受け応えろ!インタビュー

「仮免取得から僅か30分後に、プロ顔負けの活躍!!今回は 見事ヴィランを撃退した、雄英高校ヒーロー科1年A組の、轟焦凍くんと爆豪勝己くんにお話を伺いたいと思います!」


寮の共有スペースの一角で報道関係者の方々からカメラとマイクを向けられているのは、轟と爆豪の二人だ。
彼らが仮免資格を取得したのは、つい先日のこと。そして、その帰路の途中にさっそくヴィラン確保の手柄をあげたことで、この二人は今、世間から注目の的となっていた。


「お二人は、普段から仲良く訓練されてるんでしょうか!?」


インタビューをする記者が、戸惑うように眉を下げるのも納得である。だって・・・


「そう見えンなら眼科か脳外科行ったほうがいいぜ」
「仲は良いです」


取材相手の一方は ムスッと仏頂面で態度も言葉も悪いし、もう一方は 何考えてんのか読めない無表情・・・二人して愛想ゼロである。しかも、二人の言っていることは噛み合わず、そのせいで報道陣をほったらかして言い合いを始める始末。
この二人にインタビューだなんて・・・やりづらくてしょうがないだろう。
苦労しながらも どうにか二人へのインタビューを終えると、彼らはカメラとマイクの向きをくるりと変えた。


「それでは続いて・・・お二人と同じクラスに在籍している、“この方”にもお話を伺ってみましょう!!」


そうしてカメラの先に映し出されたのは、にこやかに微笑んで座している 強子だ。
なんでお前が?と思われるかもしれないが・・・まあ、“話題性”を考えれば、強子にインタビューの話がくるのも当然。なんたって強子は、オールマイトの秘蔵っ子というポストに宛てがわれているのだから。
それに、林間合宿でヴィラン連合に狙われたことも、神野の一件でマスコミと揉めたことも、インターンで死穢八斎會を相手に活躍したことも、強子の認知度を上げるのに十分なネタであった。


「身能さんといえば、その整った容姿から一部では“可愛すぎるヒーロー”とも呼ばれ、老若男女を問わず 多くの方から高い支持を得ていますが・・・」


記者の言葉にうっかり表情筋が緩みそうになり、慌てて凛とした笑顔に戻す。
そう・・・そう、そうなのだ!強子の認知度が上がるということは、それすなわち、強子の愛らしさが世に知れ渡るということ!
強子のこの、カメラ映えする容姿があるからこそ、マスコミからお声がかかるんだろう。だって、お茶の間の皆さまが求めているのは、仏頂面でも無表情でもなく・・・見ているだけで癒されるような 愛らしい笑顔!これに限るのさ!


「文化祭で行われたミスコンでは、身能さんは事情があり棄権していたにもかかわらず、なんと・・・3位に入賞するという快挙を果たされたそうですね!」

「えっ!文化祭は一般公開されてないのに、そんなことまで知ってるんですか!?」


マスコミの情報収集力の高さに驚きつつ、「ヤダな、恥ずかしぃ・・・」と頬に手を添え、少しはにかんだ笑顔を見せる強子。
すると先ほどまで緊張感をもっていた報道陣は、もうすっかり癒されモードに。先ほどとは打って変わり、ほわわんと和やかな雰囲気で強子のインタビューが進められていく。


「今回の轟くんと爆豪くんの活躍について、身能さんはどのように感じていますか?」


記者からのざっくりとした質問にも、強子は笑顔で愛想よく応える。


「やはり・・・二人が迅速に行動できたこと、これが最も評価されるべき点ではないでしょうか?事件発生時、周辺にプロヒーローはいなかったそうなので、二人が動かなければ多くの方が被害にあわれていたと思いますし、ヴィラン確保も遅れていたかもしれません―――私たち、日頃から “時間は有限”だとか、“ヒーローは常に敵か時間との戦い”だとか、先生方から口酸っぱく言われてますけど、本当にその通りなんですよね・・・」


指導熱心な教師たちの顔(と、厳しい訓練の数々)を思い出して、思わず強子の笑顔がくしゃりと歪む。
その苦笑を見た記者は彼女の日頃の苦労を察したようで、微笑ましげに表情をゆるめた。


「なるほど・・・今回の迅速な逮捕劇は、日頃の指導の賜物かもしれませんね!それにしても、仮免を取得した直後だなんて、私だったら尻込みしてしまいそうですけど・・・」


記者の言葉に、だからこそ評価されるべきなのだ と、強子はゆっくり頷いた。


「事件や事故が目の前で起きたとき、まず “こわい”と感じるのが普通の人の感覚で・・・ヒーローや警察、“誰かが来てくれる”だろうと他人任せにしてしまうのが、一般的な身の振り方だと思うんです」


凶悪なヴィランが関わるような事件にも、二次災害が心配されるような事故にも、自ら率先して首をつっこもうとする人はそういないはず。


「でも・・・彼らは迷うことなく、“自分が行く”という選択をとった。“仮免”という立場にはあるけれど、彼らの心はすでに立派な“ヒーロー”ですよ」


まあ、私だって同じ選択をとるけどね!――という心の声は感じさせない、敬意に満ちた眼差しと晴れやかな笑顔で答える。
爽やかな笑顔で、素直に惜しみなく仲間を称賛する彼女の姿に・・・強子の横に座っている轟と爆豪だけでなく、共有スペースにいた八百万や耳郎、緑谷たちまでもが「誰だお前」という顔をしている。


