺は” な」
そして、さくさくと会話を進めていた相澤と爆豪が、先ほどから黙りこくっている強子にチラリと視線を向けた。
「あー・・・うん、えっと・・・」
引きつった笑顔を浮かべ、彼女は冷や汗をかきながら震える声を発した。
必死に脳を働かせ、情報を処理していく。
強子と爆豪の二人に条件を出されたのは、この二人には 林間合宿でヴィラン連合に狙われたという過去があるから。それは理解できる。
しかし・・・その条件が、『インターン先をトップ10以内のヒーロー事務所にすること』だと?二人の身の安全を考えて、トップヒーローの庇護下に置こうって?
・・・いやいや、ちょっと待ってくれ!
「あの、私・・・インターン、ファットガム事務所に行くつもりなんですが・・・!?」
藁をも掴む気持ちで口にすれば、相澤はそんな縋るような視線に耐えかねたように スッと瞼を閉じた。それから、彼は無情にも切り捨てる。
「トップ10圏外だ、許可できん」
「ッ、そんなぁ!!」
ガーン!と絶望の表情で強子はがっくりと膝をついた。
強子は、当然のようにファットガム事務所でインターンするつもりでいた。ファットガムと天喰と切島・・・そして新たに鉄哲を加えたメンバーでインターンをする未来を思い描いていた。
強子の居場所はあそこで、家族のような間柄の彼らとともにヒーロー活動をしていくんだと信じていた。強子はこの先もずっと・・・雄英を卒業した後だって、ファットガムのもとで活動する気満々だったのに。
「(それなのに・・・!なに、この仕打ち!?)」
まったくもってショックである。ショックすぎて、もはや悲しみよりも怒りの感情のほうが大きい。
この怒りを、恨みを、どこにぶつけてやるべきかと沸々としている強子を見て、相澤が口を開いた。
「お前、職場体験じゃトップ10圏内のヒーローたちから指名もらってたろ。ファットガムにこだわらずともインターン先には困らないはずだが」
「でも、だけど・・・っ!」
職場体験からずっと、強子が信頼関係を築いてきたヒーローはファットガムなんだ。強子を指名してくれたヒーローたちの中から、強子は彼を選んだのだ。そして彼も強子に期待し、鍛え上げてくれた。
そうだよ・・・強子がここまで成長できたのだって、ファットガムや天喰の存在がどれほど大きいか!
それなのに違うヒーローのもとでインターンをするなんて・・・こんなの、不義理だろ?彼らに「裏切った」と思われてもおかしくない!
「うぅ・・・ファットさん、私ってば薄情な女でごめんなさい・・・」
「公安の指示なんだ、情が薄いも厚いもないだろうが」
関西の方角に思いを馳せていると、相澤から冷ややかな視線を向けられた。
続いて彼は呆れた様子で小さく息を吐くと、面倒くさそうに強子に言い聞かせる。
「・・・もし将来的にファットガム事務所の世話になるつもりなら、それこそ、学生のうちに他の事務所をまわっておくべきだぞ。お前の知見が広がるのはもちろん、そこで得たノウハウをファットガム事務所に持っていくことでファットガムに貢献できるんだからな」
「!」
「合理的に考えれば、事務所サイドとしても 他所で実戦経験を積んできた奴のほうが欲しいに決まってる」
その建設的な意見にハッとし、強子の瞳に光がともる。
そうか、そういう考え方もあるな・・・。
よその事務所でノウハウを学び、力をつけ・・・そして、ファットガム事務所に凱旋する!うん、いける・・・このライフプランはいけるぞ!!
「わかりました!トップ10以内の事務所を検討してみます!!」
「ああ、そうしてくれ」
先ほどとは打って変わって、強子は希望に満ちた顔つきだ。対する相澤はげんなりと疲れたような顔で、爆豪へと視線を向けた。
「爆豪も、インターン先をどこにするかしっかり考えておけよ・・・ベストジーニストは相変わらず消息がつかめない状況だからな、候補から外しておけ」
そう言われた途端、爆豪もげんなりと顔を崩した。
そんな爆豪を尻目に見ながら、どこの事務所からノウハウを盗んでやろうかと(それこそ、その事務所にとって不義理なことだけど)考えていると、プレゼント・マイクが口を挟んできた。
「つーか身能は検討するまでもなく、一択っしょ!?」
え、と面食らう強子に、プレゼント・マイクは衝撃的な一言を告げた。
せーの、の合図で息を吸い込み、
「「「Merry Christmas!」」」
美味しそうなご馳走を囲んで、A組が声を揃える。
お察しの通り、今日はクリスマス・・・ともすれば、クラスメイトたちとクリスマスパーティーをやるっきゃない!ヒーローを志す者にだって、イベントごとを楽しむくらいの息抜きは必要なのだ。
クラッカーを鳴らす音を聞きながら乾杯しつつ、さっそく強子はテーブルに並ぶご馳走に手を伸ばし、ポイッと口に放り込む。気心知れた仲間たちと談笑しながら頬張る、豪勢なクリスマスディナー・・・美味しくないわけがない!
