はね除けろ!ダークサイド

とある日の放課後―――
四ツ橋社長からの熱烈なオファーに応じるべく、強子はデトネラット社へ見学にやって来ていた。
オファーの話を聞いたときは「罠なんでしょ!?」と、それはもう戦々恐々していた彼女だったが、


「ふっふっふ・・・!」


今は余裕の笑みを浮かべ、デトネラット社のエントランスに仁王立ちしている。
そして、偉そうにふんぞり返る彼女はふてぶてしくも、品定めするような不躾な視線でエントランスにいる人々を見渡した。
敵地にいる彼女が、なぜこんなにも肝が据わっているのか・・・それは、助さん格さんのごとく、彼女の両脇を固めている”二人”の存在が大きいだろう。
右手にミッドナイト、左手にイレイザーヘッド―――なんと、強個性を誇るこの二人が、ボディーガードとして強子に付き従っているのだ!
さらには、強子の警護のためにハウンドドッグも雄英から駆り出されていた。彼はデトネラット社の敷地周辺を見回ってくれて、敷地内外を問わず、異変を察知したと同時に応援を呼ぶ手筈になっている。


「(万っ全だわ!つけ入る隙のない、鉄壁の守り!!)」


連合のターゲットである強子が雄英敷地を出るにあたり、彼女の身の安全を保障するためにと 雄英が講じた措置。
正直、ここまでしなくても大丈夫だろうに。やりすぎと思えるくらいに万全の備えだ。


「(いっそのこと、今ここで“仕掛けて”きてくれないかなぁ・・・?)」


そしたら、この身能強子がヴィランどもを返り討ちにしてやるのに。
広範囲を制圧可能なミッドナイト、視た相手の個性を無効化するイレイザーヘッド・・・この二人が後ろに控えているならば、強子が勝てない状況なんて無いに等しい。向かうところ敵なしだ!


「(四ツ橋やヴィラン連合の奴ら――超常解放戦線の主要戦力をここで一網打尽にできたらいいのに)」


けれど、それは現実的じゃない。
奴らは今、現・最高指導者である死柄木の“目覚め”を待って、備えている段階。この状況で、強子ひとりをどうこうするために雄英と一戦交えて、尻尾を出すようなヘマはしないだろう。
奴らは狡猾に、秘密裏に、虎視眈々とそのときを待っているのだ。
だからこそ・・・潜入捜査中のホークスだって慎重に慎重をかさねて、解放軍の潜伏地点や協力者どもを探っているんだか、ら・・・―――


「・・・あれっ?」


エントランスで仁王立ちしていた強子が、その視界に映り込んだ人物に目を見開く。


「(ほっ・・・ホークス!!?)」


ちょうど強子が頭に思い浮かべていた人物が目の前に現れたとあって、思わず目をこすって二度見するが・・・やはり、そこにはホークスがいた。
エントランスに居合わせた周囲の人々も、ホークスを見てキャーキャー、ひそひそ言ってるし・・・間違いない、本物だ!
なんて、彼をまじまじと凝視していると、彼がこちらを振り向いて 互いの視線がかち合った。


「!」


咄嗟のことに、肩が跳ねる。
そのまま強子がフリーズしていると・・・ホークスはその整った顔に、ニパッと人懐っこい笑みを浮かべた。かと思えば、こちらに向かってヒョコヒョコと小走りでやってくるではないか。


「!?」


え、ちょっと待って?ホークスとは顔見知りでもないのに、なんでこっちに来るの!?
左右のプロヒーローたちと彼が知り合いだから、という可能性はある。でも、どう見たってホークスの視線は強子に向いているし、なんなら強子に向けて「やっ!」と手をあげフランクに挨拶してきた。


「(いやいやいや、No.2ヒーローから友好的に笑顔を向けられるとか声をかけられるとか・・・こっ、心の準備が・・・!!)」


予期せぬファンサ(?)に困惑していると、ホークスは強子の前で立ち止まり、ズイと身を乗り出して強子の顔を近距離からのぞきこんできた。ヒェッ・・・


「身能さんとじかに会うのは初めてだけど、やっぱ カワイイ顔してんねー!話に聞いてたとおり、華がある!」

「!?・・・あ、ありがとうございます・・・?」


満面の笑みを向けてくるホークスに、強子は困惑しながらも会釈を返す。
いったい何を言われるのかと身構えていたが・・・初対面で、第一声がこれとは・・・なんというか―――


「(・・・・・・チャラいな、No.2)」


ナンパ慣れしているモテガールの強子ともなると、今さら「カワイイ」と褒められたくらいで浮かれることはなく・・・むしろ、逆にいつもの冷静さを取り戻してホークスを見やった。
ホークスの人となりについて、ある程度は知っているつもりでいたのだけれど・・・実際に話してみた彼は、口達者で上っ面だけの、お調子者のようにも思える。


「(待てよ・・・?)」


もしや これが、“幼少期から公安に叩き込まれた交渉術”ってやつか!?
気さくで飾り気なくフレンドリーに接してくれるトップヒーローに、イヤな気する人なんていないもの!その上、思わせぶりな、相手に気を持たせるようなホークスの言動に、世の乙女たちが舞い上がるのは必然!
“困惑”はしても“嫌悪”することのない絶妙なラインで、グイグイと距離を詰めてくるなんて――そんな高度なコミュ力、相当な鍛錬を積まなければ手に入らないだろう。


「いやー 実はさ、職場体験で身能さんを指名しようか悩んでたんだけど・・・」

「え!?」

「君の活躍を聞いてると、君を取らなかったの 惜しいことしたかなー・・・?」


過去を振り返って呟いたホークスに、強子はあっけなく舞い上がる。冷ややかな顔からパッと笑顔に変わると、期待のこもった目で彼を見つめた。
そりゃ「カワイイ」と言われるのも嬉しいけどね。彼のようなトップヒーローを目指す身としては・・・やっぱり、実力のほうを褒めてもらいたいのです!