「それでは―――身能さんにとって、お二人はどんな存在でしょうか?」

「どんな、存在・・・?」


これまた、ざっくりした質問がきた。
この質問には轟も爆豪も引っかかるところがあったらしく、二人してどこか緊張感をはらんだ顔で強子にチラッと視線を向けてきた。
そう心配せずとも大丈夫、君らが言いたいことはわかってる・・・任せとけ!
強子は彼らを安心させるようにニコッと笑みを返すと、記者へと向き直る。


「仮免取得こそ 他のクラスメイトに遅れをとりましたけど・・・体育祭でもご覧のとおり、この二人の実力は確かです。二人のように強く、頼もしい仲間が身近にいるというのは 大変励みになります!」


報道関係者たちが「うんうん」と満足げに頷く。彼らが求めていたコメントはこれだろう。
そして仕上げとばかりに、強子は彼ら(とカメラ)に向けて、今日一番の笑顔を咲かせた。


「もちろん、身近に手ごわいライバルがいることで、焦りや不安を覚えることもありますけど・・・“焦り”を感じることができる環境にこそ、成長のチャンスはあります!最高の環境で学べることへの感謝を忘れずに、これからも夢に向かって邁進していきます!!」


礼節を忘れない謙虚さと、不撓不屈のひたむきさ。
今、この世界の人々が、これからの時代を担う若きヒーロー候補に求めているものはこれだ!!
取材のシメとして最高のコメントを返した強子に、報道陣は皆一様に感動している。
そうだろう、強子の回答は完璧だろう!?いかなるTPOにおいてもニーズに応えられる女、それが身能強子だ!!


「(どうだ、私の完璧な受け応えを見たか!?)」


強子自身の評価も、轟と爆豪の評価も爆アゲする素晴らしいコメントだ。君らも、これを求めてたんだろう!?
得意げな顔になって彼らを見ると・・・なぜか彼らは“期待外れ”みたいな、残念そうな顔で強子を見ていた。なんでだよ、これ以上の何を期待してたんだよ・・・君らのニーズがわからない。





インタビューから数日後―――
オンエアされたニュース番組を観てみれば、爆豪が丸々カットされるという情けない結果であった。


「もう三本目の取材でしたのに・・・」

「“仮免事件”の好評価が台無し」

「とはいえ、カットされてなかったら 爆豪くんの粗野で横柄な人ガラが改めて全国に垂れ流されるわけだし、これでよかったんじゃない?」

「聞こえてんぞ 猫かぶり女ァ!!」


強子が八百万と耳郎とともに映像を観て談笑していると、爆豪から怒声がとんできた。彼は離れたところで上鳴や瀬呂にからかわれていたから、こっちの声は聞かれてないと思ったのに・・・。


「なぁに?爆豪くん・・・私のインタビューがほぼノーカットで放送されたのがそんなに羨ましいの?」

「羨ましかねェわ!テメーみたくテレビ用に自分偽ってイイコちゃんぶるくらいなら嫌われたほうがマシだわ!!」

「やだなぁ、“偽る”だなんて・・・ただオンオフ切り替えてるだけじゃない」


爆豪とは対照的に、インタビューの応酬をほとんどカットされることなく放送された強子は、爆豪の怒声にも上機嫌に微笑んで返す。


「アンタたちがテレビの取材を重ねるうちに、強子の“よそ行き顔”もだいぶ板についちゃって・・・」


映像の中で(耳郎から見ると)胡散臭い笑みを見せる強子に、耳郎は呆れの表情でため息をこぼした。
そうこうしていると、手元のスマホで見ていた映像が 取材シーンからスタジオへと切り替わった。キャスターが「初々しくも 頼もしい仮免ヒーローたちでした」と締めくくると、次いで、重々しい雰囲気でコメントする。


『彼らには一刻も早く、プロとして活動してほしいですね・・・“泥花市の悲劇”を繰り返さないためにも―――』


泥花市の悲劇。
たった20人の暴動、それも約50分ほどの短い時間で、泥花市は壊滅にまで追い込まれた。地方だったため死傷者数は抑えられたが、被害規模でいえば、“神野”以上。
この恐ろしい事件は、ヒーローの失墜を狙った計画的犯行であった―――・・・・というのが、表向きの話だ。


『以前ですと、これほどの被害を出した事件となると、ヒーローへの非難一色だったわけですが・・・しかし、まさに今、時代の節目と言いましょうか・・・“非難”が“𠮟咤激励”へと変化してきているんですよね』


事件の暗い話題のあとに続いた、そんなコメンテーターの言葉。明るい兆しが見えた気がして、なんとなく教室の空気も明るくなる。


「“見ろや君”から、みんなの見方がなんか変わってきたよね!」

「エンデヴァーが頑張ったからかな!」


麗日と芦戸が陽気に告げると、ガラリと教室の戸が開いて「楽観しないで!!」と聞きなれない声が響く。


「良い風向きに思えるけれど、裏を返せばそこにあるのは“危機”に対する切迫感!勝利を約束された者への声援は、果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか!?」


そんな煽りとともに教室に足を踏み入れたのは、デビューから僅か2年という歳月でビルボードチャート23位にまで上りつめた、あざとカワイイお姉さん。そう・・・Mt.レディだ!!