「インターン行けってよー、雄英史上 最も忙しねェ1年生だろコレ」
美味しい料理に舌鼓を打っていると、愚痴っぽくこぼす切島の声が強子の耳に届いた。けれど彼の表情を見るかぎり、満更でもないのが伝わってくる。
切島に触発され、他の皆も自然とインターンの話題を口にしていく中、飯田が気遣わしげに緑谷に尋ねた。
「緑谷くんはどうするんだい?その・・・ナイトアイ事務所・・・」
ナイトアイ事務所はセンチピーダーが引き継いだのだが・・・一人で多岐にわたり仕事をこなしていたナイトアイの引継ぎともなると、一筋縄にはいかない。そんなわけでインターン生を受け入れる余裕がなく、緑谷のインターン受け入れは断られてしまったそうだ。
「職場体験でお世話になったグラントリノもダメだから、今 宙ぶらりん」
「そっかあ」
緑谷の言葉に耳を傾けている切島――その隣に、強子はスススと歩み寄ると、ぽすんと腰かける。そして彼女は神妙な面持ちで口を開いた。
「・・・切島くん、」
「おー 身能、どした?」
切島が問いかけるも、彼女は何かを言いよどみながら、落ち着かない様子でもじもじと指先を弄っている。
らしくない彼女を不審に思い、隣に座る彼女へ改めて向き直れば・・・切島の頬が、わずかに紅潮する。
さて―――ここまで言及していなかったが・・・今宵のA組は、男子も女子もそろって、クリスマスらしい赤色や緑色のサンタ服に身を包んでいる。
もちろん切島の隣にいる強子も例外ではなく、今宵の装いはサンタのコスチュームだ。彼女が身にまとうサンタ服は赤色で、溌溂とした性格の彼女によく似合っている。
そして、サンタ帽の先端にはクラスメイトそれぞれの特徴を表すような飾りがついており・・・強子の帽子の先には、上向きにカーブしている“矢印”が飾られていた。ギュインと上昇を示すそのマークは、彼女の個性の『強化』を模している。いつでも前向きに、常に進歩し続ける彼女らしいマークと言えるだろう。
そんなクリスマス仕様の強子は・・・端的に言って、可愛い。
通常仕様の彼女ですら可愛いのだから、クリスマス限定という特別感あふれる装いの彼女は 特別に可愛い。正常な感覚を持ち合わせた男子高校生なら誰もがそう思うだろう。
当然ながら切島も、今宵の彼女は特別に可愛いなと密かに思っていたわけだが、その彼女が今、切島のすぐ隣に座っている。肩が触れ合うくらい近くに座っている。
それだけでも彼女を意識するには十分な状況なのに、そこに追い打ちをかけるよう・・・切島の視界に、ミニ丈ワンピースの裾からのぞく彼女の白い太ももが飛び込んでくる。隣り合わせで座っているせいで、困ったことに、意図せずとも おのずと視界に入ってきてしまうのだ。
もともと膝より上の短い丈だったのが、深いソファに腰かけたことでさらに短くなり、質感よさそうな彼女の大腿部がよく見える。普段はお目にかかることのない不可侵領域に目がくらみそうになりながら、みるみるうちに切島の頬が紅潮していく。
聖夜最高――そんな峰田の歓喜の声が、やけに耳にこびりついた。
切島がどうにか彼女の足元を見ないようにと視線を泳がせていると、ふいに彼女と目が合った。弱ったように眉を下げた彼女が、おずおずと口を開く。
「あのね、私・・・切島くんに、話さなきゃいけないことがあって・・・」
「おっ、おう・・・!?」
しおらしい身能強子に上目遣いで見つめられるなんて、男であれば誰もが垂涎しそうなシチュエーションだ。心なしか彼女の姿勢が前のめりになって二人の距離が近づいた気もして、心音がうるさい。しかも、話があるなんて言われたら、誰だって甘い展開を想像して舞い上がってしまうだろう。
それが愛らしいミニスカサンタ姿の彼女とあっては、なおさらだ。
クリスマスの浮かれた空気も相まってか・・・硬派をつらぬく漢・切島といえど、ありえない“期待”に胸を膨らませてゴクリと生唾をのむ。
いや、どうせ期待どおりの展開なんてないと頭ではわかっている。わかっているけど・・・どうしたって夢見ちゃうのが男ってもんなのだ。
そんな純情な男・切島に、強子は申し訳なさそうに告げる。
「インターンのことなんだけど・・・私、ファットさんのところには行かないの」
「えっ・・・・・・?」
強子の言葉に、切島がフリーズする。
だって、彼女に告げられた内容は、期待どおりではないどころか・・・まったく想像だにしなかったものだ。当たり前に、疑いの余地もなく、彼女はファットガム事務所に行くと思っていたから。
「行かない っていうか、行けないんだ。私と爆豪くんはトップ10以内のヒーローのもとでインターンするよう、公安から言われてるんだって・・・」
強子がぽつぽつと説明すると、しばらく放心していた切島が「・・・そっか」と頷いた。
「・・・寂しくなるな。けど、そーいう事情があるなら・・・仕方ねェ、よな」
切島は強子の事情に理解を示してくれたが、そう告げる彼の残念そうな表情と声に、強子の胸が締め付けられる。
悪いことをしたわけでもないのに罪悪感を覚えていると、切島が強子に尋ねた。
「ファットにはもう伝えたのか?」
「うん・・・さっき電話でね」
ファットガムもまた強子の事情を理解し、強子の選択に納得してくれた。そのうえ今後の強子の躍進を期待する声まで頂いたのだが・・・その代わりというか、彼からも条件のようなものを言い渡された。
