羅刹の子供 | ナノ




授業もすべて終わり、部屋に戻ったら何をしようかと思案していた帰り道。あと少しで着くというところではた、と足を止める。明日提出のプリント、そういえばちゃんと持って帰って来ただろうか。担当の先生は口煩くねちねちしているため、遅れて出すことはなるべく控えたい。鞄の中を確認すると案の定そこにプリントらしきものは見当たらなくて、仕方ないともう一度来た道を戻った。

だんだんと日も落ちていき、廊下はオレンジ色に染まっている。普段はがやがやと騒がしいこの空間も、まるでそれが嘘のようにしんとしていた。目的地で足を止め、扉を開ける。整えられた机と椅子の間を縫うように歩き、机の中からプリントを取り出した。これで大丈夫だとほ、と息を吐いたとき、後ろの扉ががら、と開いた。


「出雲ちゃん…?」


どうしてここにいるのかと言わんばかりの表情で、志摩はこちらを見つめたまま動かない。何よ、と声をかけるとそっと目をそらした。普段はうざったいくらいに構ってくるこの男が、奇妙なほどに静かだった。私もその場から動かずしばらくじっとしていると、突然声をかけられる。


「…出雲ちゃん、今日、なにしとったん」
「…は?」



何を馬鹿な事を聞くのだ、こいつは。今日も昨日と同じように塾のメンバーで一緒にいたのだから、私が何をしていたかは十分にわかっているはず。変なことを聞くんじゃない、といつもどおり口を開こうとしたが、この男の表情を見てそれはできなかった。切羽詰まったような、見たことのない顔をした男が、そこにいた。



「出雲ちゃん」
「きゃっ」



不意に腕を引かれ、体が追い付かない。されるがままそっと胸元に収まると、痛いほどの力で締め付けてきた。耳に息がかかってくすぐったい。なんとか抜け出そうとしても、腕の力がさらにきつくなるだけで、何をしても無駄だった。


「は、なしなさ…っ」
「出雲ちゃん」
「やめっ…」



耳朶を甘く噛まれ体の力が抜ける。いつもと違う様子に私は怖くなった。こんなやつ、わたしは知らない。目元を下げ、ふにゃふにゃとだらしなく笑う男はそこにはおらず、私を閉じ込めているのは鋭い目付きをした知らないひと。



「も、しまぁ…!」



頼むからやめてくれと言うような声音で懇願すると、ようやく耳から違和感が無くなった。それでもまだ、拘束は解かれないまま。



「なあ、出雲ちゃん」
「な、に…」
「たのむから」


他のひとの前で、笑わんで。



そう言って顔を上げたやつは、なんて情けない表情をしているんだ。外はすっかり暗くなっていて、家に着くのはもう少し先になるだろう。逃がさないとばかりにまたきつく抱き締められたが、振りほどこうという気にはならなかった。




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forニケさん
リクエストありがとうございました。
物凄く遅れてしまって申し訳ありません…。
よければ受け取ってください。
これからもよろしくお願いします。


pochi/日高