「ショービズ色濃くなっていたヒーローに今、真の意味が求められている!」


峰田いわく、Mt.レディこそ誰より一番ショービズ色に染まっているらしいが、それはともかく・・・怒涛の活躍で注目度上昇中のビッグなゲスト登場とあって、教室がわぁっと浮足立つ。


「特別講師として彼女を招いた。おまえら露出も増えてきたしな・・・ミッドナイトは付き添いだ」


Mt.レディの後ろで、なんだかミッドナイトが渋い顔をしている。どうしたんだ?と思ったけど・・・そういえば、以前この二人がテレビ番組で共演した際には、二人のソリが合わず、カメラの前なのに喧嘩に発展する事態となったことを思い出した。
この二人、色っぽいお姉さん属性でキャラ被りしているせいで 仲が悪いのだ。


「今日行うは、『メディア演習』!現役美麗注目株である この私――Mt.レディが、ヒーローの立ち振る舞いを教授します!!」

「何するかわかんねェが・・・みんなぁ!!プルスウルトラで乗り越えるぜ!!」

「「「おー!!」」」







「“ヒーローインタビュー”の練習よ!!」


Mt.レディに連れられてグラウンドにやってくると、そこには、よく記者会見で見るようなステージが特設されていた。


「ヒーロー “ショート”、こっちに」

「・・・はい」


ステージ上からMt.レディにちょいちょいと手招きされ、轟がステージに登壇する。
すると、突拍子もなく彼女は轟にマイクを向け、笑顔で「凄いご活躍でしたね、ショートさん!」と称賛した。


「何の話ですか?」


アドリブに弱い轟に、彼女の意図は通じない。「なんか一仕事終えた体で!」と諫言されて、ようやく轟は自分の役回りを理解したようだ。


「ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう!?」

「俺が来て・・・皆が安心できるような・・・」

「素晴らしい!!あなたみたいなイケメンが助けに来てくれたら、私 逆に心臓バクバクよ!」


Mt.レディが轟の容姿を持ち上げるコメントをするが、轟は照れるどころか「心臓・・・悪いんですか・・・」なんて気の毒そうな顔して言うものだから、強子は思わず吹き出してしまった。
今時なかなか見れない天然記念物ぶり。Mt.レディも「やだなに この子!」と轟のかわいさに興奮しているようだった。


「どのような必殺技をお持ちで?」


その質問に、轟は周囲を見回すと、人のいないほうに向けて右手を振りかざす。


「―――“穿天氷壁”」


瞬く間に、グラウンドには刺々しい 巨大な氷塊が出現した。
冬のこの時期、屋外で授業というだけで寒いのに・・・急激な気温低下に、A組の面々は身をすくませながら迷惑そうに目をすぼめている。


「広域制圧や足止め・足場づくり等 幅広く使えます。あとはもう少し手荒な“膨冷熱波”という技も・・・」

「あれ?B組との対抗戦で使ってたヤツは?」

「エンデヴァーの・・・」

「赫灼熱拳!」


クラスメイトたちの反応に、「・・・赫灼熱拳は、親父の技だ」と静かに答える轟。


「俺はまだ、あいつに及ばない」


そう告げた轟は、もっと上へ、もっと先へ進まなくてはと、覚悟に満ちた表情をしている。
そんな様子を見ていたMt.レディはフムと小さく頷いて、彼に向けてアドバイスを送った。


「パーソナルなとこまで否定しないけど・・・安心させたいなら、笑顔をつくれると良いかもね!あなたの微笑みなんて見たら女性はイチコロよ!!」

「俺が笑うと、死ぬ・・・!?」


愕然と 青ざめた顔して見当違いなことを言う轟のせいで、再び強子は吹き出した。


「技も披露するのか?インタビューでは?」

「あらら、ヤだわ雄英生!皆があなた達のこと知ってるワケじゃありません!」


常闇が問うと、ステージ上にいるMt.レディは皆と目線を合わせ、力強い眼差しで彼らに語る。


「必殺技は己の象徴!何が出来るのかは、技で知ってもらうの―――即時チームアップ連携、ヴィラン犯罪への警鐘、命を委ねてもらう為の信頼・・・ヒーローが技名を叫ぶのには 大きな意味がある」


やはり、ビルボードで上位に食い込んでくるヒーローの言葉ともなると、格が違う。A組の誰もが彼女の言葉ひとつひとつを真摯に受け止め、しかと心に刻んでいく。
職場体験以降、彼女に対して苦手意識というかトラウマに近いものを抱えていた峰田でさえ、彼女の言葉に感銘を受け、彼女の変わりように驚いていた。


「ちょっと前までカメラ映りしか考えてなかったハズだぜ、あの女・・・」

「Mt.レディだけじゃないよ―――今、ヒーローたち皆 引っ張られてるんだ・・・No.1ヒーローに」


相澤の言葉にハッとする。
No. 1の在り方が、その時代のヒーローたちの在り方までも変えていく。他を牽引する存在、その時代を象徴する存在――“No. 1”の大きさに、改めて心が震えた。


「さあ!さっそく次、いってみましょうか!!私が言ったことを踏まえてインタビューに応じてちょうだいね!?」


げっ、いきなり!?と、戦慄するA組。
求める対応のハードルが高いわりに、考える時間も準備する時間も与えてくれないのかと焦っていると、Mt.レディはニッコリと笑顔をつくる。