「まだインターン先を決めかねてるってファットさんに話したら、『俺より若いイケメンヒーローの事務所はアカン!それだけは許さへんで!』ってさ・・・」
え、なんで?と唖然としながら話を聞けば、自分より年下なのにトップ10に入るような優秀な男に強子をとられては『妬いてまうやろ!?』とのことだった。
そんな幼稚なことを電話の向こうで騒ぎ立てるファットガムを想像し、切島が吹き出した。
「そんじゃ、インターン先は慎重に選ばないとな!ファットが拗ねたら大変だぜ」
「だね」
ファットガムの拗ねる姿を想像した強子もまた吹き出すと、切島と互いに笑顔で頷きあった。
まあ心配せずとも、ファットガムの言う条件に当てはまるのなんてホークスくらいだ。彼の事務所に行くつもりはない(彼も強子を受け入れる気はないだろう)から、ファットガムが拗ねることはない。
それに―――切島の曇りのない笑顔を見るに、今はもう、強子がいないことを残念に思う気持ちより・・・強子がいないぶん自分が頑張らねばという意欲が勝ったのだろう。この様子ならファットガム事務所は安泰だ。
「あー、じゃー・・・爆豪はジーニストか!?」
はたと思い出したように、切島が爆豪に振り向いた。
爆豪の職場体験先であるジーニストはトップ10以内という条件を満たしているので、インターン先も彼のところと考えるのが普通だ。
しかし・・・相澤にも言われたように、行方不明のヒーローの世話にはなれない。爆豪は感情の読めない顔で「決めてねェ」とだけ答えた。
「でもまー、おめーら二人とも指名いっぱいあったしな、体育祭で!行きてーとこ行けんだろ」
切島のポジティブな意見に強子は「うーん」と複雑そうな笑みを浮かべる。
選択肢が多いのはありがたいことだけど・・・選択には、責任が伴う。つい及び腰になって、インターン先の決定に踏ん切りがつかない。
「おォい!!!清しこの夜だぞ!!いつまでも学業にうつつ抜かしてんじゃねー!!」
突然の峰田からの喝に、インターンの話で盛り上がっていた面々がはたと口をつぐむ。そして、苦笑いを浮かべて顔を見合わせた。
「斬新な視点だなオイ」
「まァまァ、峰田の言い分も一理あるぜ・・・ご馳走を楽しもうや!」
「「「料理もできるシュガーマン!!」」」
砂藤の手には、こんがりとローストされた七面鳥が盛り付けられていた。食欲を駆り立てる香りを漂わせるご馳走に、皆がじゅるりと涎をすする。
そうこうしていると、相澤に連れられてエリがやってきた。サンタ服のエリちゃんにメロメロになりながら、彼女と相澤も交えて・・・改めて、“乾杯”の合図を交わす。
耳郎がギターでクリスマスソングを奏でて、そこに何人かが歌声をのせ・・・美味しい料理をつまみながら、親しい友たちと笑いあう。寮の外は寒く静まり返っているのに・・・寮の中は、温かな空気とにぎやかな音に包まれていた。
「―――さあさあ!皆さんお待ちかね、プレゼント交換 ターイム!!」
「「「いぇーい!!」」」
楽しいパーティーに皆のテンションが最高潮に達したところで、本日のメインイベントだ!
わーい!とはしゃぎながら、各々が持参したプレゼントに瀬呂のテープを貼り付け、一か所にまとめて置いていく。そうやって全員分のプレゼントをセットし終えたら・・・どのテープにするかを決め、一人ひとりテープの端を手に持った。
せーの、の合図で一斉にテープを引っ張れば・・・あちこちから歓声が巻き起こる。
「・・・わぁ!」
強子も手元に手繰り寄せたプレゼントを開けて、感嘆の声をあげた。
プレゼントの中身は、文房具の詰め合わせセットだった。学生生活に欠かせない必需品の 文房具――それも、「こんなのあるんだ!」と目を見張るような最新の、高性能な文房具ばかり。勉強の効率アップが期待できるだけでなく、見た目もスタイリッシュなもので、早く使ってみたくてウズウズしてしまう。
周りを見回すとプレゼントの当たりはずれのバラつきが大きい中、強子のプレゼントは間違いなく 当たりだ!
本当に良いチョイスだと思う。誰に当たっても誰もが喜ぶような、そつのないプレゼント。いったい誰が用意したプレゼントだろうかと皆の様子をうかがっていると・・・その人と目が合った。
「これ、爆豪くんのプレゼント?」
「文句あんのか」
尋ねただけなのに睨まれてしまった、が・・・つまり、これは爆豪のプレゼントってことだな。
やれば何でもできちゃう才能マンは、プレゼント選びのセンスまでもいいらしい。
「こんな素敵なプレゼントに文句なんてないよ・・・ありがとう!」
笑顔でお礼を告げると、「ケッ」という一音が返ってきた。センスはいいのに、態度は悪い。
その上、彼が強子のサンタ帽へと手を伸ばしたかと思えば、グイッと下に引っ張り、目深に帽子をかぶせてきた。おかげで強子の視界は覆われるし、髪もぐしゃぐしゃに乱れるし・・・地味にイヤな嫌がらせである。
ムッとしながら帽子を押し上げれば、爆豪は強子を見下ろしながら意地の悪い笑みを浮かべた。
「壊したり失くそうもんならテメーの命はないと思えや」
「えぇー・・・かたちあるもの、いつかは壊れるじゃん」
文房具の寿命なんてたかが知れているのに、壊れたら殺すだなんて理不尽なことを言う。
