無題(10/21)
「あ…神崎せんぱ、白菊、先輩……」
真っ青な彼らが向ける視線の先はすべて同じで、俺の後ろ。
俺も痛い胃を押さえながら振り向けば、隊長と副隊長が禍々しいオーラを溢れさせながら立っていた。
こわ、い。
「てめーら、着いてこい話聞かせてもらおうか」
「は、はい」
「いや愛ノ馬君じゃないよ、見てたから今」
「あ、はい」
副隊長にびびり、隊長に少し安堵したがどこか納得いかない気持ちだ。
すでに歩きだした副隊長に着いていく英次達の背を隊長の横でみて、俺も行かなくちゃいけないんじゃないかと罪悪感にかられた、のだが。
「…くしゅ」「あ」
転校生がくしゃみをしたので存在に気がついた。
「ごめん大丈夫か?」
「……ん」
じぶんが着ていたカーディガンを脱ぎながら近寄れば、不思議そうに見られる。
「シャツ濡れてるから、これ着ろよ」
転校生の肩のゴミを払い、カーディガンを被せると今度は怪訝そうにされた。
わかってる、愛ノ馬富由という悪名高いやつのカーディガンなんて着れたもんじゃないんだろう。でも濡れたシャツは目立ちすぎるし風邪もひく。
「嫌そうにすんなよ…お前が着替えるまででも、着といたほうがー…」
「ごめん」
その一言が始めよくわからなくて、キョトンとしたが謝られてるとわかれば今度は疑問しかうかばない。
転校生の薄茶けた髪から滴る滴をじぶんのシャツの袖で拭う。
「べつに、今現在の俺のカーディガンを嫌がるのは普通だ仕方がないことだから」
さらに目を見開いた転校生は俺のてを勢いよく掴み、キッとにらんだ。
顔が整って綺麗なだけあって少しビクつく。誰だよそこそこに綺麗って言った奴、恐ろしく綺麗だろ。
「違ぇよ!おまえ疑ってごめんって謝ってんだ」
「あ、あああ…前科持ちで仕方無いんだけどそっか。ありがと」
ふにゃりと崩して眉を八の字で笑うと、焦りをふくんだ瞳で見返される。
黙って携帯を構っていた隊長は、横でくすりと笑った。
「なんでお礼言うんだよ〜…しかも、なんか、笑うし」
「え、信じてくれたんだろ?嬉しくて、なんか、笑った」
止まらないふにゃふにゃな笑いを見てか、困ったように転校生も笑う。
前髪が水で張り付いて邪魔そうなので、また前髪をシャツで拭ってやろうとしたら止められる。
「俺今ゴミ水浴びたの、だからやめて」
「知ってるって。カーディガン着ただろ、前髪拭くのの何が悪い」
「お前のイメージが180度変わる」
ええ、と声をあげればくっきり二重の目を細めて赤い唇からニッと白い歯をみせ苦笑する。
「俺、親衛隊のちょっかいは結構受けて…まあその度に謝らせたけど、周りに心配ばっかかけてたんだよな。んで、特にお前には注意しろって過去の悪行や日頃の醜態を散々聞かされてたんだ」
「……お、おぉお」
「生徒会のやつらだけじゃなく、普通の生徒も言ってるくらいだぜ?そーとーじゃん。とか、思ってたのに」
「あーあーうーん」
「ふっ。違うよな、まじ別人みたいだ。
だからゴミ水浴びた髪を着てるシャツの袖で拭われちゃ、例えフリでも本気で信じちゃうよ」
「拭いてやろうか」
「信じるぞ」
「信じて、くれんの」
さっきからひたすら続いていた胃の痛みは少しづつ和らいでいて、胃を押さえていた手は力が抜けていた。
凄いな、わかるよ、みんながお前に惹かれる理由。意図も容易く俺の胃の痛み溶かしてくれんだもん。綺麗な心に影響されたのだろう顔の造りは、いたずらっぽく笑い。意志の強い瞳は細められる。
「富由の、友達になってやってな」
ふわりと髪を撫でる。
もう拭くというより撫でるになってしまったけど、満足したように転校生は頷いた。
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