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 無題(10/13)






その日から天使もとい中野が毎日一度、遊びに来るようになった。


そのたびに屍のようにびくともしなかった、向かい側の牢屋の人が起き上がってずっと見てくるのが本当に怖い。やばいと思う、色々。

中野が思ったより鈍感で、最近にいたってはたまに「あんたもそう思うよな、なー」とか能天気にあいつに同意を求めてみたり話しかけるから、気が気じゃない。


「中野!知らない人にやたらめったら話しかけるんじゃないって言ってるだろ」

「うるさいなオカン」

「おかん!?」

「田中は俺の癒しなんだよ。否定しない、俺のすべてを頷くことで肯定してくれる」

「いやいや田中なの!その人!?とゆかそいつの頷きはほぼ感情のこもらない首の上下運動だから、つうかお前なんでそんなに優しさに飢えてますみたいなこと言ってんだよ!飢えてんのは今日のごはんお豆腐みたいな固形物だった俺だよ!!」


ぜえ、はあ…

話していると思うことがある。
こいつ絶対俺にツッコミいれさせたくてわざとボケてる。

ほら、心底楽しいというように口端を上げて笑う顔


「夏目はいいねえ、癒される」

「やめて田中と同じ部類に入れないでまじで」


あんな変態と一緒だなんて、うっ…今日初めて早く牢屋から出たいと思った。







「あの天使は誰なんだ」


え?だれの声。

わらを一本も残さず三つ編みにして、もはや三つ編みをみつあみしていたら話しかけられた。
たぶん向かいの檻にぺったりと引っ付いてこちらを見ている、あの田中なんだと思うけど、想像より低く渋い声にびっくりする。

ぽかーん。口をあけていたらおい、と急かすように咎められた。


「あ、あいつは…うーん、勇者?」

「……ゆうしゃか、なるほど」


あ、こいつ勇者分かってねえな。

もっさりした汚いうえに量の多い髪の毛で、目元がかくれているから分かるはずないのだが。明らかにきょどっているのがわかる。


「なに、恋しちゃったの」


中学生の恋バナのノリで意地悪くきいてやると
「違ぇに決まってんだろばかやろうこのやろう地獄におちろ」と尋常じゃないくらい罵られた。
いまどき中学生でもそこまで悪態つかないぞ、いくら図星だからってもう少し言い方というものがあるだろう。ばかやろうこのやろうって、古いし。

悪態をつかれるのはあまり好きではないので「ああそう」そう言って、そっぽを向く。


無言。


しばらく、向こうからの視線を感じてはいたが、それも放っておいたら興味がなくなったかのように外れた。
今日はもう天使もきて帰ったあとだし、向かいの牢屋のやつは寝るんだろう。


「なあ、あんたはこっから出る方法知ってるか」


出る、とか帰る。

そんな単語をここ最近よく耳にする。


「知らない」


ここは警備が薄いんだと思う。
俺がここに連れてこられたとき、もう一つ隣にもっと禍々しい厳重な扉があった。
きっとあっちのほうが本来の牢屋なんだと思う。しかもここは気軽に天使が出入りしているし、第一監視人がいない。

きっと出ようと思えばでれる、普通の人間でなければ


「俺の、このワンドを外せ。そしたらお前も出してやる」

「……は」


ワンドってなに。

そう言えば、自分の腕についている太い金属アクセサリーを指差した。
そんなの、指一本も触れられないこの距離でどうやって取るんだよ。というか、自分で外せよ。

色々言いたいことはあったが、よく考えればここから勝手に出る。いこーる脱獄だ。


「脱獄なんて…成功するわけない」

「俺の魔力をなめるな、魔王様直伝なんだよ」

「へええ」

「おいっ、その興味なさそうな態度やめろ!」

「天使に見惚れて口開けてる奴にそんな大そうな魔力あるとは思えないけど」

「るせぇ!!逃げてぇのか逃げたくないのかさっさとしろ」


ちょ、声大きいって絶対脱獄するのばれるって。

焦って人差し指を口のまえでたてて、静かにのポーズをすると。そいつもハッとしたように周りを見回す。
斜め向かいの牢屋の人たちも興味津々に、こちらを見てることに気づき、俺は溜息をこぼした。