けれど、要するに彼が言いたいのは「一生懸命に選んだプレゼントだから、大切に使ってほしい」ってことだろう。お望みどおり「爆豪くんからのプレゼント、大切にするね」と告げれば、フン!と鼻息で返された。やっぱり態度悪い。
「(さて、私のプレゼントは誰に当たったかな・・・?)」
強子も、誰に当たっても喜んでもらえそうなプレゼントを選んだつもりだが・・・実際に当たった人の反応はどうだろうか。どきどきしながら周囲に視線を走らせていると、強子のプレゼントを手にした人物を見つけて「あっ」と声を漏らす。
「轟くん!」
「!」
名を呼べば、轟が弾かれたように強子のほうを振り向いた。
強子は笑みを深めながら彼のもとへと歩み寄ると、彼の手もとを指さした。
「これ、私からのプレゼントだよ」
強子が選んだプレゼントは、アロマキャンドルだ。
置くだけでもおしゃれなインテリアとして活躍するが・・・灯をともせば、室内は上品で豊かなアロマに満ち、極上のリラックスタイムを与えてくれるだろう。日々過酷なトレーニングで疲れ気味のクラスメイトたちに“癒し”を送ろうと考えてのチョイスだった。
しかし・・・轟の和テイストな自室に、アロマキャンドルは似つかわしくない、か?というかアロマを楽しむ轟なんて想像つかないな。「いらねぇ」「使わねぇ」って忌憚のないコメントが返ってくるかも・・・なんて不安がよぎったが、そんなものは杞憂に終わる。
「・・・ありがとう」
ほくほくと表情を緩ませながら、轟がプレゼントの包みを持つ手にきゅっと力を込めた。まるで、クリスマスの朝に枕元にプレゼントを見つけた子供のような反応。かわいいなオイ。
「すげェ嬉しい・・・大切にする」
大切にするって、自分で言ったときは特に意識しなかったけど・・・言われる側は 思いのほか照れくさいものだな。
とにかく、喜んでもらえたようで一安心だ。考えてみれば、轟なら個性でいつでも火を出せるのでチャッカマン要らず、手軽にキャンドルを楽しめてちょうどいい。強子のプレゼントを受け取ったのが轟でよかったよ。
ふと、クリスマスプレゼントに喜ぶという年相応な姿を見せる轟を前にして、強子は真剣な表情でじっと黙り込む。そして、はあと重たい息を吐き出した。
「(いいかげん、踏ん切りをつけないとな・・・)」
彼女の頭をよぎるのは、職員室で交わされた会話の内容だった―――
「つーか身能は検討するまでもなく、一択っしょ!?」
え、と面食らいながらプレゼント・マイクを見やれば、彼はいつもの陽気な調子で爆弾を落とした。
「お前が選ぶべきインターン先つったら、エンデヴァー事務所しかねーだろ!!」
「・・・エッ!?」
強子はぎくりと肩を振るわせ、顔を引きつらせた。
「なに驚いてんだ、当然だろ?No.1の事務所以上に学べる環境があると思うかァ!?」
相澤も「まあ、そうだな」とマイクの言葉に素直に頷いている。
「職場体験じゃ指名もらってんだ、インターンを受け入れてもらえる可能性は十分ある!仮免補講のときも 身能はエンデヴァーに目をかけられてるっぽかったしな・・・お前ならオーケーもらえんだろーよ!」
「えっと・・・“目をつけられてる”の間違いじゃなくて?」
仮免補講の見学にいったときのエンデヴァーの言動を思い返すが、マイクが言うような“贔屓”感はなかったと思うけど。
しかし、彼は自信たっぷりに「行ってこいよ!」とサムズアップしながらエンデヴァー事務所を推してくる。
「・・・私が、エンデヴァー事務所に?」
おいおい冗談キツいぜ―――そりゃ、No.1事務所ほどノウハウを学べるところは他にないだろうさ。トップヒーローを目指す者なら誰しもが興味をそそられる場所だ。
だけど、そこでインターンをするということは・・・
「(主人公様ご一行とインターン先がかぶるじゃん・・・!)」
そう―――強子の知る物語で、エンデヴァー事務所でインターンをしていたのは、“彼ら”だ。エンデヴァーの実子である轟焦凍に、今強子の横でしかめっ面している爆豪、そして物語の主人公である緑谷・・・。
それの何が問題かって、主人公と行動をともにすると、もれなく強子は、“物語に影響を与える与えない問題”に頭を抱えるハメになる。原作を知らずにのうのうと生きている彼らにはわかり得ないだろうけど・・・あれ、すっごい精神的に疲れるんだよなぁ。
しかも、あの三人は―――全面戦争の際、死柄木と対敵する。
―――また会えるさ・・・必ずな死柄木の不気味な予言を思い出し、強子はぶるりと身震いした。
エンデヴァー事務所でインターンをしたら、もはや、死柄木と再会する未来は避けられないだろう。彼らとともに、最凶となって復活した死柄木と戦う覚悟が、強子にあるのか?
「う〜ん・・・・・・微妙」
避けられるのなら避けたい ってのが本音だ。
渋い顔で呟くと、相澤に「No.1から指名もらってる身で贅沢言うなよ」と睨まれた。
「身能、何度でも言うが・・・お前の思うビジョンを叶えるために必要なことは何か、しっかり考えて選べよ」
本当はもう、及び腰になってる場合じゃないのはわかっている。
今こうしている間にもヴィランたちが着々と力をつけているのに、選り好みしている場合じゃないだろう。来る日に向けて強子も「備えなくては」と覚悟したじゃないか!