「それじゃあ・・・ビヨンド?」

「!」

「もし今この場に あなたのことを知らない人たちがいたとして、あなたなら、その人たちに“ビヨンド”をどう伝えるのか・・・みんなに実演してみせてくれる?」


皆が「一番手だけは勘弁・・・!」と尻込みする中、その一番手に指名されたのは 強子だった。
突然のキラーパスに目を瞬かせると、


「メディアから引っ張りだこで、これまでに何度もインタビューを受けているビヨンドなら、これくらい朝飯前よねえ?」


そう言いながら彼女が見せた意地悪い笑みが、「やれるもんなら やってみなさいよ、小娘!」とケンカ腰に語っている。
なるほど・・・イイ性格してるわ、この人。


「・・・わかりました」


なんでか知らんが Mt.レディに目を付けられているっぽい強子に、クラスメイトたちから「ドンマイ」と同情的な視線を向けられる。
彼らからの視線を背中で受け止めつつ、強子は無表情のままスタスタと歩き出す。そんな彼女と入れ違いに、先ほどまでステージ上にいた轟がA組の集団へと戻ってきた。


「身能、」


すれ違いざま、轟からも気遣わしい視線を向けられる。過保護な彼はいつものように「大丈夫か?」なんて、強子を心配している様子だけど、


「・・・私を 誰だと思ってるの?」


彼を横目にフッと勝ち気な笑みを浮かべた強子は、その足を止めることなく、悠々と肩を切って歩いていく。


「(要は、いかに自己アピールできるか って話でしょ?)」


歩みを進めていた強子が、ぴたりと足を止めた。
彼女の目の前には、先ほど轟が作り出した巨大な氷塊がそびえ立っている。強子の身長の何倍もの高さがあり、重量も体積も おそらくは巨大化したMt.レディよりも大きくて・・・まさしく氷山と呼ぶにふさわしい。
巨大な氷山に、己の小さな手のひらをぺたりと付ければ、改めて思う――こんなものを作り出せるなんて、“個性”というものは凄いな と・・・。


「―――私の個性は、『身体強化』」


凛とした声が響くと、グラウンドにいる誰もが口を閉ざして彼女を見つめた。
技で、何が出来るか知ってもらえと言うけれど・・・強子の『身体強化』には、一瞬にして氷山を作り出すような派手さはない。象徴的なセールスポイントもなければ、希少性のない ありふれた個性である。
この個性だけ見れば、経営戦略好きな経営科の連中だって「どう売り出すべきか・・・」と頭を悩ませることだろう。


「(だけど、“私”は知ってる―――身能強子の 魅せ方を!!)」


次の瞬間、彼女が動いた。
強子はキュ と地面を蹴り、くるりと華麗にターンしてA組の集団のほうへと振り返る。振り返りながらスラリとした腕を伸ばせば、しなやかな腕はバレリーナが舞うように美しい弧を描き、その手の甲が 氷山へと叩きつけられる。
ガシャ―ン!!と耳障りなけたたましい音とともに、巨大な氷山が・・・木端微塵に、砕け散った。
彼女は氷山に“裏拳”を打ち込んで、粉々に叩き割ったのだ。自分とは比にならないほど巨大な氷山を・・・小さな、愛らしい その手で。
人類に“個性”が発現する以前ならば、人々は「嘘だろ!?」「不可能だ!」と驚愕する光景にちがいない。


「この個性(ちから)で、“不可能”を “可能”に 、“夢”を “現実”に―――」


粉々に砕かれた氷のつぶが頭上から降りそそぎ、陽の光を浴びてキラキラと光る。
ダイヤモンドダストが舞う中・・・猛々しく燃える強子の瞳が、グラウンドにいる者たちを射抜く。そして彼女の凛々しい笑みが、グラウンドにいるすべての者の目を奪って 放さない。


「誰もが安心して笑って暮らせる、そんな理想の世界を・・・私が、現実にしてみせる!!」


だから―――“私を信じろ”、“私に託せ”。
そんな想いを込め、氷山を砕いた手を胸元で強く握りしめれば、戦隊モノの決めポーズのように格好良くキまった。
“個性”が地味なら、派手に演出すればいいだけのことさ。
そして この、身能強子の愛くるしい容姿と・・・その見た目に反して 勇ましく、豪胆で、荒々しくすら感じる戦いぶり。そのギャップこそが、“ビヨンド”の最大のセールスポイントだ。
過去に別人として生きていた記憶を持つ強子だからこそ、凝り固まった偏見や先入観なく、自分を客観的に見定めことができる。周囲が自分に求めていることを、的確に汲み取ってやれる。


「(こんなヒーロー、唯一無二でしょ?)」


自己アピールに確かな手ごたえを感じた強子がクラスメイトたちの反応をうかがうと・・・寒空の下、氷のつぶが吹雪いたせいで、A組の面々は身をのけぞらせながら迷惑そうに目をすぼめている。
いやいや君たち・・・ちょっとくらい「カッコイイ!」とか「イケてる!」とか、そういう反応してもいいんじゃないの?


