ロマンス・オーバーアゲイン | ナノ


もう何もわからないと言って彼女は泣いた。二人で選んだ皿やカップは割れ、揃って休みをとった日に行った旅行の写真もびりびりにやぶけてしまっている。俺の好きなダークブラウンの髪はぐちゃぐちゃに乱れ、お気に入りと言っていた白いワンピースもしわだらけで、折角彼女に似合っているのにもったいない。一歩近づくたびに彼女は一歩下がり、手当たり次第に物を投げつけてくる。今投げたのはクレーンゲームで取った猫のぬいぐるみ、次はいい香りのする柔軟剤で洗濯した薄桃色のタオル、俺と彼女の思い出が一つ一つ自分に向かって飛んでくる。それらは一つも俺に当たることなく、そして俺が受け取るわけでもなく、宙に浮き重力にしたがって呆気なく落ちる。まるで、俺と彼女の今までが少しずつ崩れていくよう。


「千鶴」
「いや…!」
「千鶴、話を聞いて」


このまますべて崩れてしまったら、本当になにもかもが終わる気がした。癇癪を起こし暴れる彼女を無理やり腕に押し込める。久しぶりの感覚だった。いつから俺は、千鶴を抱いていなかったのか。こうなったのはすべて俺のせいで、すれ違いの原因を作ったのは俺。「魔がさした」は理由にならない。俺は大事な人を傷つけここまで追いやってしまったのだ。けれど失うと考えたら身が裂かれるような思いでいっぱいになる。ひどく我儘な人間だった。それでもすべてが瓦解するのは耐えられない。


「千鶴、お願いだから」
「いや、聞きたくない」
「なあ、好きだよ」
「そんなのうそ」
「千鶴、千鶴」


名前を耳元で何度も囁いて、苦しいくらいに抱きしめた。何分、何時間経ったかわからないころ、しばらくしてやっと彼女の動きが止まる。抵抗が収まっても、千鶴は俺にしがみついてしとしとと泣きつづけた。シャツを強く握り、その薬指で光る銀色の指輪に視線を落とす。これが無くなったらきっと終わりだったのだろう。俺と彼女の今まではほとんど消えてしまった。残ったのは指輪と、俺と千鶴だけ。また始めからやり直したい、とつぶやくと、肯定するように腕の中で身じろぎをした。次はきっと大丈夫。彼女さえいれば、俺の世界はまた色を付けることができるのだから。





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