強子が力をつけるために・・・最善の選択はなんだ?そんなことは先生たちに言われなくとも、気づいていたさ。
「うん―――やっぱり私は、エンデヴァー事務所に行くことにするよ」
唐突に、けれど、固い意志をもって宣言する。
突拍子ない強子の宣言を受けて、轟は虚をつかれたような顔で固まった。そんな彼に、強子は粛々と語り続ける。
「もっと力をつけなきゃいけない・・・今以上の力を、今まで以上のスピードで身につけないと。だから、私は・・・No.1に師事しようと思う」
主人公たちと行動することで“物語”に与える影響も、死柄木と対敵する危険性も無視はできない。
けれど、だからって慎重になりすぎて、エンデヴァー事務所で得られる“成長”を見過ごすなんて もったいない!あそこなら間違いなく、強子は目覚ましい成長を遂げられるんだから。
これは、強子が目指す未来のために、必要な選択だ。
「とはいえ、まだエンデヴァーの許可はもらってないから・・・断られる可能性もあるんだけどさ」
きっぱりと宣言した直後に、自信なさそうに強子が苦笑をこぼす。
プレゼント・マイクはああ言っていたけど、強子はこれまでエンデヴァーに生意気と思われて当然の態度をとっていたので、インターンを受け入れてもらえない可能性は十分ある。そうなったら、轟からエンデヴァーに口添えしてもらいたいところだが・・・助力してくれるだろうか?不安げな表情でチラと轟の顔を伺えば、彼は「いや、」と首を横に振った。
「その心配はない・・・あいつなら、身能を喜んで受け入れるはずだ」
・・・そうかなあ?
いささか疑いは残るが、実の息子が言うのならそうなのかもしれない。
「それに俺も・・・ずっと、身能と一緒にインターンに行きたかったんだ」
「えっ」
「だからお前と一緒にインターンできるって聞いて、今、すげェ嬉しいんだ。なんつーか・・・こんなに嬉しいことばっか起こるなんて、クリスマスって いいもんだな」
まったく、この轟って男は・・・罪作りなヤロウだぜ。
そんな好意100%の人懐っこい笑顔を浮かべて、そんな胸をときめかせるようなカワイイ発言するんじゃないよ!こんなの普通の女子だったら、自分のこと好きなのかと勘違いするからね!
轟の天然タラシっぷりに、不本意ながら強子の頬が熱く火照る。
「強子お姉ちゃん!」
「!」
「おっきなけん!おっきなけん、もらった!」
振り向けば、まぶしい笑顔のエリが「みて!みて!」と自分の背丈以上ある大きな剣を強子に見せてくる。
中二心をくすぐるようなデザインからして、常闇が用意したプレゼントで間違いないだろう。
「よォし、見ててねエリちゃん!」
顔の火照りを誤魔化すようエリの大剣をブンブンと思いきり振り回せば、熟練の剣士のごときその剣さばきに、エリが目をきらきらと輝かせながら拍手を送った。
いつものことだけど、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。
プレゼント交換を終えて美味しいディナーも食べ終えれば、「そろそろお開きにしよう」という空気感が寮内を包み、互いに協力しながら共有スペースを片付けていく。そうして皆が食器の片付けや部屋の掃除をしている中で、
「(・・・おかしいな)」
強子はひとり、不安げな表情で部屋の隅に佇んでいた。
彼女の視線の先にあるのは、汚れた食器を洗い場まで運んでいる轟の姿。
「(轟くん・・・いつになったら爆豪くんたちをエンデヴァー事務所に誘うんだろう?)」
強子の記憶が正しければ、彼はクリスマス会のあと爆豪と緑谷のふたりに「もし行く宛が無ェなら 来るか?」なんて言ってエンデヴァー事務所に誘っていたはずだ。
周囲を見渡すと、寮内の片づけはあらかた終わろうという頃合い。だというのに・・・いっこうにそれらしい素振りを見せない轟に、強子は怪訝な表情で首を傾げた。
轟はどのタイミングで誘うつもりなんだ?いや、実はすでに誘ったあとなのか?
・・・それにしては爆豪も緑谷も景気の悪い顔をしているから、まだ彼らのインターン先は未定に違いない。
もう、焦らさないで早く誘ってあげてよ轟くん!と、やきもきする強子の心情など気づくはずもなく・・・轟がちんたらと片付けをしているうち、とうとう共有スペースの片付けが完了して飯田から「解散しよう!」の号令がかかる。
それを機に共有スペースでたむろしていた面々がぞろぞろと自室に向かっていく中、誰よりも早くスタスタと寮のエレベーターにまっすぐ向かっていく爆豪に気づくと、強子は慌てて口を開いた。
「とっ、轟くん!!」
大きな声で呼び止めながら轟に駆け寄れば、皆と同じく自室に戻ろうとしていた彼が立ち止まる。強子に朗らかな笑みを向け「どうした?」と話を促すよう小首を傾げた彼に、強子は息せき切って告げる。
「聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかな!?」
「ああ・・・ちょうど俺も、もう少しお前と一緒にいられたらいいのにと思ってた」
「イヤ今そういうのいいから」
いつもなら轟の天然タラシ発言に胸をときめかせるところだが、今の強子は余裕がない。真顔で彼の発言を受け流して「あのさ、」と単刀直入に彼に尋ねる。
「爆豪くんとデクくんをエンデヴァー事務所に誘うよね?」
疑問形ではあるものの、強子の言葉はどこか断定するような響きであった。そんな彼女の問いかけに、轟は驚いたように眉を押し上げ、キョトンとした表情で強子を見つめる。
そして、一拍あけてから彼が口を開く。
「なんでだ」
轟からの質問返しに、強子は固まった。
そして、そんな発想なかったけど?みたいなキョトン顔でこちらを見つめる轟に強子は困惑する。
「(・・・な ん で だ!?)」
なんでだって言われても、こっちが「なんでだ」なんだが!?