「・・・やっぱり、セルフプロデュースに関していえばビヨンドは同世代の中で抜きん出てるわね」


苦々しげに呟かれたその言葉を耳ざとく聞き取り、強子は笑顔でMt.レディに振り向いた。


「ありがとうございます!とっても嬉しいですぅ!」


営業用のスマイルでMt.レディに感謝を告げれば、その慇懃無礼な態度に、彼女はさらに悔しそうに顔を歪めて強子を睨みつけた。


「ふんッ・・・なによ、ソツなくこなしちゃってさぁ!生意気!かわいくない!!」


負け惜しみのようにいちゃもんをつけてきた彼女に、「ヘッ」とニヒルな笑みを浮かべる。
こちとらヒーローインタビューのイメトレなら、物心ついた頃からやってんだ!自分をどう売り出すかで悩むフェーズはとうに過ぎた。この程度のパフォーマンスくらい、朝飯前である。
強子を試すようなことしてくれちゃって・・・ずいぶんと舐められたもんだ。


「・・・だから言ったでしょ?身能に立ち振る舞いの指導は必要ない、って」

「!」


ミッドナイトが強子の肩にぽんと手を置きながら、Mt.レディに笑みを向けた。


「この子はインタビューで、きちんと模範解答を返せる子なんだから―――怒りで我を忘れなければ だけど」


ミッドナイトの言葉に喜んだ強子だが、ボソッと付け加えられた一言にウッと顔が引きつる。
神野のとき、感情をコントロールできずマスコミに醜態をさらしたことは、今となっては黒歴史である。
黒歴史を思い返して遠い目をしていると、ミッドナイトが今度は強子に笑みを向けた。


「彼女、ヤケにあなたに突っかかってきて面倒くさいでしょうけど、我慢してちょうだい」


ミッドナイトの言葉に、こくりと頷く。
まあ、我慢するもなにも・・・Mt.レディの 自分に正直すぎるゆえに偏屈だと思われがちな性格も、彼女の魅力の一つだと認識している。それに年下(それも学生)に対しても大人げなくぶつかってくる負けん気の強さは好感を持てるし・・・懐の広い強子には全然、許容範囲だ。
素直に頷いた強子に、ミッドナイトはフフッといたずらっぽく笑って、「・・・イイこと教えてあげましょうか」と強子にだけ聞こえる小さな声でささやいた(やだ、ドキッとしちゃう!)。


「実は彼女ね、焦ってるのよ・・・次代の美麗注目株であるビヨンドに、お株を奪われると警戒してるみたいね」


ほほう・・・?目をキラリと光らせ、強子がMt.レディを見やった。
な〜んだ、そういうこと?どうしてMt.レディに目を付けられたのかと謎だったけど・・・ふぅん?そういうことですかぁ。


「それはそれは・・・・・・光栄ですねぇ」


ニマニマといやらしい笑みを浮かべる強子と、その隣でフフフと妖しい笑みを浮かべるミッドナイト。
そんな二人に、なにか嫌な空気を感じ取ったんだろう・・・Mt.レディは都合悪いことを誤魔化すかのように、慌てて授業を再開した。


「さ、さあッ!それじゃ、ばんばんインタビューしちゃいましょう!!?次は誰にやってもらおうかしら〜!?」







Mt.レディの指揮のもと、A組のクラスメイトたち一人ひとりが順番にインタビューの練習を行うが・・・フタを開けてみればどいつもこいつも、思っていた以上に 出来がいい。
キャッチーなフレーズやインパクトあるアクションで見事に自分をアピールしていく彼らに、強子の顔がヒクリと引きつった。


「み、みんな・・・なかなかやるじゃないの?」


“人気取り”なら強子の右に出る者はいないと自負していたが・・・これは油断ならないぞと、冷や汗をかく。


「はっ!?まさか・・・みんなも物心ついた頃から、鏡の前でインタビューの特訓を!?」

「アンタ、そんなことしてたの?」


焦りの表情で独りごちる強子に、耳郎が冷ややかな視線を送った。
一方で、轟が強子を微笑ましげに見つめながら、彼女に告げる。


「初めに身能が良い手本を見せたから・・・みんな、お前に触発されたんだろ」

「轟くん・・・!」


轟はいつも、強子の欲しい言葉をくれる。
彼の言葉に機嫌を取り戻した強子はご満悦の表情を見せ、顔をほころばせて「ありがとう!」と感謝の意を返した。


「・・・・・・あ、そうか」

「?」


何か新たな発見でもあったかのように彼が目を見開いたので、強子は小首をかしげる。轟の様子をうかがっていると、彼は自身の胸元にそっと手を置いた。


「・・・お前を見てると、ドキドキする」

「え、」

「Mt.レディの言ってたのって、こういう意味だったんだな―――身能が救けに来たら、俺は、“心臓バクバク” だ」


ようやく意味を理解したぞ と、誇らしげに口元を緩めて言われたけど・・・・・・それは、どうだろうか。
過保護な彼の言う“心臓バクバク” って・・・どうせ、「身能がケガしないか」「身能がやらかさないか」と心配するあまり心拍数が上がるやつでしょ?


「轟くんって、ちょっと・・・恋愛(そういうの)に関してはニブいっつーか、トンチンカンなとこあるからなぁ」


まあ、そういうポヤポヤしてるとこも彼の魅力なんだけどね。
「強子も人のこと言えないけど」という耳郎の呟きは置いといて・・・フフッと穏やかな笑みをこぼしていると、そんな強子の顔を見つめる轟が「はっ!?」と何かに気づいたように再び目を見開いた。


「俺、死んでねぇか!?」

「 な ん て ?」


以前から少々ズレたところがあるとは思ってたけど・・・どうも最近の轟は、以前に輪をかけてズレた言動が多い気がするなぁ。







「「「―――ありがとうございました!!」」」


Mt.レディを講師に迎えての授業・・・終えてみれば、実りある授業であったなと感心する。講師の彼女からはもちろん、ミッドナイトからも吸収できることがたくさんあった。
やはり彼女たちは、CMやら雑誌のコラムやらでよく見かけるだけあって、“メディア受け”に精通している。彼女たちが売れっ子なのも必然だ。


