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 無題(6/21)



ガタン。

また音をたてたのは英次で、椅子を倒し食べ掛けの焼き魚などをそのままに走って行ってしまう。
ギョッとしたのは紛れもなく富由だけで、春と侑都はそれどころじゃないようだった。

――いまの愛ノ馬富由はちがう。

まあ宇宙人に拐われたから仕方がないとも思えるのだが、態度が、仕草が、それはもう色々と。


「え、どうすんだよ。あ、隊長…でも副隊長でも、あの食べ掛けの焼き魚とオムハヤシ要りません?なんかほとんど食べてないのに、食器返せなくてえーとああ食べ掛けなんてやっぱり嫌っすよねえ、どうしたら…」


立ち上がったは良いが食べ掛けのごはんたちを放置して英次を追うのは気が引けるらしく、饒舌さを増しながら不安げに睫毛を揺らす。

(あ、かわいい)

そう思ったのはどちらなのか、
とにかく毒っ気の欠片も見せない富由の焦り姿に二人とも鋭い目付きを止めた。春がささっと富由の猫背がちな背中を軽く押し進める。


「あとは僕らで食器片すよ、いってらっしゃい愛ノ馬君」


予想より遥かに優しい声音をかけられたことが富由の目を丸くさせるけど、今はすごく有り難かった。
顔を目一杯使って笑う富由は、誰の目から見ても別人だっただろう。


「ああなんか僕きゅんとした」

「おまえは変わり身早えよ」

「違うよ侑都」



彼はまったくの別人なんだから。













「英次ー!」


まるで猫でも探すように名前を呼びながら周りを見回すが、らしき人物は見当たらない。
どころか俺をあまりよく思ってない生徒が俺をコソッと笑う。気分が良くない。こわい。いつも独りで教室以外に出ることはなかった。少なくとも英次は“変わってしまった俺”と判りながら一緒にいてくれて、他の人とは違ったから。


“なんで制裁しないの”

“お前変わったね、毒牙抜かれた感じ”

“柊様に興醒めでもしたの?”

“有り得ない”


ひとつ言わせてもらえば
男を祭り上げてた現実が俺には有り得なかった。だけど富由は本当に柊様という存在が好きだってことは、何となく皆から伝わって、申し訳なくなった。

だって俺は好きじゃないから。

好きだってふりも、富由の真似も、きっと聞いたって出来ない自信があった。
だからせめて俺にできることは全てやってるつもり。書記の仕事もノートもテストも富由が落ちぶれないように頑張ったし、寮にある富由の部屋だってソファーとタンスくらいしか構っていない。

正直、どうだって良いのかもしれない。

富由らしく振る舞えない俺の押し付けがましい善意なだけだけど、頑張ってるなと自画自賛するのに。


(報われないな)


ツキリと胃が痛むのを感じた。


「…英次ーでてきてー」


胃の辺りを押さえだしたのは、人けが全く無い木ばかり覆い繁る場所だったから力が抜けたんだろう。
本当に猫を探すように、虚無な空間へ英次の名前を呼ぶ。


もちろん返事はない。



「なんですかニャー」



無い、はずなんだが。

明らかに英次の声じゃない落ち着きのある、掠れ気味な声。
きょろきょろ見回すけどやっぱり人影は見当たらなくて、宇宙からの電波かなと相当噂に影響された考えを繰り広げる。


「ははっ、木の上、上みて」

「上え?」


重なりあった葉っぱが風に揺れて、ところどころから陽を差し込むから眩しくて右手をかざしながら上を見た。
あ、猫発見。なんて、人ではあるけど。


「猫探しー手伝おうかー」


顔がよく見えないその人は、なにか勘違いしてるようだ。


「猫じゃないです。人間で俺の、俺のー…」


何なんだ?


「制裁仲間?」


え、と呟くのと同時にとさり、地面に着地する音が響く。
木の上から飛び降りてきたその人は隊長のように綺麗な漆黒の髪をなびかせ、長い足を伸ばすと俺より頭一個分高い
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