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 無題(4/21)



ああ、と首を縦に振る春。


「彼は親衛隊の集まりにくればいつも柊様のことを語っていたのに、今じゃすっかり大人しい」

「柊様に飽きたんじゃねえの?」

「かもしれない。でも、僕はそれより目が違うと思うんだ」


はあ、目が?

呆れたように侑都が組んでいた足をとくと、春は携帯を開け閉めして遊びながら薄く笑った。


「初めて僕らをみるようだった」


本来ならなんだそりゃ、と一蹴する侑都だが、それは確かに言えた。
いつからだっただろう。常日頃、英次とうるさく歩いていた富由が自分等の後ろを静かに歩くようになったのは。

いつからだっただろう。

彼が彼でなくなった日は。


「まあ、だいたいの理由の目処はたってるんだけどね」

「まじかよ」

「うん彼、愛ノ馬君、過去に宇宙人に拐われたのが原因じゃないかって」

「……まじかよ」



人間大概あほうだった。













「お腹空いた…」


隣は空席、前は静か。

富由の一言は古典を受け持つ先生の声にかき消された。
そんな些細なことだけど富由は悲しくなり、教科書を開いたまま机に突っ伏せる。なにぶん、今の富由はお喋りが好きだ。前の身体のときから仲良い友達、いやその他ともすぐつらつら喋っては授業中だと怒られていた。

だけど今は英次しか話す人はいない。

話しかけると、みんなが戸惑うか、嫌そうに顔を歪めるか。
そんな拒絶反応は今の富由には初めての経験で、それなりに効いている。だれかに話しかけるのが怖くなりつつある。これで対人恐怖症にでもなったらどうしてくれようか。なんて冗談言ってられる今のうちはまだ幸せだろう。

(あ、今お腹なった)

空気の潰れるようなお腹を押さえ、まだ新学期中頃のぽかぽか暖かい陽気に当てられると意識がふわりと軽くなる。あ、やばい、また寝るかも。
せめて戻ったときに富由が困らないよう、ノートくらいは書き写そうとしていたがさすがに睡魔に襲われながらじゃ無理だ。

(おやすみなさーい…)

あとで英次にノートを写させて貰う予定をたてた富由は、それを最後に寝息をたてた。
それは前の富由にしては異例で、まわりの生徒は少なからず違和感を感じていたのだが。すやすやと大人しく寝息をたてる富由はどこか仕方無いと言いたくなる無防備さ。


かわいい……。


いったいこの教室で何人が思ったのだろうか。














「富由、ふーゆってばー」


須和英次は現在いろいろと困っていた。
ひとつはお腹が空いたこと。
ふたつめは一緒にお昼を共にする富由が起きないこと。
みっつめは、富由が別人になってしまったことだ。

すべて違う。何もかもが違う。
いまだって富由は予想以上に深い眠りについていて起きる様子は皆無。前ならこんなことは無かったと言い切れる。
背筋をぴんと伸ばし、少し強気でしっかりしていて、俺らの意思を汲み取り自分を犠牲にしてでも柊様に近づく輩に制裁してくれていた。そう、本当に富由は柊様を大好きだった。だから罪悪感に負けることなく一緒になって制裁をしていたんだけど、富由が先陣切らずだと何もできない。

(甘えてたんだ俺は)

だから急に富由の態度が変わり、一瞬見放されたのかとも思ったがそれとこれとは話が別みたいだ。

富由は富由じゃない、別人。

肩をそっと揺らすと震えた睫毛がだんだん持ち上がり、俺の知らない、富由の目をする。


「おはよ富由」

「あ…寝てた、な。ごめん後で」

「ノートな、見せる見せる。だから早く学食行こうぜ〜」

「うん」


ふわりと風が抜けるように笑う。

そんな富由にまた、英次は目を細めたがそんなこと本人しか知らない。




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