「はあぁ・・・私も、Mt.レディやミッドナイトみたくなりたい・・・」


その強さと美貌から、“ヒーロー”という人気職の中でもとくに彼女たちの人気は根強いもの。世間から認められ、慕われている彼女たちは、強子の憧れるヒーロー像そのものと言っても過言ではない。
憧れの彼女たちに熱い視線を送りながら、強子は夢見心地でぼそぼそと口を動かす。


「私も CMに起用されたい・・・雑誌の表紙かざりたい・・・グッズ販売してほしい・・・」


心の底からの強子のつぶやきを拾うと、Mt.レディが勝ち誇ったような顔で「ハッ!小娘にはまだ早いわよ!!」とせせら笑う。
そして、同じく強子のつぶやきを拾った相澤が、「・・・ああ、」と何かを思い出したように声をもらした。


「身能、お前に良い知らせだ」

「?」


いつもと変わらないトーンで言われるので、あまり“良い”知らせ感がないのだけど・・・相澤の言葉に、なんだろうかと強子は素直に耳を傾ける。


「お前にCMのオファーが来てるぞ」

「えっ!!?」


聞いた途端、パァッと花が咲くように明るい笑顔を咲かせた強子。
・・・と同時に、強子の背後ではMt.レディが げぇっ!と忌々しげに顔を歪めた。


「私に、CMオファー!? えー、うそぉ・・・夢みたーい!!」


へにゃりと緩みそうになる頬を両手で押さえるも、「えへへっ」なんて腑抜けた笑い声がこぼれてしまう。
強子はまだ仮免という立場だし、Mt.レディが言うように「まだ早い」だろうと思っていたのに・・・さっそくCMに起用されちゃうなんて!どうやら、ついに強子の時代が来たようだな!?


「それでっ、なんのCMですか!?どこのメーカー!!?」


目を爛々と輝かせ、身を乗り出して興奮気味に問う強子。そのやかましい声に若干迷惑そうに顔を歪めつつ、相澤は淡々と答える。


「具体的になんのCMかまでは聞いてないが・・・メーカーは 有名どころだからお前も知ってるだろ―――デトネラット社だ」

「デッッッ・・・・・・・・・!!!」


彼女のクソデカボイスが、グラウンドにこだまする。
しかし・・・「デ」の一音を発して以降、彼女の口から何の音も発せられることがないまま、グラウンドは静まり返っている。


「「「?」」」


急に黙りこくった強子を不思議に思い、クラスメイトたちが彼女の様子をうかがうと・・・「デ」の口のまま固まっていた彼女の笑顔が、だんだんと歪んでいき、やがては苦虫を噛み潰したような顔へと変貌した。


「・・・・・・デトネラット社ぁ??」


ようやく口を開いて言葉を発した彼女からは、不審の色がありありと見て取れる。
しかめ面で眉をひそめている彼女に、誰もが意表をつかれた。
名の知れたメーカーのCMに出られるなんて、彼女なら、もろ手をあげて喜びそうなものなのに・・・。


「まさか知らないのか?国内でも有数の大企業で、最近ヒーローサポート事業に参入したことで話題になってたと思うが・・・」

「もちろん知ってますよ!!」


相澤の言葉に、強子は「心外だ!」とばかりに慌てて声を張った。


「国内トップシェアを誇るライフスタイルサポートメーカー、デトネラット社!!超人社会に寄り添うかたちで 一人ひとりの"個性"に合わせた日用品の製造、販売、サービスを独自開発の技術とシステムで提供し続け、今や業界No.1のリーディングカンパニーじゃないですか!一代でここまで築き上げたとあって代表取締役社長の四ツ橋力也は、経済界で一目置かれる有力者!社長自らが自社のCMに出演し、その特徴的な額で ハゲキャラとしてお茶の間ウケも高い著名人ですし、知らない人のほうが少ないでしょ!?」


目をつり上げ、身を乗り出してキレ気味にまくし立てる強子。オタク特有の早口を思わせるその口調に、相澤もクラスメイトたちも心なしか彼女を遠巻きに見ている。


「サポートアイテム業界への参入はまあ、賛否両論ありますけど・・・事業拡大によってデトネラット社の株価はさらに上昇!依然、“勢いのある会社”として名があげられてます!常識ですよ!!」

「・・・で、結局CMに出んのか出ないのか、ハッキリしろ」


ペラペラと聞いてもいないことを語る強子をギロリと睨みつけ、時間は有限と言わんばかりに、相澤が返答を急いてくる。


「つか、迷う理由なくね?当然やるっしょ!」

「こんなチャンスそうそうないもんね」

「大手からオファーもらうなんて、小娘のくせに生意気なのよ!!」


なんの疑いもなく当然“やる”だろうと考えているクラスメイトたち。それに、羨望の眼差しで強子をやっかむMt.レディ。
彼らを見ながら、強子はグッと言葉を飲み込んだ。

国内トップシェアの優良企業 デトネラット社、そして、その大企業を手がけるヤリ手社長の 四ツ橋力也―――・・・というのは、表向きの話だ。
強子は知っている。デトネラット社社長としての顔は、世を忍ぶ仮の姿であるということを。


「(・・・異能解放軍の指導者、“リ・デストロ”)」


四ツ橋の正体は、ヒーロー社会の転覆を謀るテロリスト集団の最高指導者。解放思想を分かり合えない相手は躊躇なく殺すような、残虐さをもつ犯罪者だ。
そんな人間の牛耳る会社からCMオファーをもらったところで、もろ手をあげて喜べるはずもない。