「あ でも、身能さんって常闇くんに負けて、表彰台にも上がれなかったんだっけ?」

「う゛っ」

「そうだそうだ、思い出した!“秘蔵っ子”ってネームバリューがあっても実力不足でついて来れないようじゃ困るから、No.2事務所(ウチ)には取らなかったんだ!」

「ぐっ・・・!」

「それで結局、君を拾ったのはファットガム事務所でしょー?いいとこに指名もらえて良かったよねえ、ベスト8どまりなのに」


アハハと笑いながら肩をパシパシと叩かれて・・・強子はすんと表情を殺す。
公安に叩き込まれた交渉術?―――いいや、違うな。こうも人を落胆させる交渉術など あってたまるか。
彼が飾らないオープンな性格なのは否定しないけど・・・鼻持ちならない男である。飄々と人をおちょくるような態度で、臆面もなくズケズケと、相手の神経を逆なでするようなことばかり言うんだから。しかも正論なので、こちらはお手上げときた。
まったく・・イイ性格してるわ、この人。


「ところで身能さん、今日はどうしてここへ?」


相変わらず笑顔を浮かべているが、その瞳はこちらを探るように鋭く光っていて・・・飄々とした態度の中に、彼の本性が垣間見える。
けれど、それには気が付かないフリをして、強子はつっけんどんに答える。


「ええ まぁ、ちょっと・・・CMオファーの話を頂きましてね」

「えっ」


その答えは予想外だったんだろう、ホークスが目を見開いた。それを見て気をよくすると、強子はふふんと気取った様子で顔にかかった髪をハラリとなびかせる。
大企業からCMオファーが来るほど人気の仮免ヒーロー・・・この身能強子を指名しなかったこと、せいぜい後悔するがいいさ!


「それで?そういうホークスこそ、何の用があってこちらに?」


ニッコリと営業スマイルを張り付けてホークスを煽っていると、ふいに強子の背後から声がかけられた。


「それは、私がホークスくんにもオファーを出したからさ」


ひゅっと強子の息がとまる。慌てて強子が後ろを振り返れば・・・


「「「社長!!?」」」


突如としてエントランスに現れた四ツ橋力也に、エントランス中から驚きの声があがった。
日ごろから多忙を極め、テレビ画面越しでしか見かけないような大物がひょっこり現れたら、そりゃ社員たちからも注目を集めるだろう。
そして、注目の的となっている彼は・・・強子と目が合うと、途端に顔をほころばせた。


「身能さん!ようやく 君に会えた!!」


彼は 身構えていた強子の両手をぐわしっと掴むと、強く握った手をブンブンと上下に振る。


「デトネラット社へようこそ!忙しいだろうに、こんなところまで呼び出してすまないね!だが、どうしても君と直接会って話をしたいと・・・ああっ、先生方も!このたびは こちらのわがままに付き合っていただいて・・・!」


なんか・・・めちゃくちゃ歓迎されている。
社長自ら、わざわざエントランスまで出迎えに来てくれたのも驚きだ。
強子の手を放すと今度は相澤たちと挨拶を交わしている四ツ橋をじっと観察するが・・・どう見ても、人好きしそうな ただのオジサンって感じである。胡散臭さとか、嫌な感じは一切しない。この人がヴィランだなんて、誰も、夢にも思わないだろう・・・。


「身能さん “も” オファーもらってたなんて、奇遇だなあ」


背後にいた男から そんな嫌味とともに肩にポンと手を置かれ、強子は眉をひそめた。
・・・畜生。彼もオファーされたと知っていたら、あんな自慢げな態度はとらなかったのに。


「俺がオファーを受けるか迷ってたら、まずは会社見学だけでも って社長から熱心に口説かれてさぁ・・・あ、もしかして身能さんも?社長がエントランスまで来たってことは、社長が案内してくれるのかな?だとしたら手厚い歓迎だよねー!受付のお姉さんも社長の登場には驚いてたから、“よくある事”って感じじゃなさそーだけど・・・No.2の俺はともかく、仮免ヒーロー相手にしては かなりのVIP待遇だと思わない?」


ピーチクパーチクと、よくまわる口だ。
強子の表情が曇っていくのも構わずしゃべり続けるこの男・・・どこまでもマイペースである。二重スパイなんてやっていると、どんな環境でも図太くいられる逞しさを得るのだろうか?


「まっ、ヒーローとしての格はさておき・・・今日は同じ立場の“お仲間”どうし、よろしくねー」

「(・・・気が重いわ・・・いろんな意味で)」


笑顔で肩をパシパシと叩かれながら、さっそく帰りたい気持ちでいっぱいになる強子だった。





ホークスの予想した通り、四ツ橋社長がじきじきに強子たちを案内してくれることになった。
案内する間、社長は好意的に明るく強子たちに振る舞った。そんな彼に先導され、オフィスや工場、新商品のテスト場とか、社員専用のカフェラウンジなどを見てまわり、さらには関係者以外立入禁止の場所なんかにも社長権限で連れていってくれて・・・本当にVIP待遇である。
こんなふうに企業努力を見られる機会なんてめったにないし、興味をそそられるものもたくさんあって・・・普通に 楽しい。
ここに四ツ橋(ヴィラン)がいなければ もっと純粋に楽しめるのに。この人がいると気が休まらなくて疲れるんだよなぁ・・・と、先導してくれている彼の後ろ姿を見ながら失礼なことを思っていると、


「―――まいったな、緊急の呼び出しが入ってしまった」


秘書から何やら耳打ちされていた四ツ橋が、口惜しそうに告げた。
なんと、強子の祈りが通じたようだ。これでようやく四ツ橋と離れられる!


