無題(13/21)
「と、いうわけで弧夏君です」
親衛隊内部が揺れた気がする。
なぜか有栖も居るわけだが、一番驚きなのは隊長の冒頭のせりふに繋がる長々しい説明文。
省略すれば、愛ノ馬富由は宇宙に旅立ち中なのだがそれは学園側には言えなくて、代わりにそっくり双子な愛ノ馬弧夏を送りました。と。
有栖は察しが良いのか、へえと笑う。
親衛隊のみんなもざわついたものの疑いの欠片も見せず「ああだから愛ノ馬違ってたのか」と納得していった。そんなに違ってたのかとなぜかショックを受けるものの、宜しくしてくれるらしいので良しだ。
「隊長!それよりなんで転校生居るんすか」
「そーですよ敵ですよっ」
それよりなんだ。
俺的にこれは大変非日常なニュースだとおもうのだが、周りはそこまで深く考えてないらしい。
転校生こと有栖は指差されてコラと怒り、形の良い唇を尖らせて「指をさすんじゃない!いいな」と随分上から目線だ。それなのに小言を吐いてた親衛隊はぴたりと静まり、あ はい。みたいな。怖いからとかじゃなくて、まるで柊先輩を前にしたように頬を赤らめる者までいるから少し笑えた。
「強いね彼は…」
隊長がみんなをみて困った顔で笑った。
その隣で副隊長がふんと鼻をならしてパイプ椅子に腰を落とすと、足を組んで本を読み出す。こちらもこちらで、俺に興味はないらしく重大発表も土壇場できいたわりにはなにも言ってこない。
まあ…宇宙人に拐われた過去を持つ富由だしなあ。
「こ、な、つ」
ばさり、何かを羽織らせてきたのは有栖で、やけにデカイから不思議に思ってみればカーディガンだった。
俺が貸したのはベージュのカーディガンだけどこれはピンク。しかもきっちり身体に合ってたのにこれはぶかぶかで後ろもお尻が隠れる。
「有栖これだれのだよ…」
「俺の。だってあれクリーニングに出したし、代わりと思って持ってきた」
ピンク…。
男としてちょっといただけない色だし、袖を通せば指先が出るか出ないか危ういところだ。
「いやいい。もうすぐ夏だし俺シャツで過ごす」
「ええええ、良いじゃん着てよ着てほしいだってすげえ似合う」
「ほんとかあでも俺、袖を引っ張る癖あるし」
ああだからあれ袖丈伸びてたんだ、と少し小さかったカーディガンを思い出し有栖は笑う。
「いいよ別に、なんならやるし」
あまりの気前の良さに少し驚きながらも、そこまで言ってくれる好意を跳ね返すのもどうかと思った弧夏は八の字にまゆを下げながらへたりと笑う。
「ありがと」
おおおぉぉ!どこからか歓声があがったのを横目に、隊長は穏和笑顔という仮面の下でガッツポーズをした。
この作戦では弧夏という存在が気に入られる必要があったからだ。
「まあ、集まってもらったのはこれだけのことだったんだけど、生徒は良いとして呉々も教員にバレないようにお願いね。万が一バレたら
――…弧夏君はすぐに富由君とチェンジだろう」
周りがシンとし、ざっと一斉に弧夏をみる。
その光景に笑ったままの顔を向けた弧夏は、袖を握りながら頭を下げた。
「いつまでか分かんねえけど…宜しくしてください」
ああなんか、なあ。おう。
親衛隊のあちこちで肯定の返事が飛び交う。
朗らかな空気になった室内で、場違いなほど嬉しそうに笑っている弧夏はそれはそれは異様で。それはそれは可愛かったそうだ。
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