なつのけもの1 | ナノ


最後にこの町へ帰ってきたのは確か、就職先が決まった大学4年の夏休みだった。地元で医者をやっている父は相変わらず忙しく、再会の喜びもそこそこにすぐ仕事へと出て行ってしまった。あれから3年経った今もその様子は変わらず、今回の帰省でも父と話をすることはあまりないのだろう。それでも父は突然帰ってきたわたしの些細な変化に気付いたようで、気が済むまでここにいるといい、そう言って病院へと戻っていった。わたしと同じく上京した双子の兄は今頃、大企業の社員として精一杯働いているんだろう。最後に声を聞いたのは3ヶ月ほど前、電話越しだったがそれなりに元気そうだった。上司が馬鹿でしょうもないと愚痴を聞かされたが、声色に嫌悪感がまったくなかったので実際はそんなに嫌いではないのだろう。昔から変わることのない、素直じゃない性格にひどく安心感を覚えた。


「今日の夕飯は、そうめんにしよう」


まだ夏は始まったばかり、それなのにもう汗だくになってしまう。残暑も含めたとして、夏がこれから先まだまだ続くと思うと憂鬱で仕方ない。2階の雨戸だけ閉めて家を出た。近所のスーパーに出向くのも随分と久しぶりだった。通り道にある、学生時代によく通っていた駄菓子屋でアイスを買って帰るのもいいかもしれない。家からスーパーまでは歩いて10分ほどの距離だが、日焼け止めをしっかり塗ってくればよかったと少し後悔した。自動ドアが開いた瞬間から感じるひんやりとした冷気に心地よさを感じながら、かごに目当てのものを次々と入れていく。そうめん、めんつゆ、きゅうり、トマト、ついでに家で食べる用のアイス。仲の良い友人に見られたら、太るぞ、とにやにやしながら言われそうだが、この暑さにはどうしても勝てない。レジで精算してスーパーを出、家から来た道とは反対方向へ歩く。そちらから帰れば、小さい頃から通っている駄菓子屋があるのだ。今回はソーダ味にしようと、木製の扉を横にスライドさせてアイスを手に取り、おばあちゃんのもとへ一直線。100円払って、店を出ようと振り返る。見覚えのある翡翠が視界に入った。


「千鶴、ちゃん…?」


それはまさしく、沖田総司、その人だった。わたしの、昔の、こいびと。