「(いや・・・・・・今はもう、超常解放戦線 と呼ぶべきだな・・・)」


さて、ここで話を戻そう。
数日前に起きた、泥花市の悲劇―――ヒーローの失墜を狙った暴動だなどと表向きに報道されてはいるが、実際のところ・・・泥花市で行われていたのは、ヴィラン連合とリ・デストロ率いる異能解放軍との 全面抗争『再臨祭』であった。
歴史の中で着々と計画を進めてきた異能解放軍にとっては、ぽっと出の連合が目立つなんて面白くないわけで・・・連合を解体しようと考えたわけだ。
連合もおとなしくやられるような奴らじゃないので、抗争による被害規模はとてつもなく、街が壊滅するほどだった。
まあ・・・泥花市の住民の九割がテロ組織メンバーなので、後からいくらでも誤魔化しはきく。実際にニュースで報道された内容には、ヴィラン連合の存在も、異能解放軍の存在も、影も形も見つけられないよう もみ消されていた。
そして、世を忍んで行われた再臨祭は―――連合の勝利によって幕を閉じた。
過去の記憶が戻り、個性を覚醒させた死柄木が“自由”を体現する姿を見て・・・死柄木こそ“真の解放者”に相応しいと判断した四ツ橋は、降伏を宣言したのだ。早い話が、魅せられたのだろう・・・死柄木の、悪のカリスマの部分に。
ともかく、四ツ橋は最高指導者の地位を死柄木に譲位すると、連合と解放軍とを融合させ、超常解放戦線という超巨大なテロ組織を作り上げたわけだ。


「(それで・・・このタイミングで、私にCMオファー?そんなの怪しすぎるでしょ)」


四ツ橋は死柄木を“真の解放者”として崇拝しているので、死柄木には従順だ。
時期的に、すでに死柄木はドクターから“力”を授けてもらうべく病院に籠もっているはずだから・・・おそらく死柄木の指示ではないと思う。
だが、死柄木が殺したがっている強子を拉致・監禁するくらいのこと、四ツ橋ならば平気でするだろう。改造手術を終えた記念のプレゼントとして、死柄木に強子を差し出すというサプライズを考えてないとも言い切れない。
そもそも、死柄木が不在だろうとなかろうと、四ツ橋の近くにはトガたちもいるので、強子にとってデトネラット社が危険なのは変わりない。
となれば・・・強子のとるべき選択は決まっている。


「CMは・・・っ、断ってください・・・!」


大企業からのCMオファーなんて、美味しい話―――飛びつきたくなるのをグッと堪えて告げれば、やはり、周囲の誰もが意表をつかれたような表情になった。


「断っていいのか?お前、売名行為とか そういうの好きだろう」

「ちょ、言い方・・・!」


売名行為だなんて聞こえが悪い。それを言うなら自己アピールとか、人気取りとか・・・もっと他に言い方あるでしょ!
なんて考えていたら、強子の決断に納得いってない様子のクラスメイトたちに囲まれた。


「ねえ、なんでCM出ないの〜!?」

「出なよ〜!強子ちゃん、今よりもっと人気出るかもよ?」

「ギャラもいいだろうに、もったいねぇ・・・」

「こんないい話、何で蹴っちまうんだよ?」


だって、ヴィランどもの罠としか思えないんだもん!!
―――なんて、本当のことを語るわけにはいかない。四ツ橋がヴィランであることも、死柄木たち連合と繋がっていることも、本来ならこの時点で強子には知りえない情報なのだ。
だから、


「なんとなく・・・?」


ヘラリと笑って、そんな答えを口にする。
秘匿すべき事情は、適当に笑って誤魔化しておくのが最適解。


「ありがたい話なのはわかってるんだけどね、なんか、気が進まないっていうか・・・そう、私の“第六感”が告げてるの!今回の話は、断るのが”吉”だって!!」

「「「はあ?」」」


何言ってんだコイツ、という顔をクラスメイトたちから向けられてもなお、強子はスタンスを崩すことなく「私の勘は当たるんだから!」と言い張る。
皆から腑に落ちない視線を向けられたって、折れるものか!周囲に流されてオファーを受けたせいでうっかり命を落とすなんて御免だぞ!
皆さま ご存知ないでしょうけど・・・厄災の種は、すでに蒔かれてますからねぇ!?


「“気が進まない”から仕事を蹴るって・・・!大手からオファーもらっておいて 贅沢言ってんじゃないわよ、生意気ね!!」

「代わりに私がその仕事を受けたいくらいだわ」


お姉さま方も、強子の考えを理解できないといった反応だ。
でも・・・この仕事は受けないほうがいい、マジで。たとえ、このオファーが強子をおびき出すための罠ではなく、純粋な仕事の依頼だったとしてもだ。
いずれ来る、ヒーローたちと超常解放戦線との全面戦争――そこで四ツ橋は逮捕される。
これまで慈善的な事業に取り組んできたデトネラット社のクリーンなイメージは失われ・・・デトネラット社のCMに出演していた人物にまで汚職のイメージを植え付けられることだろう。CM出演で高いギャラを受け取っても、それ以上のものを失う羽目になるのだ。


「身能も乗り気じゃないようだし、この話は断っておくぞ」


淡々と告げた相澤に、強子ははたと目を見開く。
そういえば・・・この人は、強子の選択にあーだこーだと言ってこないな。この人のことだから、「チャンスを無駄にするな」くらいの小言は飛んできそうなものなのに。
じっと相澤を見つめていると、彼は強子の疑問を察したように強子に向き直った。