「すぐに用件を済ませて戻ってこよう・・・申し訳ないが、少しの間 待っていてくれるかな?」


いや、どうせCMは断るのだし、長居せずにさっさと帰りたい!
今こそ退却のチャンスだと口を開きかけた強子より早く「はーい!いってらっしゃーい」だなんて、ホークスが笑顔で手を振りながら快諾する。
おかげで退却するチャンスを逃した強子は、ガックリと項垂れた。





デトネラットの社員に応接室へと案内された強子たちは、社長が戻るまでそこで待つよう告げられた。
四ツ橋と離れ、こぎれいな応接室のふかふかのソファに腰かけて・・・これで気が休まるかといえば、決してそんなことはない。
強子はこわばった表情で、ちらりとホークスを見やった。

目をこらせば 紅色の剛翼のすき間すき間に見える、隠すよう取り付けられたいくつもの電子機器。耳をすませば微かに聞こえてくる、電子機器の駆動音。
そう・・・スケプティックが仕込んだマイクロデバイスが、ホークス本人と彼の周囲を監視しているのだ!
デバイスに搭載されたGPSにより、ホークスの居場所は常に解放戦線に把握されている。さらには、カメラに盗聴器も・・・ホークスが見ているものも会話の内容も、すべての情報が、24時間絶えずリアルタイムで奴らへと届けられる。


「(ぜんぶ筒抜けだもんなぁ・・・)」


強子の言葉はもちろん、挙動も、表情の一つひとつまでも、ホークスを通してヴィランに筒抜けだなんて・・・当たり前だけど、気が休まるわけがない。
今こうしてる瞬間も強子の姿が映像として残され、解放戦線の隊長会議とかで映し出されるかもしれないのだ。決して弱みなんて見せられないし、うっかり迂闊なことも言えないし・・・そりゃ強子の顔もこわばるというもの。
さらに具合の悪いことに・・・彼女を護衛する相澤とミッドナイトは「No.2ヒーローがいるなら安心だ」とでも思ったのか、さっきよりも緊張感が抜けているように見える。


「(ちっとも安心じゃないからね!その人、今はヴィランと通じてるんだからね!?)」


ホークスは、大義のためなら多少の犠牲にも目を瞑れる男だ。強子ひとりを切り捨てる可能性もゼロじゃないぞ・・・?
イヤな想像に顔を青くしていると、「どうぞ」という声とともに 目の前に飲み物が差し出された。


「社長が戻るまでの間、ごゆっくりお過ごしくださいね」

「は、はい・・・どうも」


社員から手渡された飲み物に視線を落とし、警戒するようじっと見つめる―――デトネラットで出された飲食物を口にするのは、ちょっと・・・躊躇うなぁ。変なクスリとか入ってないよね?
相澤たちの様子を伺えば、彼らは「護衛任務中なんで」とスマートに飲み物を断っていた。うん・・・やっぱり強子も飲むのはやめておこう。
一方で、ホークスは相澤たちが断った飲み物を貰い受けてガブガブ飲んでいるけど、大丈夫か・・・?彼の命知らずな行動に顔を引きつらせていると、強子の肩にポンと手が置かれた。


「そう緊張することないわ、社長は優しい人だから大丈夫よ」


いち女子高生が大企業の社長と対面したから、緊張で顔がこわばっているとでも思ったんだろう。飲み物を手渡してくれた人が強子にいたわりの言葉をくれた。
社長の本性を知らなければ、彼女の穏やかな微笑みに癒され、ほっと心を安らげていただろうが・・・残念ながら、強子の緊張も警戒も解けることはなかった。










―――ふと気が付くと、真っ白な空間にいた。
壁もなく、どこまでも果て無く続きそうな白い空間。明らかに“個性”で作られたとわかる異様な場所に、強子はぽつんと佇んでいる。
そんな状況、何者かに“個性”を仕掛けられたと察して「ほらね、やっぱり!」と叫びたい心境になりながら、即座に腰を落とすと拳を握り、臨戦態勢に入る。しかし・・・


「あれ・・・?」


自身の身体に生じた違和感に、眉をひそめる。
おかしいな。意識して、身体に力を入れているのに・・・


「個性、使えないだろ?」


その声を耳にした瞬間、ドクンと心臓が大きく跳ねる。
全身に嫌な汗がぶわりと滲むのを感じつつ、恐るおそると振り返り・・・声の主を視界に入れた途端、ンガッと強子の顎が落ちた。
驚愕の表情で息をのむと、張りついたように感じる喉を動かし、強子はかすれた声で その者の名を口にする。


「しっ・・・死柄木、弔・・・?」

「よう、久しぶりだな」


う、嘘だろ?なんで!?
こいつが、ここにいるはず、ないのに!!
時期的に、こいつはすでに改造手術に入っているはずだろ!?『再臨祭』を経て、個性を覚醒させ、異能解放軍もギガントマキアも配下につけたら・・・病院に籠もってドクターから“力”を授かる流れだったよな!?
だが、目の前で笑みを浮かべているこの男は間違いなく、死柄木 弔――強子の天敵ともいえる存在だ。


「(いや、そうだよ・・・こいつの中の“優先順位”を考慮すべきだったんだ)」


以前この男は、強子を殺すことの優先順位がいかに高いかを語っていた。つまり、強子に関わる死柄木の行動については、もはや強子の知る物語の通りにはいかないのだ。奴が改造手術を施す前に強子を殺そうと決起したって不思議じゃない。
とはいえ、ずいぶん大胆な行動に出たものだ。デトネラット社を訪問中、しかも護衛2人をつけている中で 強子を襲撃しようだなんて・・・。


