明日、春が来たら | ナノ


気がついたら、会話が少なくなった。気がついたら、目線が合わなくなった。気がついたら、名前で呼ばれなくなった。全部全部、私が気づく頃にはもう遠くにいた。どうして距離ができてしまったのかはわからない。私が嫌いになったのか、どうしてと聞きたくてもできなかった。けれど気がついたら、私からも距離を作っていた。彼の気に障らないようにあまり口を開かなくなった。彼にばれないようにこっそり姿を見つめていた。彼と同じように名前ではなく苗字で呼ぶようになった。阿部くん、なんて今まで呼んだことなかったから、少しだけ変な感じがした。幼なじみという立ち位置が一番近くて遠いものだと実感したのも、この頃だった。


今日もこっそり、放課後の教室でグラウンドを眺める。友達はよく飽きないね、と呆れたように苦笑いして帰って行った。辺りがオレンジ色に染まる中、砂埃にまみれた白球だけはきらきらして見える。それを受け止める彼も、同じように光っていた。野球をしている時の彼は、本当に楽しそうに笑っていた。私にはもう向けられることのないだろう笑顔で、グラウンドを駆け回る。それを影から見ているだけで、幸せだった。


夢を見た。今よりずっと小さくて、けど今よりずっと楽しかったあの時。一度だけ、阿部くんが大事にしていたボールをくれたことがあった。初めて試合に勝った時の、大切なものだった。それでも彼は、それを私にくれたのだ。少しだけ茶色く滲んだボールは、今でも机の中に仕舞われている。目が覚めた時、私の頭の中は随分とすっきりしていた。今日は野球部の、阿部くんの試合の日だ。私が試合を見に行って、彼がどんなふうに思うかはわからない。それでも私は、君に会いに行こうと、そう思った。




明日、春が来たら

幸せだった日々を、いつかもう一度



――――――――
阿部くんがでてこない



bgm:明日、春が来たら