無題(14/21)
「愛ノ馬ー聞いたぜー」
「何を聞いたの」
「お前が双子で弧夏のほうだって」
それは本日学校に足を踏み入れて、数回目になる声かけだった。
あまり人と触れ合ってなかったぶん、初っぱな自分から語りを入れないものの、話しかけられればふにゃりと笑い嬉しさを顔で表現する弧夏はたちまち噂になったらしい。
「俺と仲良くしてくれんの?」
「うわー興味本意で声かけたけど、思った以上にフレンドリーだな。友達なりたいの?」
「なりたいな、ずっとクラスの奴等と喋りたかったんだ」
あまりの嬉しさからなのか、小バカにされたのも気にもせずへらへら、へら。
(あ なんか可愛いわ)
阿呆っぽさ全開な弧夏に、始めは興味本意や今までの嫌がらせや腹いせをと思ってたクラスメートの毒牙もぽろりぽろり落ちていくようで。
朝のHRが始まるまでに弧夏の席を中心とした渦ができていた。
噂とは恐ろしい勢いで広まるものだ。
(胃が痛かったのが嘘みたいだ…)
弧夏はピンクのカーディガンの上から胃を撫でるように触れる。
まるで妊娠を確認する妊婦のような仕種ではあるが、そんな仕種とも当分お別れのようだ。ふふふと緩む口元はクラスメートと話せた嬉しさからなのか始終止むことはなく。いい加減に授業妨害だととある男子にはホッペを叩かれたので、仕方無いだろ嬉しいんだからと素直に怒ったら抱き締められた。
まるで小動物のように扱われてる気もしないでもないが、やはり元の体の時だってハグはよくされた。だから嬉しくて自分からも抱き返し、ツッコミがくるまで大抵キリがない。
「いやもう、弧夏万歳だわ」
「え 何だよ啓太(けいた)恐い」
「だなあ、半年も気づかなかったなんて勿体ねえなあ」
「直ちゃんもかよ」
どうやらクラスメートは弧夏に大満足のようだ。
そして弧夏は逸速く友達ができたことを親衛隊に伝えたくて、放課後の集まりが楽しみー…では、あるのだが。
(英次は謹慎処分、だったな)
昨日も同じ部屋とはいえ共同スペースには顔を出さず、自分の寝室に籠りっぱなしだった英次。
彼も今の噂をきいたら自分とまた話してくれるだろうかと、弧夏は真剣に考えてみるがそう上手く事が運ぶことに期待はしていない。富由でないから分からないにしても、英次を裏切ったのは弧夏だ。その前に騙していたことも謝らなくてはいけない。
笑って、話せればいいけど。
癖であるような溢れ笑顔は、悲しくても怒っていても弧夏からでるのだ仕方無い。そう、仕方がないのだ。
「弧夏…!」
「おお有栖っ」
「ちょっと待てよ弧夏いつの間に友達を、え?昨日の今日でこいつらと仲良くなったの」
「へへ、良いだろお」
自慢気に笑う弧夏に、有栖は内心目眩を覚える。
自分だってきのう出会ったばかりの存在だ。
きっとこの先、クラスの違う有栖は、ただでさえ生徒会役員どもに追われがちだから共有の時間なんてほぼなくなる。それと比べどうだろう、弧夏の両脇を固めるクラスメートといったら。
「へえ転校生の雨宮だったか、も、学食かよ」
「ふーんああ一緒に食べる?」
あ、でもなんか良いやつそうだ。
「うわ凄え良い、2人以上で食べんのほんと久しぶり。早く行こうぜ今日ならデザートまで食べれそうだな俺。有栖のカーディガン汚したらごめんな!テンション上げすぎて溢すとか良くある」
「落ち着け、あと脱いで食え」
「わかった脱いで食う。そういや一緒で良いのか有栖、先約とか無い?つうかまず学食行くつもりだったのか、今、だったら嬉しんだけど…あ!そうだこっちの目付き悪いのが啓太で、子犬っぽいのが直ちゃん。えと、うわっ」
バチンと一発、有栖からデコピンをいただく弧夏。
それなりに痛さを滲ませたでこを前髪ごと押さえ、キョトンとする。
「ちゃんと弧夏の話聞きたいから、返事する暇くらいちょーだい」
有栖は言い聞かせるように弧夏を覗き込み、わかったかと腰に手を当てる。
啓太も直ちゃんもそんな有栖をみて「ああ天然タラシか」「ああただのイケメンか」など勝手な第一印象をじぶんの中にしまいこんだ。
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