なぜと強子に理由を聞かれても・・・
「(だって、“原作”ではそうだったじゃん!?)」
そうとしか答えられない。強子の知る物語ではそういう展開だったんだから、当然そうなるものと思っていたわけで、理由なんて考えもしなかった。
言われてみれば、原作で轟があの二人をエンデヴァー事務所に誘ったのは何故だろう?その動機なんて原作の轟のみぞ知るわけで、推察するしかない。
「あー・・・仲が良い友だちが一緒のほうが何かといいじゃない?嫌なことがあっても友だちと一緒ならツラさ半減!お互いに励みあって、高めあえると思うんだよね!」
一見するとクールに思われがちな轟だが、彼の本質は、実を言うと けっこう人懐っこい。
友人や仲間を大切に思っていて皆に対する気配りも忘れないし、集団行動にも進んで参加するタイプだ。末っ子気質というか寂しがりというか、意外にも人とのふれあいを求めているのか、彼からスキンシップをとってくることも多々ある。
そんな人懐っこい彼のことだから、A組の中でもとくに親しい緑谷たちと一緒にインターンしたいなー、みたいな動機があったんじゃないだろうか。
自分の推察に「きっとそうに違いない!」と強子はうんうん頷いた。
「?・・・“仲が良い友だち”ってんなら、もう身能がいるだろ」
不思議そうにつぶやかれた轟の言葉に、強子は表情を引きつらせて固まった。
「身能がいるのに、他に誰かを誘うなんて考えもしなかった・・・つーか、エンデヴァー(あいつ)はインターン生を何人も受け入れるほど器がでかくないと思うぞ。もともとあいつから指名もらってた身能はともかく、そうじゃない奴を受け入れるってのは、現実的じゃないんじゃねーか?」
轟がゆっくりと自身の考えを綴っていくのを聞きながら、強子の顔はどんどん青くなっていく。
「(ま た だ―――また、このパターンだ・・・!)」
今 目の前にいる轟と、“原作”で見ていた轟――その言動の乖離を理解する。
今 目の前にいる轟にとっては、仲の良い強子がいるなら「それで十分」、「他に友だちを誘う必要はない」という感覚であり、緑谷や爆豪も誘おうという発想に至らなかったという。
つまり・・・強子というイレギュラーな存在が、再びこの世界に悪影響を及ぼしてしまったわけだ。
どうにもこの悪影響ってやつは、インターンや職場体験などの“枠”に際限があることに顕著に出るらしい。
ファットガム事務所では強子というイレギュラーが入ったせいでうっかり切島が枠からあぶれかけ・・・今回は、エンデヴァー事務所でも同様のことが起きている!
でも、もし、緑谷と爆豪がエンデヴァー事務所に行けないなんてことになったら・・・?物語が大きく変わるどころか、まったくの別モノになるんじゃないか?下手すりゃヴィランどもへの対抗戦力が足りず、世界滅亡に至るのでは!?
「それに、緑谷と“仲が良い”ってのはいいとしても・・・」
強子が顔面蒼白になっている一方で、轟はむすっと不機嫌そうな表情を見せた。
「爆豪には前に、仲良くねえって否定された。爆豪とは仮免補講で一緒にいる事が多かったが、時間と親交は比例しねェ って・・・」
もしかして、仲良くねえと否定されたことを拗ねているんだろうか。こういうところも末っ子気質でかわいいと、いつもならニヤケ面で彼をいじるところだが・・・今は心底どうでもいい。
それよりも、そんなくだらない理由で爆豪がエンデヴァー事務所に行けなくなっては たまったもんじゃないと、強子は眉をつり上げて口を開く。
「私 いつも言ってるよね!?爆豪くんはツンデレだって!!爆豪くんは否定せずには生きられない人間なんだから、あの人の言うことを真に受けちゃダメ!私の見立てじゃもう二人は無二の友、マブダチといってもいいくらいだよ!」
「聞こえてンぞ クソ虚言癖女ァ!!!」
エレベーターのほうから怒号が飛んできた。どうやら爆豪はまだエレベーターに乗り込んでいなかったらしい。
爆豪が怒り散らしながら強子たちに向かってくると、もう一人の当事者である緑谷も戸惑いがちにこちらに歩みを進めた。とりあえず彼らを放置し、強子は轟への説得を続ける。
「たしかにあの二人は指名されてないけど・・・実力を考えればエンデヴァー事務所でも問題ないはず。轟くんが口利きしてくれたら、エンデヴァーなら絶対に許可してくれるよ!」
だって原作では許可してたし、という言葉は胸の内に秘めておく。
断固として説き伏せる強子に、轟はなにやら答えに詰まったような表情で黙している。いったい何を躊躇うことがあるというのか。
「さっきから聞いてりゃ、テメ―はよォ・・・なんで当然のように俺がエンデヴァー事務所に行く体で勝手に話進めてやがんだ?」
ドスの効いた声のほうに視線を向ければ、半ギレの引きつった笑顔を浮かべた爆豪が強子を睨んでいた。
「だって、No.1事務所だよ?ここ以上のインターン先がある?」
爆豪がぐ、と言葉に詰まった。
教師陣も言っていたように、ここ以上のインターン先はない。
それに、プライドも向上心も高い彼のことだ。以前は現No.3のベストジーニストに師事していた彼が、No.4以下のヒーローに師事することを良しとするはずがない。もとより“No.1”を目指す彼には、No.1事務所こそ最高のインターン先であるに決まっている。
