無題(9/13)
「うーん、まさか本当に牢屋暮らしがはじまるなんて」
ワラでみつあみしながら悩む。
四畳半ほどの格子の中に、まな板のようなベッドとお慈悲程度のワラ。
どうしてワラなの、お布団は?贅沢言わないで言えば布っぽいものがほしい。
ワラで寝れる気もせずに、もうひたすら三つ編みすることまる一日
さすがに眠たくなってきて、というか本当に飽きて。
ごろり、まな板に寝ころぶ。ああ、今から三枚おろしにされるんですって言ってもあながち信じられるような状況かもしれない。
「何が悪かったんだろう」
血をみた瞬間におろろろ、としてしまった王子。
どうみても血が苦手なんだろう。
そうだな、自ら地雷を踏みに行くなんてついてなかった。俺のせいか。
いや待てよ俺のせいかじゃねーよ、その前に俺に怪我しろって言ったのが可笑しい。
その前に勇者じゃないってもうわかってるのに城に呼んだことが、いやもう
この世界に、俺がいること自体――――……
「なにしてんの」
聞き覚えのある声に、頭だけ動かしてそちらをみる。
「うっわ、なにその大量の三つ編みの山…」
「なんだ天使か」
「天使ってお前、おれは中野ユイだって…いやもうなんか慣れたわ」
出会った人みんな天使って呼ぶんだよな。
なんてどんな自慢だよ、と思いもしたが中野は本当に天使だと言い切れる。
この冷たい風が吹く、汚い壁で覆われた地下牢にいることが似合わなさ過ぎて3DCGみたいだ。
映像が飛び出す映画。おれは結局元の世界で、まだ一度も観たことなかったな。
「それで、なんでお前ここに?」
「うーん、王子様怒らせたみたい」
「ははっ!やっぱ面白いな、どうやって怒らせるんだよあんなイイ奴を」
イイ奴って基準はひとそれぞれ
しかも中野に限っては、随分と優遇されてそうだから怒られることはないだろう。くっそ、俺もそんなパーフェクトフェイスに生まれたかったぜ。
「天使はここでなにしてんの」
よいしょと髪にたくさんワラを付けながら上半身を起こし、軽く肩に付いたくずを払う。
向かいの牢屋に入ってる人が中野をみながら口を開けているのが視界に入り、こんなところに居たら危ないだろうと何故か言いたくなった。
まあ檻があるからそう簡単には出れないだろうけど、なんかこう心配になってしまう。
やっぱり天使はみんなの天使だから…うん。
「あー…なんだろ、散歩?かな」
「もっと日向の晴れた草原を歩けよ」
四季折々の花々を積んでろよ
なにが楽しくてこんな気味悪い暗くなりそうな道を選んじゃったの、まず室内で散歩って。さすがお城だなやっぱり敷地内からでなくても「疲れた今日はよく眠れそうだスヤァ」ってなるのかな。
ロビンの家は狭すぎて倒立前転したらまちがって壁に穴あいたけど。
思い出したらロビンになにも言わずに出たことを思い出した。あっ…いやまあ、大丈夫、かな?でもロビン寂しがり屋さんだから今頃、ご飯がのどを通ってないかも。帰ったら一緒にプレリュ食べてあげなきゃな、うん。
「あの、さ…お前、帰り方とか知らない?よな」
帰り方?来た道を戻ればいいんじゃない。
とか、たぶん散歩の帰り道のことを問われたのではないんだと、察した。
「知らない。帰りたいの?」
「いや……帰ったところで俺は死んでる、と思う。でも、もしかしたらって、」
「そっか、ごめん力になれそうにないけど」
きっとほんの少しでも、同じ境遇の俺がなにが知っていることを期待してたんだろう。
一瞬にして陰った瞳は、俺ではなく地下牢のひびわれた地面をみる。
もしかしたら、散歩とか言ってここに俺がいることを知っていたのかもしれない。もしかしたら、中野はずっと帰り方を探していたのかもしれない。
待てよ?
「あ、なんか、ひとつだけ帰れそうな心当たりが」
「え!なになにっ」
「恋バナに食いつく女子並みに切り替え早ぇな。
いやまあいいか、つい最近さ、変な男の子に会って。そいつ、何でも叶えてくれるって言ってた」
「はあ?男の子が…」
「自分にできないことは何もないだったか、俺を勇者にもできるし魔法が使えるようにもできるって」
でも、じっくりみたはずの横顔すら目に膜が張ったように滲んで、思い出せない。
あの男の子の顔を、思い出すことができない。
「へえ……お前はなにか叶えてもらったのか?」
「ああ」
「にしては今現在酷い有様だけど、牢屋でワラ編んでるって」
「ちょっとけなしてる?ねえ天使今鼻で笑ったよな、三つ編みで鞭打ちするぞ」
いやごめんごめんつい本音が。
まったくもって謝る姿勢が感じられないので、とりあえず相手にする気が失せた。
丸一日寝ていない俺には、今の会話でけっこうなエネルギーを使ってしまう、眠たい。
あくびを噛みしめながら、手持無沙汰に三つ編みをいじる
「……すごい疑問なんだけど」
「はあ」
「お前、願いきいてもらうってなったとき、帰るって選択肢なかったのかよ」
「……!」
どきり、とした。
変に胸がざわついて、少し驚くように中野をみてしまう
ワラをいじる手元が狂ってぱさり、ワラが落ちる。落ち着け、何も焦ることはないんだ。
べつに俺はあっちの世界でなにか悪いことをしたわけではない。
これといった帰りたくない理由もない、でも
帰りたい、理由もないだけ
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