「世間が抱いてる身能の印象は、未だに『連合のターゲット』っつう認識がデカい。マスコミ通じて 連合を「馬鹿」だの「クソくらえ」だの罵ったお前はすっかり連合に敵視されて、神野以降も変わらず狙われてるだろ ってのが大半の見解・・・そこに追い打ちをかけるよう、身能がインターンで出向いた先で 連合に動きがあった―――身能と連合の存在を繋ぎあわせて考える人も多いだろう」


その世論は間違っていない。
実際、連合(というか主に死柄木)は今も強子の命を狙っているし・・・インターン先じゃ、強子は一度ヤツに殺されているし。連合とは切っても切れない縁というか、並々ならぬ間柄だと思う。


「将来有望な奴も見目がいい奴も 他にいくらでもいるのに、そんな “いわくつき”をCMに使おうってんだ・・・なにか、裏があるとみたほうがいい」


さすがはアングラ系ヒーロー、イレイザーヘッド・・・“闇”を嗅ぎ取る嗅覚がハンパない。
だが、おかげで命拾いした。デトネラット社には相澤から断りを入れてくれるそうなので、これにて一件落着だ。






―――と、安心しきっていたのだけれど、


「すまん・・・断りきれなかった」


翌朝、どことなく疲れた様子に見える相澤から告げられた。


「先方にさんざん粘られたあげく、終いには社長自ら『ぜひ一度 当社を見学してから、断るかどうか判断してほしい』と頼みこんできたよ・・・いかんせん、こちらは『気が進まない』なんて舐めた理由しか持ち合わせてないからな、拒むのにも限界があった」


雄英(うち)はメディア露出を制限するような校則もないし・・・と眉間にしわを刻んで難しい顔をしている相澤。彼を見るに、怪しい企業から強子を守ろうと、彼は力の限りを尽くしてくれたんだろう。


「・・・にしても 社長自らって、ずいぶんと私にご執心のようですね」


強子に対する、異様なまでの執着ぶり―――これはいよいよ強子のイヤな想像が現実味を帯びてくる。
顎に手を当てて、どうしたものかと思考をめぐらせる。
見学してから断ってくれと言われてしまえば、見学しないわけにはいかないだろうが・・・奴ら、強子をデトネラット社におびき出してどうするつもりなのやら。


「もしかして・・・あのハゲ社長、強子を愛人にする気じゃない!?」


恋愛脳の芦戸が口にした 的外れな想像に、思わず脱力してカクッと肩が落ちる。


「なぜそうなる・・・」

「だって強子って、一癖ある変な男に好かれるタチだし・・・絶対そーだ!頭良いようでけっこう抜けてる強子を丸め込んで、愛人契約する気なんだよ!!」


人がヴィランに命を狙われてるかもしれないってのに・・・まったく、ノンキなもんだ。強子が呆れのため息をこぼしていると、


「身能、そんなヤツと関わらないほうがいい・・・見学にも行くな」


芦戸のたわ言を真に受けた轟に、迫真の表情で引き留められる(最近、彼の過保護ぶりに拍車がかかっている気がする)。
それに続いて、


「誰彼かまわずシッポ振ってっから そうやって勘違いヤロウにつけこまれンだろうが、テメーは!省みろ!!!」


もう見慣れたものだけど、鬼のような顔した爆豪が強子に怒声を飛ばしてくる。
おまけに学級委員たちは、風紀がどうの 人道がどうのと、強子にクドクドと説き聞かせてくるし・・・そんなA組でお馴染みの光景に、ほかのクラスメイトたちは微笑ましげに見守っている。
君ら、みんなしてノンキか!?


「見学も断るなら、それなりの理由が必要になるんだが・・・」


悩ましげにこめかみを押さえている相澤へと視線を戻すと、強子は首を左右に振るった。


「いえ、私・・・・・・見学 行きます」


告げた途端、教室のあちこちからギャーギャー、ワーワーと喧しく騒ぎ立てる声が響いたが・・・強子の決意は揺るがない。


「(私をおびき出してどうする気なのか・・・奴の真意を確かめたい)」


やはりヴィランの罠か・・・それとも、本当に強子をCMに使いたいのか。行ってみなきゃわからないからな。
それに、


「(たぶん・・・・・・今のままじゃ、駄目だから)」


―――・・・私の死を土台に、次こそ、“誰かが殺される未来”を変えてくれるなら・・・悔しさをバネに、この先、多くの人々の“悲しい未来”を変えてくれるなら・・・


「(・・・今まで通り、“物語”をなぞってるだけじゃ、駄目なんだ)」


“物語”を変えたいのなら、“物語”にはない行動を起こさなくてはいけない。
今はまだ、どう行動すべきかなんてわからないけど・・・―――CMオファーだなんて“物語”にはなかったイベントだ。だからこそ、強子がデトネラット社に出向き、四ツ橋と邂逅することで・・・その“ヒント”が見つけられるかもしれない。


「(虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってね)」


リスクは承知の上で、敵の招待に応じてやるさ!










==========

神野のときはマスコミに生意気言って、世間から反感を買っていた夢主でしたが・・・その後、インターン等の活躍と、イメージアップを意識した態度をとっていたおかげで、悪い印象はすでに払拭されています。

今は「可愛いヒーロー」ともてはやされていますが・・・相澤先生の言うように、“連合のターゲット”という認識はずっと変わらずにあると思います。




[ 94/100 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -