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怠惰の二年生






クラスの人気者が屋上にたってグラウンドを見下ろしていた。おれは買ったばかりの漫画を抱えながら、三階の廊下でそれをみていた。その視線の先には大したものはなくて殺風景な敷地内がみえるだけ……いや今は薄桃色に染まった桜がグラウンドの縁を飾るように咲き誇っているから、お花見の線もありえるのか。なんにせよ、二年へ上がって早々にサボりは良くないよな。俺しかり。そう言いたいだけの俺は漫画を持ち直しながら部室へむかう。
あーゆーの、黄昏てるっていうんだっけ。いっつも笑って友達に囲まれてちやほやされて、そんな自分を持続することに疲れました。みたいな。はいそうですか、お疲れ様です。

虫の居所が悪い俺は、知りもしない人気者のことをそうやって馬鹿にして、更に申し訳なさを積み重ねてじぶんの身体の虫を泣かせた。




「萩谷」


はぎや、誰かが俺の名前を呼んだ。
ふて寝、いやふて漫画をしている世界から引きずりだされた俺は、目を見開いて顔をあげる。

そこに居たのはさっきまで屋上で黄昏ていたクラスの人気者だった。


「……静間」


しずま、彼の名字を口に出したのはこれが初めて。この漫研の部室に似合わない華やかさがある彼の名前は、毎日のようにクラスで呼ばれているので、すんなりと口に馴染んで出てきた。

何でこいつ、こんなとこに居るんだ?

部室に飾ってある部長の趣味悪い萌えアニメのかべかけ時計をみて、まだ最後の授業が終えてないことを確認する。


「萩谷、漫研だったんだね」

「は?……そうだけど」

「いっつもさ、教室でも本ばっか読んでんじゃん?何読んでんの」

「何だっていいだろ。つか。ここ部外者立ち入り禁止」

「なにそれ何ルール?あ、てか俺このアニメ知ってる〜」


そう言って奴が手に取ったのは、俺の知らない漫画のキャラフィギュアだった。

無視するつもりだったけど意外過ぎてキョトンとしてしまう。
そんな俺をみて静間はほんのり茶色に色づいてる髪をふわり揺らして、首を傾げる。


「あれ、萩谷の趣味ではない?」


まあ、趣味ではないな。特に口を開くでもなく適当に頷いて、また漫画に視線を落とすが一度興味がそれるとなかなか集中できない。しかも一番落ち着けると思っていた部室に部外者がいるんじゃ、尚更だ。
噛み殺しきれない溜息を吐いて、話しかけんなオーラをだしてみるが全然効く気がしない。

「ねえ萩谷ってさあ」ほらな。


「今日授業サボってんの、マンガ読むため?」

「……ああそうだよ」

「授業中でも読んでるくせに、なんで今日に限って」

「なんとなく。じゃあ何、お前はなんで屋上いたわけ」


あまりに問いかけが多い奴に苛立ち、さっき見かけた奴の姿を問ってみた。
静間は驚きもせずに、みてたんだ。なんて笑う。
人懐っこそうなやわらかい雰囲気が吐き気を誘うほどに俺に馴染まない。

カタリ椅子を引きすぐに隣に座る馴れ馴れしさも、目を見て話す礼儀正しさも、清潔感あるくせに着崩してある制服もぜんぶ全部が好みでないと思った。攻めるべき欠点がないから、俺とはなにか反対の存在だから。もともと苛立っていた俺が今一番いっしょに居たくないタイプ。


「ねえ萩谷、男を好きって、BLっていうの知ってる?」


なにを、聞かれているのかと思った。

びっくりして真っ直ぐな静間の視線を真っ直ぐに見返して、は、と間抜けな声を出す。


「…BLは男を好きじゃなく、男同士の恋愛。だろ」

「あ、そっか」

「男好きはただのゲイじゃん。なに、静間ゲイなの」

「うん」

「へえーー……っ、うん!?」

「相手聞く?」

「え、え、き、聞かないっ」

「そ?」


くすくすと人の悪い笑い方する静間に、焦って騒がしくなった心臓を収めながらハッとする。してやられたのか?ゲイなんて、冗談に決まってるじゃないか、こいつはつい最近まで隣のクラスの1番可愛い田中さんと付き合ってたんだ。くそ、胸糞悪い。


「あほ静間、はやく教室戻れよ!」

「あ〜教室帰ったら萩谷ここにいることチクろ〜」

「おーまーえーー」


空気の入れ替えをしていた窓からふわりと薄紅色が入り込んで、ジャーマンスープレックスを仕掛けようとしていたおれは ぴたり動きを止める。ふと、その薄紅の花びらが落ちた床を見れば、随分と前から何枚も飛び込んでいたようで一面薄紅色で染まりかけている。

いったいどれだけ集中して読んでたんだ自分。


「わ〜ここ一階だから、窓開けてたら入ってくんだね」


綺麗、とおまえの方が綺麗じゃないか。なんて歯の浮く台詞が出てきそうな笑顔でしゃがむそいつは、花弁絨毯から1枚掬い上げておれに見えるように掲げる。
子供くさい仕草は、いつものクラスの中での明るい人気者の姿で見慣れた姿なのに、さっきまでの屋上での一面が脳裏に焼き付いて違和感を生む。やめてほしい、おれはあからさまに心に闇を持つような人間に、興味ない。いや、興味しか、ない。かれの悩みを聞いてしまいたい気持ちと聞いたからといってなにも助言なんてできないし、なにより仲良くする気もないのに深入りしたくない気持ちがぶつかり合う。


「萩谷ってさあ」


春の暖かい温度みたいな柔らかい声で、おれを呼ぶ。

満開になんて程遠い笑みは今にも散りそうで、背景の薄紅色に溶け込みそうだった。



(2年生の始まりは)
(怠惰のはじまり)