しかし、ライバル意識も自尊心も強い彼は、素直に「お願いします」と頷きはしない。
「・・・舐めプ野郎の施しは受けねえ」
苦し紛れに吐き出された言葉に強子は一つため息をこぼし、やれやれと肩をすくめる。
「そんなこと言ってる場合?言っておくけど、未だにインターン先の候補も方向性も定まってないの、爆豪くんとデクくんくらいだよ?」
爆豪は再び ぐ、と押し黙った。その横では緑谷がう、と顔を強張らせた。
他のクラスメイトたちは皆、すでに具体的なヒーロー名を候補にあげていたり、ある程度の事務所の方向性を定めている。彼らが他より遅れている立場なのは、彼ら自身もよくわかっているんだろう。
「せっかくツテがあるんだから、意地を張らずに頼ればいいじゃない―――デクくんは、もちろん行きたいよね?No.1の事務所」
「はっ、はい!!それはもちろん!是非ッッ!」
あわあわと挙動不審に強子たちを見ていた緑谷に問いかければ、彼は声を裏返しながら即答した。うん、そりゃ断る理由なんてないよね。
元気満点の前のめりなお返事に、今まで黙していた轟が重たい口を開いた。
「・・・わかった。緑谷がそう言うなら、俺から親父に掛け合ってみるよ」
「「轟くん!」」
轟の頼もしい言葉に、強子と緑谷がワッと歓喜の声をあげる。大げさなまでに「ありがとう!ありがとう!!」ともろ手を挙げて喜んでいる二人に、轟もふっと口元を緩めた。
「それじゃ、俺と身能と緑谷・・・三人で一緒に、エンデヴァー事務所に行こう―――爆豪は行かないんだよな?」
ふと思い出したようにくるりと爆豪に振り向き、涼しい顔して問う轟。
以前から思っていたが・・・彼は、無自覚に爆豪を煽る天才だな。
そして爆豪のほうは、つくづく煽り耐性がない奴である。
「 行 く わ ッ!!!」
緑谷が No.1事務所に行くのに 自分は行かないなんて状況、彼にとっては何より耐え難い屈辱だろう。
寮内に響き渡るほどの大音量で爆豪の「行く」という意思を確認できたところで、ようやく、エンデヴァー事務所を希望するメンツが出揃った。
あとは、エンデヴァーから許可がおりるのを待つのみだけど・・・愛息子からのお願いとあらば、あの男が断ることはない。メンツが確定したも同然である。
「俺は お前と二人でよかったのに・・・・・・身能は、何か、爆豪たちを誘わなくちゃならない理由でもあったのか?」
もの言いたげな轟から訝しむような視線を向けられて、強子は「そら、そうよ!」と大きく頷いた。
「考えてもみてよ・・・エンデヴァー事務所に行く“焦凍と仲良しのお友だち”が私一人だけだったら、私たちが付き合ってるとか何とか、またあの人に勘繰られるよ?それであの人に嫁いびりされるなんて絶対イヤだからね!でも、“お友だち”が複数いれば勘違いもされにくいでしょ」
強子がもっともな理由を告げれば、轟は「嫁・・・!?」と目をかっ開いて固まってしまったけど、注目してほしいのは“嫁”じゃなく “いびり”のほうだぞ?
とにかく、これで轟に 爆豪と緑谷という存在の重要性をわかってもらえたようなので、一件落着である。
「―――と、いうわけで・・・私のインターン先はエンデヴァー事務所になりそうです」
轟たちとの会話のあと、強子は自室に戻らず、3年生の寮へとやってきていた。
もう夜がふける時分なのでほとんどの生徒が自室に戻っていて、寮の共有スペースは閑散としている。その静けさの中、強子は先ほどまでの経緯を神妙に語った。
「環先輩には、きちんと報告しておこうと思って・・・」
今までファットガム事務所でお世話になってきた人たちには、せめて、自分の口からきちんと事情を説明しておかなければ。それが最低限の礼儀ってものだろう。
そんな思いから、遅い時間にもかかわらず天喰に会いに来たわけだが・・・夜分に訪ねてきたサンタ服の強子を見るなり「さっ、サンタさん!?」と、まるで本物のサンタクロースでも見たかのようなリアクションを見せた天喰は、クリスマスだからって浮かれすぎだと思う。
だが、強子が語り始めると浮かれた空気は鳴りをひそめ、彼は真剣な表情で強子の話に静かに耳を傾けた。そして用件を言い終えると、ようやく彼が口を開く。
「うん・・・わかった。わざわざ報告してくれてありがとう」
落ち着き払った様子で、あっさりとそう告げられ・・・強子はぱちくりと瞬きをしてから天喰をじっと見つめる。
なんというか、ずいぶん淡泊なリアクションである。
ファットガムのように 涙ながらに惜しむような派手なリアクションはさすがに期待してなかったけど・・・切島と同じように、残念そうなリアクションを見せてくれるだろうと思っていたのに。なんなら彼の口元には穏やかな笑みすら浮かんでいるではないか。
予期していなかった反応に強子は小さく唇を尖らせると、恨みがましい目で彼を見やった。
「・・・先輩って“去るもの追わず”タイプだったんですね」
ため息まじりに告げれば天喰は「え!?」と驚きの声をもらし、急に何を言い出すんだ!?とオロオロと慌てふためく。そこに、強子は聞こえよがしに拗ねたような声色で告げる。
「もっと、寂しがってくれると思ったのになぁ・・・」
「!?いやっ、それはもちろんッ、身能さんがいなくなるのは寂しい、けど・・・!」
けど・・・なんだよ?
