無題(9/21)
「どーしよ、あああごめんな富由」
きっと俺が似てなくても富由の真似をしていれば、制裁をしていれば、少なくとも英次にだけは見放されずに済んだはずなんだ。
キリキリして変な汗を止めどなく流させる胃を押さえ、呟く。
真似はできないけど、しないけどな。
正直、後悔はしてる。
でも反省はしていない。富由には清く正しく生きてもらいたいと思うのはただのエゴではなく、教えてやらなくてはと思ったのだ。ちゃんとした愛情表現や、周りへの目の向け方を変えてほしくて俺がそれをしてしまった。
結果は失敗だったけれど。
「痛い痛いうう胃腸薬〜」
虚しく大気に溶かされた言葉をさっきから何度言っただろうか。
だれかと居たい甘えたい伝えたい笑いたい遊びたいなあべつに俺は甘ったれじゃないよな。
富由が強かっただけで。
どうしてたのか知らないけど今の俺みたいに独り言いって人目につかないところで踞っていたりしたのかなあ…。
「――…〜ろ!!」
「―…から!」
喧嘩のような声が聞こえる。
喧嘩なのかもしれない。
きり、お腹がまた痛むのを感じて俯いた。
今ここで喧嘩両成敗だとかしゃしゃりでれば、厄介なことに巻き込まれるのは富由だ。
いや待てよ?
“あいついよいよ独りか”
罵詈雑言のなかからそんなのを聞いた気がする。
確かに、独りか。ならば別に喧嘩を止めて厄介ごとをもらっても今更というやつだろう。未だに聞こえる声からして、タイマンはってるわけじゃなく数人対一人といった感じだし。確認のために草の茂みから顔を覗かせて、これまた驚いてしまった。
「英次!!」
「―っ!」
思わず茂みから飛び出すと、英次の周りの同じ親衛隊仲間が訝しげにおれをみて眉をひそめる。
標的にされていたのは転校生だろう、たしか、こんな顔だ。びしょ濡れでしかもゴミが混じりいかにも汚いというべき姿なのに、綺麗な顔は強い意志をもったまま汚れない。ああ知ってる友達にもこんなやついた。
「―…あんたも、混ざるわけ愛ノ馬富由」
転校生にまでやはり噂は届いていたらしく、嫌味たらしく笑われカチンときたが。
前科持ちだ仕方がない。無視。
「…英次、これが制裁なのか」
「……ああ、知ってるだろ何を今更」
「今更いいこちゃんぶんなよ!やって来たことは変わんねえだろ!!」
「愛ノ馬はなに、柊様に興醒めしたら俺等の敵に回るわけ?」
「そうだよ悪いか。生憎だけど俺は更正する。だから、だから英次達も…」
「ふざけるなよ!!」
「っ、」
「俺はお前なら柊様と居ても良いと思った!柊様に一途で仕方無いお前だから自分の憧れ押し潰して手助けをするつもりだった!!それを、お前が裏切んのかよ……っ」
ぎりりと奥歯を噛み締める音がした。
俺の胃がきりりと引き締まる音もした。
また呼吸が浅くなりだす。英次達の目なんてまともに見れなくて、恐くて、恐くて――にこりと笑顔に逃げた。
目を見開いた英次達に、口を開く。
「ありがとう、少しでも、富由を大切にしてくれてて」
自分で自分の名前を言うなんて、とだれかは思っただろう。
どうしてこのタイミングで、とだれかは苛立っただろう。でもこれが精一杯なんだから仕方無いよ、これ以外になにか求められたら胃が破裂してしまう。
チッと、誰かの舌打ちが響くと空気が凍った。
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