「べつに、出なくていいよ」

「……おい、はったりとかじゃねえんだぞ」

「信じてないわけじゃない。出れるんだな、信じる。でも俺はしたいこともない、生きるすべもない」


もともと住んでいた場所に帰れば、きっとまた捕まる。

そしたら今度は脱獄したてことで、もっと厳重な隣の牢に入れられるだろう。

他に住む場所もない。ホームレスなんてしてたらモンスターに恐れて、安心して寝れないし、食べ物の保証もない。

まだ何の実が食べれて、なにが食べれないかも知らない。

なにがお金になって、なにが高価で、どこの森までなら入って大丈夫とか。はやく学んどくべきだった。この国の文字は読めない。言葉は何故か通じるのになぜ表記が違うんだとか、一度文句をたれたらロビンが不思議そうな顔をしていた。説明がめんどうで、なんでもないと誤魔化したっけ。

とにかく、ひとりでは生きていけない


「俺はここに残るよ」


でも、出たいなら出れば。

協力するよ、そういえば向かい側のそいつは考えるようにワンドのついた手で、自分の顎をさする。


「そうだな」

「協力するって言っても、まずそのワンドの外し方教えろよ」

「ああこれか、これは俺の腕を切断すればとれる」

「はぁああああ?」


なにあっさり痛いこと言ってんだこいつ。


「問題はその後だ、さすがに俺も痛いからな。天使との話を聞いて知ったが、お前治癒能力があるんだってな」

「はあ」

「俺の腕を治せ」

「む、りだと…。俺はそんな大きな怪我治したことない」

「やってみねえと分かんねえだろ」

「それはやってみることじゃないだろ!もし、それで」


おまえが治らなかったらどうする。

手がない生活なんて考えたことがない。
今までできていた、なんでもない一挙一動が出来なくなるんだぞ。そんなの、俺が保証できるわけがない。


「おい、さっき協力するっつったよな」

「うっ…それは内容が内容で」


そんな血を見るような作戦なら、協力するなんて言わねえよ。

だいたいワンド外すのなんてブレスレット外すようなもんだと思うじゃん。

そうこう話しているのを周りの牢屋の奴らも聞いていて、だんだんとヤジが飛んでくる。「やれよ」「俺もだしてくれ」「神様ぁ」「プレリュ」待て最後のやつ俺と好きなもの一緒だけど、今それ言うか。


「ほらよ、お前が俺に加担するだけで、こんなに大勢が助かるんだぜ」


助かる?

ここに入れられてるのは悪人ではないのか。
いや待てよ、よく考えれば俺もたいして悪いことした訳では無い。

王子のどうでもいい一言によってここに入ったようなものだとすれば、ここに居る奴らはみんなそんな理不尽にここに閉じ込められてるわけで…

でも、それなら直談判して出してもらう方が安全に解決できるだろ。


「言っとくけど、数年間ここにいる奴もいる」

「え」

「王子にとっちゃ、ここに居れた奴の存在はもう無い。忘れてんだよ」


頼み込んでだしてもらおうと思うな、もう自分ででるしかない。

そんなばかな、と言いたいが周りからの鬱陶しいほどのヤジは静まり返っていた。
本当に?と口に出して痛くなるようなこの空間が、痛い。じぶんに決断を任されているようなこの空間が、嫌い。おれは何もしたくない、なにもなく、可もなく不可もなく、居ても居なくても良いような存在のままで、誰にも危害を加えずに、加えられずに

そこまで考えて、首を振る。

冷たい牢屋の床に、手のひらをついて、深呼吸する。


「なあ、加担してくれるよな」


あいかわらず低いあいつの声が、後押しする。


返事なんて口からでてこなくて、ただ床を見ていた視線をあげた。

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