切島がいるから問題ないとか言われたらヘコむなぁ。身能さんがいなくなれば精神的負担が軽くなるとか言われたらショックだ・・・!
何を言われるのかと警戒しながら言葉の続きを待っていると、彼はそっと瞼を伏せ、どこか諦めたような口調で告げた。
「・・・いつかはこうなるって、わかってたから」
「え・・・?」
呆然と聞き返す強子に、天喰は朗らかに微笑んだ。
「身能さんは、ランキング50位そこらのヒーロー事務所に留まっているような人じゃない・・・そのうち、もっと上位の事務所に行くんだろうって、俺もファットも ずっと前からそう思っていたよ。だから、いつかは君と別の道を進むんだって心の準備も ずっと前からしてたんだ」
・・・寝耳に水だ。
彼らが強子のことをそんなふうに思ってくれていたなんて。そんな素振りだって一度も見た覚えがなかった。
「そもそも職場体験でファットが君を指名したのだって、あの人は “ダメもと”だと言ってたくらいだ。身能さんはトップのヒーローから声がかかるはずだから、うちなんかには来やしないだろう って」
「そんな・・・!」
そんなこと言うけど・・・実際、強子はファットガム事務所を選んだ。
彼のファンだったから。彼なら自分を成長させてくれるに違いないと、そう思えたから。
そして、強子の判断は間違っていなかったはずだ。
「身能さんが来てくれたこと、ファットはすごく嬉しかったんだと思う。ビヨンドが上位の事務所に移籍しても苦労しないで済むよう 出来るだけのことを叩き込むんだ、って・・・暑苦しいほど張り切っていたしね」
ファットガムを良き指導者だと思ってはいたが・・・まさか、彼がそんなことまで考えて強子に指導してくれていたなんて。
目頭が熱くなるのを堪えていると、天喰が遠慮がちにそろりと手をのばし、強子の肩にそっと置いた。
「期待したとおり上位の事務所に躍進した君を、俺たちは誇らしく思っているよ。だから、君は・・・堂々とファットガム事務所から巣立つといい。ファットや俺たちに後ろめたく思う必要も、引け目を感じる必要もない」
ついさっきまで、あんなにも後ろ髪を引かれる思いだったのに、その言葉でスッと心が軽くなった。
「でも、まさか いきなりNo.1事務所にまで上りつめるだなんて驚かされたよ。やっぱり、身能さんはすごい」
そう言って笑みをこぼす天喰に、強子は気まずそうに視線を落とした。
No.1事務所に移籍するのは確かだが、“上りつめる”という表現は 正しくない。だって、強子がエンデヴァー事務所に行くチャンスを得たのは、轟というツテがあったからに過ぎないのだ。そこに実力が伴うのかと問われれば・・・どうだろうか。
轟、爆豪、緑谷・・・彼らと渡り合えるくらいの実力が強子に有っただろうか?
そんな不安が表情にも表れていたのかもしれない―――肩に触れていた天喰の手にギュっと力がこめられ、彼は力強く強子に告げた。
「大丈夫だ―――君なら、大丈夫」
自信満々にきっぱりと告げられ・・・強子はなんだか欲求を満たされたような感覚を得る。そして、はたと気づいた。
「(あ、そうか・・・私、先輩に甘やかしてもらいたかったのか)」
報告しに来たというのは建前で、本音を言えば、彼に甘えたかったんだ。
彼と顔をあわせ、彼の言葉に耳を傾け・・・彼に背中を押して欲しかった。強子なら「大丈夫だ」だって、勇気づけて欲しかったんだ。
だって・・・本当は強子は、エンデヴァー事務所になんて行きたくない。
イレギュラーな存在の自分には、先行きに不安しかない。それに、あそこの指導なんて絶対に厳しいし、毎日馬鹿みたいに疲れそうだし、ライバルは手ごわいし、エンデヴァーには変な言いがかりとかつけられそうだし、ファットガムみたく褒めてのばしてくれる人いなさそうだし・・・強子が弱ってるときに甘やかしてくれる先輩もいない。
―――身能さんなら、君自身の力で、守りたいものを守れるし、君が望む未来を掴めるはず不安だとか、嫌な感情だとか・・・天喰は、そういう負の部分を吹っ飛ばしてくれる。だから、つい、彼に甘えたくなってしまった。
強子を無条件に甘やかしてくれる、頼れる先輩。彼には弱みを見せたっていい。情けないところですら優しく受け止めてくれる。そして強子に必要な言葉を与えて、強子を前向きにしてくれる――なんとも代えがたい存在だ。
そんな最高のサイドキックに、強子は心からの言葉を捧げる。
「私・・・ファットガム事務所を選んで、先輩と出会えて、本当によかった」
まっすぐに彼と視線をあわせれば、これまでに彼と紡いできた絆を強く感じる。
天喰とは別の道を進むのだから、もう“サイドキック”という間柄ではなくなってしまうけど・・・きっとこの先も、強子が弱ったときには、やっぱり彼は強子を甘やかしてくれるに違いない。
うん、大丈夫だ―――ファットガム事務所で得たものはすべて、強子がどこに行こうと決して失くなりはしない。強子はそう確信して、はち切れんばかりの笑顔を見せた。
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せっかくのクリスマスなら、ちょっぴり甘酸っぱいイベントくらい欲しいですよね。
天喰先輩は、夢主にとって必要な言葉をくれる存在であるよう意識して書いています。
一方で、轟に関しては夢主が欲しがるような甘やさしい言葉を、爆豪は(言われたくないけど)夢主が強くあれるような言葉をくれる存在になってます。[ 96/100 ][*prev] [next#]
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