無題(7/21)
誰かなんてすぐ分かってしまった。
「柊さ、ま……?」
間近でみるのは初めてで、特徴的な目尻のほくろは中性的なその顔によく合っていた。
綺麗な人、だとは思うけど歓迎されてない視線と口調にまた胃が疼きだす。自分より背が高くがたいの良い人間に敵意をむけられ、平然としてられるほどの免疫は自分にないとハッキリわかる。
「最近部屋来ないじゃん、愛ノ馬ちゃん」
「ああえとすみません」
「謝ることじゃないよ、俺嬉しいし」
嘘だろこんな悪態つかれて。
富由は打たれ強い人だったのかと再確認した。ひしひしと思ってはいたんだ、周りの冷たい態度や晒し者のようなこの身体。どうしてこんな状況で居れたのか、きっと柊様という存在が糧となり支えていたのだろうと考えていたのだが。
(嫌われてんじゃん……)
まるで自分のことのように傷付く。
「で、なに、押して駄目なら引いてみろ作戦でもしてんの?」
まるで馬鹿にしたような口調で制服についた木屑を払う柊は「なら無理だよ」と嘲笑う。
そんな姿にさえ富由はトキめいたのだろうか。あんなに周りが認めるほどに柊様が大好きな富由は、今だけじゃないだろうこんな邪険にされても柊様が好きだと言い続けていたのだろうか。この人に近寄る人を沢山制裁していて健気とは言えない気持ちだけど、きっと本当に好きだったんだなと思う。でなくてはすっかり心は折れてるだろう。
…――だって今現在、俺の心が折れたから。
「……すみません」
「は」
「俺は、じゃなかった、あ、いや」
「なに急に」
「愛ノ馬富由は、凄く柊様が好きでした。盲目になりすぎて、周りが見えてなくて、きっと突っ走りすぎたけど」
結果的に、嫌われてるけど。
「愛ノ馬富由の気持ちが本当だったことだけは、わかってください。これからは迷惑かけるつもりもないし、近付くつもりもない」
少なくとも、俺である限り。
「とりあえず訳あって親衛隊は抜けないっすけど、あんたのことは好きじゃないから」
「……」
「隊長に同意して、あんたの恋を見守ります」
「……おまえ誰?」
びくりと肩が揺れたけど、相手には気づかれない程度だっただろう。
驚いた。もしかしたら富由じゃないのが分かったかとも考えたが、きっと柊幸明が言いたいのは『お前キャラぜんぜん違うじゃん』程度のことだろう。
真顔でそんなこと言う先輩が可笑しくて、やわやわと眉を八の字にして笑った。
「先輩、分かってるじゃないすか」
そうだよ、俺がなんと抗議しようと愛ノ馬富由でしかないのだから。
「……なーあに、今の変わり様」
富由が去った後で立ち尽くす幸明は、頭上でクスリと声を溢した人物を見上げた。
楢原紅織(ならはまくおり)。
我らが生徒会長様だ。
だけど幸明にとっては普通の男でしかなく、妖艶だと囁かれていても自分の方がと対抗心を燃やす仲で、あまり宜しくない。
「変わったってゆうか」
変わりすぎだろ。
あれだけまとわり付いていたのに近付くつもりは無いと言われた。散々柊様と敬っていたのに、あんたと呼ばれた。あれだけ前面的に突き付けていた好意を、一気に好きじゃないと言い切った。明らかに可笑しい。
携帯を取り出した幸明は、今あったことを親衛隊隊長の白菊に問い詰めようと携帯を取り出した。
「そういえばさー、有栖に手をだすかなって先に探り入れといたんだけどね愛ノ馬に」
「はあ?相当気に入ってんな、転校生」
「うん、気に入ってる。君もでしょ。だから愛ノ馬に探りを入れてもらったんだけど……どうやら彼は宇宙人に拐われてああなったらしいよ」
「ぶふっ!!」
噴き出してしまった。
まじか。うんまじまじ。本当にか。本当だからああなってるんじゃないのかな。…そうだなあ。
送信し終えた携帯を見ながら頷いた幸明がそんな話を信じたかどうかは、定かではないけど。
しおり