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 無題(8/21)



あれから英次は見つからなくて教室にも寮にも戻っては来なかった。
しぶしぶとカレンダーの日にちが替わったことを確かめ、寮から学園の教室へ足を進めているとざわざわ騒がしい。俺を見ると生徒は道を空けるように俺から離れるから何事かとカーディガンの袖を握り締めながら顔をあげて周りを確認して後悔する。


“…愛ノ馬、須和にも見放されたらしいぜ”


ざわめきで唯一聞き取れた言葉はそれで、思わず足が止まる。


“だよなあ、須和達だってどーせ無理矢理させられてたんだろ”

“愛ノ馬ってワガママそうだしな”

“じゃあこれからは、独りか”

“良いじゃんバチだよ”


胃が、酷くきりきりする。

握り締めてる袖はいままでのも合わせて随分伸びてしまい、これ以上伸びないというのにそれでも掴んでないと崩れそうで恐かった。足が固まったまま動かない。尋常じゃない汗が浮き出てきて呼吸もだんだん浅くなってきたから肩が上下に揺れだす。やばい、やばい、やばい。痛みが増すばかりの胃は虫に食べられてるんじゃないかと錯覚すら起こさせる。


「――…愛ノ馬君」


ばちぃ!乾いた音が廊下に響くと一気にその場から音がなくなる。
俺が肩に置かれただれかの手を振り払うように叩いたのだ。朦朧として恐怖しかない頭もそれだけは理解したらしく、自分でも驚くほど背筋が冷えた。


「あ……っ、っ」

「愛ノ馬君!?」


逃げたかった。とにかく逃げなくちゃいけないんだと誰も言ってないのに俺が勝手にそう思った。
動かなかった足は縺れそうになったけど、なんとか立て直して教室でもどこでもない。

とにかく誰もいない場所を目指して走るしかなかった。














「……痛い」


騒ぎが再び始まった廊下で、白菊春は侑都へと訴えかける。

面倒くさそうに春を一見した。


「大丈夫ですか、白菊様」

「やっぱり酷い奴です愛ノ馬ってやつは!」


野次馬のなかから可愛らしい2人が心配そうに春のまえにでる。
春の親衛隊の子達だ。

じぶん以上にぷんすか怒ってくれる姿に苦笑し、大丈夫だとお礼を言う。


「ところで愛ノ馬君が須和君に見放された、とか…きいたけど」

「はい!昨日聞いた子達がいて」

「須和たちは愛ノ馬にもう付いていけないって話してたらしいです!だから、昨日も今日も愛ノ馬はひとりでー……って白菊様?」

「ありがとう僕行かなくちゃ」


ひらり手を振った春に、侑都も鞄を背負い直して付いていく。

キョトンとするのは白菊親衛隊のふたりのみだった。


「し、白菊様怒ってた…?」

「やっぱりいくら嫌いな奴でも、お慈悲くださるんだよ白菊様は」

「さすが白菊様っ!」



何か違うのはこのさい気にはしない。
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