無題(21/21)
「ぼくだってねー好きで弧夏君を無視してたんじゃないんだよ、さんざん富由君に痛い目みてるからだ」
「すみません…」
「いや弧夏君は謝らないでいいんだよ」
砂糖が山盛りなくらい甘やかす声音で、離れていた弧夏に笑いかける春。
弧夏はこまったように笑い返してうなづく。
「それもそうですよね」
でも富由の過ちはじぶんの過ちみたいに思えてならない。
「楢原さま」
長いまつげに縁取られたアーモンド形の眼が開かれる。
綺麗に揺れたミルクティー色の髪からは、甘い匂いがながれてくるようで看護婦は感嘆の溜め息をついた。
楢原紅織、生徒会長であり、この病院の息子だ。
「父は、もう話せるのかな?」
「ええ、ですが一人気になる患者様がいらっしゃるようで…院長はそちらの部屋にいらっしゃいます」
「気になる…ねえ。優しいあの人は誰でも気にしてるだろう」
呆れたように、でもたった一人にも気を抜かない父を敬うように紅織は笑う。
真っ直ぐで人のことになると自分をほっぽりだしてでも助ける。人のことを思いやれる父を紅織は尊敬していた。
また、そんな父に似た有栖に関心を持っていて、近頃は有栖のモテっぷりをみては納得している。
(彼は太陽だからー…)
色々考えを巡らせていると、ふとこちらに向かってくる足音に気づき視線をやる。
「父さん」
「紅織、今日はどうした」
「最近、帰りが遅いから…手伝えることがあるならと思って」
「はっはっは!良い子に育ったなあ紅織は」
「いや、良い子なんかじゃないよ」
「大丈夫だ。長く寝たままの子がいてね。もうすぐ眼が覚めそうなんだが、覚めたとき誰もいないと不安だろう?少しだけ、側にいたんだ」
父の言葉にやはりお人好しだと笑いを溢す。
でも、長いこと寝たままの患者が眼を覚ましそうだなんて父の腕の良さが垣間見れて嬉しい。
「父さん、その子に付いているくらいなら僕でも出来るから。父さんは仕事終わらせてきてよ」
「そうだな…仕事はほぼ終わってるが、少し確認してくるか」
「ああ、そのこ何号室?」
「517号室の宏江孤夏君だ」
ひろえ こなつ。
女か男かはみたらわかるだろう。
父を見送って、自分もその病室に足を進めた。
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