「アンタ、そこまでして私を殺したいわけ?」


個性は使えずとも臨戦態勢はキープしたままに、げんなりしながら死柄木に問う。
この状況では、デトネラット社と死柄木に「繋がりがある」と言っているようなもの。解放戦線が水面下で力を蓄えている中で、あまりにも不用意というか、考えなしの行動だ。それに、こうしている間にも護衛2人が動いているはずなので、強子はすぐに救助され、 死柄木の行動は徒労に終わる。
よく考えずともわかるだろうに・・・何を考えているんだ、この男は。


「まあ、そう身構えるなよ・・・今はお前を殺すつもりはないからさ。お互い気楽にいこうぜ」


くつろいだ様子の死柄木にまったりと告げられると、「殺すつもりはない」という予想外な言葉に強子は目を瞬かせた。


「ここじゃ個性を使えない以前に、お前に触ることもできないんだ。殺そうたって 殺しようがないだろ?」

「触れない って・・・それ、本当?」

「ああ、本当さ。なんなら試しに触ってみるといい」


死柄木に疑いの目を向けていると、奴はそう言いながら両腕を広げてみせた―――ので、間髪入れず強子はその無防備な腹部に拳をぶち込んだ。
しかし、拳に手ごたえはなく、強子の腕は死柄木の身体をすり抜けた。


「おいおい、触っていいとは言ったが 殴っていいとは言ってないぜ」


強子を見てくつくつと笑っている死柄木をキッと鋭く睨みながら、思考をめぐらす。
殴ろうとしても、まるで『透過』発動中の通形を相手にしたときのように、腕が通り抜けた。奴の言葉に嘘偽りはなくて、ここでは互いに物理的な接触ができないのだろう。
もしかしたら、この白い空間は精神世界みたいなものか?互いの意識だけが繋がっている状態と考えると、しっくりくる。


「(だとしたら・・・いったい何の目的で?)」


強子を殺す気もなく、わざわざこんなことをする理由がわからない。リスクを負ってまで何がしたいんだ?
釈然とせず、不気味さを覚えながらいぶかっていると、死柄木はやれやれと肩をすくめた。


「そこまで警戒されるとさすがに悲しくなるよ―――俺はただ、お前の顔が見たかったってだけなのに」

「はぁああ?」


不信感を隠そうともせず、目いっぱい嫌そうに表情を歪める強子。
顔が見たかった、なんて・・・一度はその手で強子の命を奪っておきながら、どの口が言ってるんだか。


「私はアンタの顔も見たくないっての!」

「ひどいな・・・そんなつれないこと言わずにさ、少し話そうぜ」

「私たち、仲良くおしゃべりするような間柄じゃないはずだけど?」

「あー、まぁ普通に考えりゃそうなるな・・・俺たちは ヒーローとヴィランだもんなあ」


さらに言えば相手は強子の天敵だ。死柄木に殺されたあのときのことを思い出すだけで手に汗握るってのに、和やかに談笑なんてできるか バーカ!
死柄木を目の敵にする強子はけんか腰を貫くが・・・そんな強子の反抗など意に介さず、奴はなおも旧知の仲のように気安く話しかけてくる。
その図々しい態度が余計に癪に障るのだけど、この異様な空間から抜け出す方法もわからないので・・・悔しいけど、奴の戯れに付き合ってやるしかないようだ。
どうせならこの機会に、奴から搾れる情報をすべて搾りとってから帰るか?なんて目論んでいると、


「なあ、聞けよ “ヒーロー”・・・俺はこれから、“力”を手に入れる。気に入らないもん全部をぶっ壊しちまえるような、チート級の“力”だ」

「!」


いきなり重大情報、ぶちこんできた!
目を真ん丸にして死柄木を見つめると、奴は夢と希望に満ちあふれた表情で言葉を続ける。


「そいつでオールマイトの残滓どもを粉にして、この世界をまっさらな地平線に変えてやるのさ!もちろん、煩わしいヒーローどもは皆殺しだ」


そんな物騒なことを子供のように無邪気に、楽しげに語ったかと思えば・・・死柄木は首をゆるゆると振り、ため息をこぼした。


「だが―――そのためには、死んだほうがマシだと思えるほどの 地獄の苦しみを味わうことになるらしい・・・それも、4か月もだぜ?“力”を移植するには時間がかかるんだと」


黙って聞いていれば、この男・・・びっくりするほどペラペラと情報をもらしてくるな。
こんな包み隠さず機密情報をもらしていいのか?ホークスが潜入捜査で必死に探ってきた情報を、強子はいとも簡単に手に入れてしまったぞ。


「ったく、そんなに長い間苦しみ続けなきゃなんねーとか難易度バグってんだろ」

「なら・・・その“力”を手に入れるの、やめたら?」


この男が“力”を手に入れていない今なら、まだ―――この先に起こるであろう惨劇を食い止められるかもしれない。
淡い期待をこめて言ってみたものの・・・やはりというか、死柄木はニタリと笑みを深め、「いいや」ときっぱり否定した。


「望みを叶えるためには、持てる力の全てをもって 全力で事にのぞまなくちゃな―――俺はもうヒーローを侮らない。ヒーローってもんは侮れないんだって、さすがに俺も学習したさ・・・だって、心臓を貫いても生き返ってくる奴がいるんだぜ?なあ、そうだろ・・・“アンデッド”?」


ぐ、と奥歯を噛みしめる。コイツに余計な学習をさせてしまうとは、不覚・・・!
それにしたって、この男の口から出てくるのは戯言ばかりだな。聞けば聞くほど強子の気分を悪くする。


