やさしくなれるかな | ナノ



いつもは静かに廊下を歩くあの子が、最近はぱたぱたと音を立てて忙しなく動き回っている。自分に出来ることをみつけたと嬉しそうにしていた彼女だが、それがただの雑用だというのだからどの辺が嬉しいのか僕にはまったくわからない。その雑用を懸命にこなす彼女だが、長い間あまり体を動かしていなかったせいかたくさん動くだけで疲労が溜まってしまうらしく、近頃はあまり顔色がよくなかった。他の人に指摘されても大丈夫の一点張りで、毎日働き続ける。


「本当、しょうがない子だなあ」


部屋で休んでいるであろう昼頃を見計らって、彼女の部屋へ向かう。少しからかってやれば肩の力くらい抜けるだろう。別に彼女の心配をしているわけじゃなく倒れられたら迷惑だから部屋に行くのだ、という言い訳をして、静かな廊下を歩く。彼女の部屋はこの角を曲がれば、というところで、ぴたりと足を止めた。誰かが部屋から出てくる気配を感じたから。少しの間だけそこに留まって気配がなくなるのを待ってから、先ほどまでそこにいた人のように彼女の部屋へと立ち入った。


「やあ、千鶴ちゃん」
「あれ、沖田さん?」


緩んだ表情のままこちらを向いた彼女の手には一緒にいた人があげたであろういくつかの団子があって、それを持ったまま嬉しそうにこちらに差し出してくる。なんだかお腹の底がもやもやして気持ち悪い。嫌な予感がした。


「これ、土方さんがくれたんです」


見たことのないような笑顔で彼女がそう言った時、衝動的に体が動いた。その手から団子が落ちるのも気にせず無理やり腕を引っ張って頭を押さえつけ、彼女が嫌がるのも無視して思い切り口を付けた。息もできないくらいに深く口付けて逃がさない。それでもずっともがく彼女に段々苛立ちを覚えて、痕を残すように唇に噛み付いた。離したときに彼女の血が自分の唇についたが気にせず舐めとる。


「ごちそうさま」
「な、なんで、こんな…」
「その唇、すごい似合ってるよ」


最高に意地の悪い声音で言ってやると、彼女は顔を歪めて瞳に涙を浮かべた。自分がその表情にさせたと思うとぞくぞくする。そのまま触れて壊してしまいたいと思い手を伸ばすと、ぱし、と音を立てて振り払われる。


「沖田さんなんて、大嫌い」


涙がこぼれるのを必死に耐えながら体を震わせてそう言い放ったあと、彼女はこちらを見ることなく部屋を出て行った。僕はしばらくそこに立ったまま土方さんにもらったという団子を見つめて小さく笑った。まるでそれは自分を嘲っているようで、その姿はひどく滑稽だ。ああ、また僕は。




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