無題(5/37)
2限目3限目と着々と時はすぎて、お待ちかねの昼御飯。
だというのに伊神はいまだに来ないし、犬飼までも消えやがった(体育をしたら二日酔いがぶり返したらしい)。
お昼奢ってもらう気満々だったのに本人が居なくては意味がない、胸ポケットの携帯を取りだして食堂近くの人がいなさそうな場所で電話をかける。
伊神も寝てるわけじゃないだろうし、でるだろう。
《……あ?》
携帯にでて開口一発それかよ。
「お腹空いた」
《知らねえよ、何、アホはどうした》
「犬飼は体育でダウン。俺さあ昨日お前らのタクシー代で金無いんだけど」
《……はあ?あれ真崎がだしてたのか》
「そ、だから昼飯奢ってもらおうと思ったのにさー…居ねえし」
《あーじゃあ》
そこで伊神の声は途絶えた。
正確には伊神は喋ったままなんだろうけど、俺の手元の受信機が誰かに抜き取られていた。
驚いて気配がする後ろから、振り向いて身体を離すと視界には金髪。
「あ、ちづ〜?大丈夫、マッキーは任せてねえ、じゃ」
会計だ。昨日名前を覚えたがたしか蜂谷幸俊(はちやゆきとし)。
きょうは髪を結んでいないからピアスは見えなくて、変わりにごてごてした指輪や着崩した制服が目立っていた。
おれの携帯を軽くいじり、ぱたんと閉じるとこの人特有のへらりとした笑い方をしながら携帯を返してくる。
「ガッコで会うの初めてかもね」
「そ、ですね」
おれも同じようにとはいかないけど笑い返しながら、携帯を胸ポケットにしまう。
とりあえず今日の昼は俺と食べよっか。たぶんそう言われて言葉が飲み込めずピシリ固まるおれを余所に、すたこらさっさと食堂に入るから流れにそってついていく。断る暇さえ与えてはくれなかったけど、あれ、これは俺が誘われたってことで間違いないんだろうか。
「さっき聞いちゃったけどタクシー代マッキー持ちでしょ?」
「(マッキーは俺か…)はい」
「お昼俺が奢るよ、何が好き?」
「そんな、良いですよ先輩に奢ってもらうことじゃないですから」
キョトン、とおれを見たかと思いきや半券の自販機にお札を突っ込んで何かと何かを押した。
早くて見えなかったけど出てきた半券を確認すると、さあ引換口へと強引に手を引いてくる。え友人とすら手なんか繋ぎませんけど。凄く短い距離なのにそこがすごく気になった。
「おねえさーん、オムライスの方はケチャップ多目ねぇ」
どの生徒もおばちゃんと呼んでいる食堂の料理人さんを、会計…いや蜂谷先輩はおねえさんと呼ぶんだなあ。甘いしゃべり方が似合う顔造りだからか、あっちはあっちで照れたように親指を立てた。古いよおねえさん。
周りの生徒がちらほらと蜂谷先輩を見ては頬を染める。目を見開きはしたが、そういえば蜂谷先輩は男にでも好かれるんだったと妙に納得した。
「真崎はハンバーグ嫌いじゃないよね」
さっきまでマッキーだったのに今度は名字で呼ぶから、一瞬自分のことかわからず蜂谷先輩をみる。
薄く茶色にひかる瞳が真っ直ぐに向けられていて、でもどこか違和感があった。昨日は目が青かったからだろうか、カラコンくらい普通なんだろうけど初対面が青だと普通の色は見慣れないらしい。
「マッキー?」
「あ…ハンバーグ?大丈夫です」
「じゃあ適当に座ろう」
オムライスとハンバーグ、明らかに子供舌なものが乗る2つのトレーを楽々持ち歩きちかくのテーブルに置く。
向かい側の席をひいて、蜂谷先輩は「どーぞ」と自分も席についた。ハンバーグが置かれた前の席がおれの位置なんだろう。おずおずしているのも気持ち悪いし、気持ちを切り換えて蜂谷先輩の目の前に座った。
「はい いただきます」
「いただきます?良いんですか食べて」
綺麗に流れ落ちる金の横髪をみみにかけながら、蜂谷先輩はへにゃりと笑う。
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