「・・・ヒーローを皆殺しにして、この世界を地平線に変える?それがアンタの“望み”だって?」


そんなの許せない、あってはならないことだ。死柄木の“望み”とやらは、想像しただけで吐き気を催す。
死柄木 弔・・・いや、志村 転弧――彼の生い立ちならば物語を通して知っているけれど、それでも、彼の抱く深い破壊衝動は、強子には到底理解し得ない。
嫌悪と怒りを胸に宿らせ、強子はギッと正面の男を睨み付けた。


「そんな面倒なことしなくても手っ取り早い方法がある―――お 前 が 変 わ れ」


苛立ちの色を含んだ低い声で投げやりに吐き捨て、フンと鼻をならす。


「お前が変われば 世界も変わるでしょうよ」


この世界を嫌って、憎んで、否定する――そんなお前の考え方が変われば、お前の見える世界も変わる。簡単かつ平和的な解決策だろう?
と、強引な主張を唱える強子に、「お前、そりゃ暴論だろ・・・」と死柄木が呆れたように声をもらした。


「ヒーローなら、もっとこう・・・相手に寄り添った優しい言葉のひとつくらい言えないのか?」

「ヒーローだって人間だもの、自分を殺した奴を相手に優しくできるほど寛容じゃないの」

「ははっ、それもそうだ!俺はお前を殺したんだもんなあ?」


どれだけ冷たく突き放すような発言をしても、死柄木は相変わらずご機嫌な様子で、肩を揺らして笑っている。
ずっと笑顔を絶やさない死柄木を不気味に思っていれば・・・ふいに、奴の眼が強子を正面から捉えた。


「・・・やっぱり、お前に会って正解だったよ」


満足げな笑顔の死柄木を、強子はじろりと睨み返す。満足したのなら一刻も早く解放してほしいもんだ。


「こうしてお前と顔を合わせて 言葉を交わしたら、俄然やる気が湧いてきた・・・今なら俺は、どんな苦しみだって乗り越えられる。地獄の4か月だって乗り切ってやるさ」

「あっそ」

「たとえ心が折れそうになっても、お前と再会できる日を思うだけで踏ん張れる。うっかりリタイアしちまうこともない」

「あっそ」

「だから、面倒なことはとっとと終わらせて・・・早く、どこまでも地平線が続く絶景をお前と一緒に眺めたいもんだな」

「・・・は?」


また「あっそ」と適当に聞き流そうとしたところで、耳を疑う。
だって、死柄木の語る未来は おかしいじゃないか。奴は「ヒーローは皆殺しだ」と言ったはず。ならば、


「私のことも殺すんでしょ?」

「ああ―――お前は 特別さ」


猫なで声で言われ、ゾワリと鳥肌が立つ。
嫌な予感に胸騒ぎを覚えていると、案の定、奴は身の毛もよだつような呪いの言葉を吐き出した。


「すべてを終えた後・・・塵しか残らない 見晴らしのイイ世界、誰にも邪魔されることのない環境で―――お前を殺す。その瞬間をたっぷり味わいながら、浸りながら・・・大事に大事に 殺すんだ。それこそが、俺の“望み”さ」


先ほど、死柄木は「今はお前を殺すつもりはない」と言っていた。その「今は」が引っかかっていたのだが・・・そういうことか。強子を殺すのは、“すべてを終えた後”まで先送りにするらしい。


「楽しみだよなあ、なんの縛りもなくお前を殺すことだけに没頭できるなんてさ!しかも お前はアンデッドだ!お前がまた生き返るなら、また何度でも・・・永遠に、お前を繰り返し殺し続けられる!最っ高の未来だろ!?4か月後が待ち遠しくて 頭がおかしくなりそうだぜ!!」


狂ったように歓喜しながら饒舌に語る死柄木を目の当たりにして・・・「うげぇ」と強子は目いっぱい嫌そうに顔を引きつらせる。そして害虫を見るような目を向けながら、思わず一歩後ろへと下がった。


「そんな嫌がるなよ・・・お前だってわかってるだろ?俺たちの魂はそういう運命にあるんだって・・・そう、言わばこれは、神サマが俺たちに与えた“天命”ってやつだ!お前も 逆らうんじゃなく身をゆだねろよ」

「・・・馬鹿だなぁ」


死柄木の拙論に、強子はふりふりと首を左右に振るった。そして、確信をもった声で、冷静に告げる。


「間違ってるよ、死柄木 弔」


以前、目の前の男に殺されて・・・あれから色々と考えた。
人が生きる意味や、死ぬ意味。転生とは、魂とは何か?
哲学者になれるのではと思うほど頭を働かせ、そして、強子は一つの結論に至った。


「アンタの天命は 私を殺すことじゃない。神様が私たち人間に与え賜う“天命”が、そんな理性もなく欲求の赴くままに成せる事なワケないでしょ。アンタの天命は、その逆・・・理性で殺意を抑えて、私を殺さないことだよ」


強子は別に信心深いわけじゃないが・・・“天命”があるとするなら、そういうことだと思う。
世界中に数多ある宗教のほとんどが“殺生”をタブーとしている。ってことは、享楽的に罪なき命を奪うことを是とする神などいないんだろうさ。
そして、『輪廻転生』の所説によれば・・・現世での行いが来世になんらかの影響を及ぼすらしい。生きているうちの善行も悪行も、『業』として来世に引き継がれるのだという。


「殺生だなんて悪行を積んだら、そりゃあ・・・転生後に悲運な生涯をたどるのも無理ないよ」


前世で、“私”の罪なき命を奪うという悪行を積んだ魂は、志村転弧という悲運な少年に転生した。
彼は、悲運だった―――誰もがヒーローに憧れて当然のこの世界で、ヒーローを嫌う親のもとに生まれてしまったことも。生まれ持った“個性”が突然変異によって生じた、最強かつ最悪なものであったことも。突如として発現した“個性”によって、家族からの愛情を知る機会がないまま、文字通り家族を『崩壊』させてしまったことも。そして・・・そんな彼に唯一手を差し伸べたのが、オール・フォー・ワンであったことも。
彼は運に恵まれなかったのだ。前世の行いが悪かったために、そういう業を背負わされたに違いない。


「来世では恵まれた人生を送りたければ、もう人を殺しちゃダメ・・・それよりも徳を積みなさいよ、徳を!」


まるで聞き分けの悪い子供を叱るよう、人差し指でピッと死柄木を指しながら忠告してやる。だが、死柄木はハッと鼻で嗤いとばした。


「来世なんてどうでもいい。来世のことなら来世の俺に任せて・・・俺は、俺のやりたいように生きるまでだ」


コイツも、“天命”とか言ってたくせにちっとも信心深くない。ただ、刹那的に、衝動のままに生きている。
この調子じゃ、この先も死柄木は躊躇なく人を殺すだろう。この男を止めるのは、この世界の主人公でもなきゃ無理だろうし・・・死柄木の悪行は積み重なる一方だ。


「いいかげん来世では虫けらに生まれ変わってるかもね」

「虫けらになったとしても、たぶん 俺はお前を殺すと思うぜ」

「それは・・・嫌だなぁ」


蜂に刺されてアナフィラキシーショックで死んだり、マラリアを媒介する蚊に刺されて死んだり?
来世の悲運な死を想像してウンザリしていると、急に、ぐにゃりと視界が歪む。


「な、なにっ!?」

「ああ、そろそろだな」


強子が慌てふためく傍ら、死柄木は空間が歪むのを見ながら悠然とつぶやいた。


「残念だが、もうお別れの時間だ・・・名残惜しくて涙が出るぜ」

「(殺そうとしてる相手に向かって よく言うぜ!)」

「またな、アンデッド・・・俺たちが再会するまで、間違っても死ぬんじゃないぞ」


そんな皮肉めいた忠告をしてきた死柄木を、今度は強子がハッと鼻で嗤いとばした。


「私たちが会うことはもうないよ」


4か月と経たずに、ヒーローと解放戦線の全面戦争が勃発する。
全面戦争には雄英生も駆り出されるが、あくまで後方での支援担当。それに、強子が世話になっているファットガム事務所は群訝山荘に配置されるため、蛇腔病院にいる死柄木とぶつかることはない。
強子の選択次第で、その後も死柄木とのエンカウントは避けられるはずだから・・・もう死柄木と再会することはない。嬉しくて涙が出るぜ。
しかし、死柄木は不敵な笑みを携え、断言した。


「また会えるさ・・・必ずな」


疑いの余地もなく告げられた声は、“未来”を知っている強子でさえ不安になるほど、強い確信を感じさせるものだった。
そうして、不穏な予言を最後に残すと、死柄木の姿はぐにゃぐにゃと歪む空間の向こうへと消えていった。










―――ふと気が付くと、応接室にいた。
強子は先ほどまでと同じように、ふかふかのソファに腰かけている。
違う点をあげるとすれば、心配そうに強子の顔を覗き込む先生たちから「大丈夫か」「具合でも悪いのか」と質問を浴びせられてたってことだ。察するに、死柄木と精神世界で対話していた間は、周囲には意識が朦朧としているように見えたんだろう。


「・・・すみません、寝ぼけてたみたいです」


こんな状況で、強子は即座にすっとぼけることに決めた。
状況から見て、飲み物を渡してきた人に“個性”を仕掛けられたんだろうけど・・・精神介入する個性だなんて、証拠がない。「夢でも見ていたのでは?」と誤魔化されたらそれまでだ。
それに、下手に事を荒立ててホークスの潜入捜査の妨げになるのも困る。
そもそも、死柄木から有益な情報を得られたわけでもないので、強子の身に起きたことを口外するメリットがない。
精神世界で奴と接触したなんてことは、隠し通すのが最善なのだ―――相澤には「余計な心配かけるな」と怒られたけど、仕方ない。







「さて・・・CM出演の件、今一度 君たちの答えを聞かせてほしい」


その後、用事を終えて戻ってきた四ツ橋がそんなことを言うので、おや?と強子は面食らう。
彼が強子をここに呼び出したのは、死柄木と引き合わせるのが目的のはず。もう目的を果たしたので適当な理由をつけてここから追い返してもいいだろうに、宣告通りCMオファーしてくるとは、律儀だな・・・?


「どの企業もそうだが、やはり我が社としても若い層をターゲットに据えたマーケティングを意識していてね・・・ホークスくんも身能さんも、10〜20代と若い層から多大な支持を得ているだろう?それで、君たちに広告塔になってもらえればと考えたんだ」


四ツ橋の口から出た“広告塔”というワードに、ウッと強子は顔を曇らせた。
デトネラット社の広告塔から始まって・・・気づけば解放戦線の広告塔となり、世に解放思想を広める役割を担わせるつもりか?だとしたら、たまったもんじゃないな。


「若くして、優秀!人目を引くルックスに、洗練された身のこなし!メディアへの応対を見れば 君たちが賢く、洞察力や先見性に優れた人物だとわかる!大衆の心を掴むのが達者な君たちがいれば、我が社のブランディングは成功間違いなしだ!!」


わあ・・・めちゃくちゃ褒めてくる。
だけど、そうやって強子をいい気分にして懐柔しようったって、そうはいかないぞ?警戒を怠らず顔を引き締める強子の横で、ホークスが「買いかぶりすぎですってぇ」だなんてヘラヘラ笑っている・・・緊張感よ。
ホークスに恨めしげな視線を送ってから、強子は畏まった様子で四ツ橋へと声をかけた。


「お聞きしたいのですが、御社の企業理念は『お客様一人ひとりに寄り添ったモノづくり』でしたよね?ホークスが選ばれるのはわかりますが・・・なぜ、私なんです?」


デトネラット社は、“個性”に合わせた日用品などの提供をウリにする会社だ。
大きな羽翼をもつホークスは 背中に穴が開いた服を着る必要があったり、羽の手入れが必要だったりと、会社の商品と相性が良いので広告塔にふさわしい。
けど・・・強子の身体は、見た目だけで言えば無個性と変わらない、スタンダードな形態。超常黎明期より以前から見かける、プロトタイプ型の人間である。


「私では、御社がウリにする商品と相性が悪いでしょう?それに、まだ仮免の私をあえて選んだのも疑問です。若年層に人気のヒーローなら他にも「いいや、君 だ」


強子の言葉を遮り、有無を言わさぬ口調で告げた四ツ橋にドキリとする。
もしや、彼の機嫌を損ねてしまったか?ストレス与えちゃった!?ここで戦闘開始するような事態になったり・・・しないよね!?
ビクビクしながら彼の反応を待っていると、彼はくるりと振り返り、強子に上機嫌な笑顔を向けた。


「君が我が社のことをそんなにも真剣に考えていてくれたとは感無量だ!しかし、心配は無用・・・サポートアイテム業界へ参入したと同時、我々はヒーローを顧客にした―――つまり、君と我が社の商品の相性は申し分ないということだよ」


そうだった。今はヒーロー用品も取り扱っているんだったな。
でも確か、その商品って・・・闇市場でヴィランどもにアイテムを横流しして得たデータで開発を進めたはず。
やっぱり、広告塔にはなりたくないなぁ・・・ものすごく。


「それに、数多いるヒーローたちの中から君たちを選んだのには理由がある。私はね・・・君たちの その、“自由”な姿勢を気に入ってるんだ」

「じ、自由・・・?」

「どのような場だろうと 言いたいことは言う、どのような時であっても 思うままに振る舞う・・・一見するとマイペースともとれるだろうが、何ものにも抑圧されることなく 自ら道を切り拓かんとする生きざまは、“今どき”と言うのかな。これからの時代に求められる器量だよ」

「・・・」


営業スマイルを貼り付けたまま、固まる強子。
彼の話を聞いてわかったが、CMに起用したいという話は、強子を呼び出すための罠でもカモフラージュでもなく、それなりに本気だったみたいだ。
だけど・・・彼が“自由”と言うと、どうしても頭によぎるのは“秩序なき秩序”――現行のヒーロー社会を壊して創り出すつもりの、混沌の世である。
解放主義者たちが目指すのは、何ものにも抑圧されない世界なのだ。“これからの時代”ってのも、ヒーローを殲滅したあとの 無法社会のことを言ってるんだろう。
そして何故か、強子は(ホークスも)、その無法社会に適性があると思われているようだ。まったくもって心外である。
何にしたって、テロリストの思考はヤバすぎる。とてもわかりあえたもんじゃない。


「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」


強い意思を持ってきっぱり告げると、今度は四ツ橋の笑顔が固まった。表情を変えぬまま「理由を聞いても?」と問われて、強子は用意していた回答を口にする。


「まだ仮免で、大した実績もない私には・・・分不相応ですから」


御社のような大企業のCMだなんて恐れ多くて と、謙虚そうに見える笑顔で告げれば、四ツ橋は残念そうに眉尻を下げた。そして、彼は小さく「そうか・・・」と噛みしめるように独りごちたが・・・もしや機嫌を損ねてしまったか?ストレス与えちゃった!?
ビクビクしながら彼の反応を待っていると、彼は、強子に優しげな笑顔を向けた。


「では・・・いずれ 君が大成したら、改めて声をかけるとしよう。そのときを楽しみに待っているよ」


そう告げた四ツ橋は、まるで親戚のおじさんかのように温かな笑みを浮かべて強子を見つめている。
彼がなぜ、こんなにも強子に好意的なのか・・・なんだか腑に落ちなくて、気味が悪い。
だがまあ、オファーを断るという目的は無事に果たしたことだし、この男ともおさらばだ!嬉しくて涙が出るぜ!!







「あーあ・・・本当に断っちゃうなんて、もったいない」


デトネラット社を出て、帰り道をテクテクと歩いていると、ミッドナイトが未練がましく後ろを振り返ってため息をこぼした。


「まあ、でも・・・もともと私には身に余るお話だったわけですし?」


うーん と伸びをしながら強子が返せば、「あなた、そんな謙虚な性格じゃないでしょう」と再びため息をつかれてしまった。
悪の巣窟を脱したことでようやく強子の緊張もほぐれ、そんな気兼ねない会話をしていたとき・・・バサッと風を扇ぐ音とともに、視界いっぱいに幾つもの紅色の翼が舞い散った。


「雄英の皆さん、お疲れさまでしたー!」


頭上を見上げれば、ホークスがにこやかに笑ってこちらを見下ろしている。
結局は彼も、「忙しいから」とかいう理由でCMオファーを断った。
デトネラット社見学ツアーなんざ、心労がたまるだけの不毛な時間であったわけだ。


「じゃあね身能さん、君が大成できるよう応援してるよ」

「(またそういう、良い人とも嫌味な人とも受けとれそうな 絶妙なセリフを言う・・・)」


人懐っこい笑みで強子にひらひらと手を振る彼に、小さく眉間にシワを寄せた。そして強子は義務的にペコリと頭を下げると、すぐさまそっぽを向いて再びスタスタと帰路を歩く。
そんな可愛げない態度の彼女を追いながら、ミッドナイトと相澤が不思議そうに顔を見合わせた。


「素っ気ないわねえ・・・ホークスは女性人気が高いと思ったけど、あなたは好きじゃないの?」


意外だわ、と首をかしげながらミッドナイトが強子を見る。
強子はすでに頭上高くを飛んでいる彼にちらりと視線をやると、それから唇をとがらせ、低く呟いた。


「ホークスを好きにならない女子高生なんかいませんよ・・・当然ながら、私だってめっちゃ好きです。ごりっごりの“雛鳥” ガチ勢ですよ」

「・・・なんだそれは」


“雛鳥”というワードに相澤が眉を寄せれば、「若い子たちの間では、ホークスのフォロワーを“雛鳥”って呼ぶらしいわよ」とミッドナイトが丁寧に解説してくれた。


「でも、好きって言うわりには彼に無愛想だったじゃない?普段はもっと可愛げあるのに・・・」

「んん・・・」


解放戦線の奴らに監視されていると知りながら愛想を振りまく気にはなれない、というのもあるけれど―――なんというか、今日 強子と言葉を交わしたホークスは、メディアで見る彼とも、前世で見ていた彼とも、どこか違う気がした。
本来の彼は、あそこまでウザったらしい態度ではなかった・・・ハズだ。たぶん。


「(ホークスは、わざと私を遠ざけるよう振る舞ってたよね・・・?)」


強子に対して“あえて”ちょっと鼻につく態度をとり、近寄りがたい雰囲気を纏わせていたように感じた。
もしかしたら、今は二重スパイの任務中であることと関係があるのかも。ヒーロー側と親しくしているのを見られるとマズイとか、強子と懇意にしているのを見られるとマズイとか・・・強子がヴィランと繋がっているのではと警戒していた線もある。
そうでなければ、本当は、ものすっごくホークスとお近づきになりたかったのだけど・・・


「今は、親交を深めるときではないかな って・・・」

「ふーん?それも、あなたの“勘”ってやつ?」

「そうですよ、私の勘は当たるんです!」


胸を張ってドヤ顔で言うと、ミッドナイトがフフッと笑みをこぼした。あ、さては信じてないな!?
強子の勘は鋭いんだぞ!今回のデトネラット訪問の件だって、強子の「怪しい」という勘は当たってたんだから―――と、強子の頭に浮かぶのは、“あいつ”の姿。


「(・・・・・・死柄木、弔)」


あの男は、来る日に向けて着々と力を付けている。四ツ橋も、解放戦線の他の連中も・・・皆、そのときのために備えている。
ヴィランだけではない。迫りくる危機に備えるため、ホークスもああして飛び回っている。彼はこの国を、ひいてはこの世界を終わらせないようにと一人敵地にもぐり、暗躍しているのだ。


「(・・・私も、備えなくちゃ)」


彼らと顔を合わせて 言葉を交わして・・・嫌というほど実感した。


「(“全面戦争”――そのときは、必ず来る。避けられない未来なんだ)」


これは、勘なんてぬるいものじゃない。強子の知る物語に裏付けされた、確かな未来だ。
これまでよりもずっと現実味をおびてきた未来を前にして・・・強子は一人、静かに焦燥に駆られた。










無事に雄英へと戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
自室に帰った強子がぐったりしながらカバンを開けると・・・中からヒラリと、紅色の羽が出てきた。さらには制服のポケットやブレザーの襟の隙間など、探してみるとあちこちから羽が出てくる。
これは・・・偶然に入り込んだとは思えない。


「まさか、」


個性『剛翼』―――彼が切り離した羽は、僅かな振動幅から音の種類を割り出すことができる。ある程度の範囲なら、呼吸や衣擦れの音から人の位置を特定したり、会話の内容を把握できちゃうのだ。
・・・そういえば、デトネラット社を出たあと、彼にしては珍しくいつまでも頭上をチンタラ飛んでるなと思ったけど・・・


「私たちの会話を盗み聞きしてたわけ?」


眉間にしわを寄せ、羽をじろりと睨み付ける。
たとえ相手が憧れのヒーローであろうと、盗聴されるのはいい気分ではない。
だが・・・彼が、強子とヴィランどもの繋がりを疑っていて、強子が解放戦線サイドの人間かどうか 見定めるためだとしたら?これも彼の任務のうち、そう思えば寛大な心で受け入れられる。
それに、強子は聞かれて困るような話なんて一切していないしな・・・

―――めっちゃ好きです。ごりっごりの“雛鳥” ガチ勢ですよ

あれを聞かれていた可能性に気づいた途端、声にならない声をあげた。
ホークスの前では気丈に、媚びずに、あくまでも彼に興味なさそうに振る舞っていた強子が・・・実はホークスをめっちゃ好きだなんてバレたら?


「これじゃ私、ツンデレみたいじゃないのッ!?」


強子なりに気を利かせてとった態度だったのに・・・彼には、思春期のフォロワーがこじらせてんなぁとか思われたかも!“ツンデレ雛鳥”だとか不名誉な認識をされたかも!!
そんな想像を膨らませては、今後ホークスと顔を合わせるのが億劫になる強子であった。










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時系列を整理すると、死柄木は超常解放戦線を結成後、ヒーローズライジングを経てから改造手術に入ってるんですよね。意外と期間があいてます。夢主はそのあたり頭から抜け落ちていたため、死柄木はすでに手術に入ってると勘違いしておりました。
なお、ホークスは超常解放戦線に仲間入りして、メンバーに媚を売りながら内部情報を集めている時期です。潜入捜査って大変ですね。

ちなみに、デトネラット社員の個性は、左手と右手で触れた人の意識をつなげるとかそんなんだと思います。意識をつなげられた人は、周囲から見るとボーッと呆けているように見えます。
解放戦線の人数すごいから、そういう便利な個性の人もいるはずです。


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