探し物は見付からない | ナノ



何もない日は自然と足が向かってしまう、喧騒の届かない静かな場所に一本だけ咲いた桜の木の下。そこで何かをするわけでもなくただひたすらにぼうっとその木を、花を見つめている。何分も、何時間も、ただじっと見つめている。思うことはたくさんあった。が、多すぎてすべてが中途半端で、結局はすべてを投げ出してしまう。考えるのが嫌になって、すべてに目を瞑ってしまう。無心のまま無意識に彼のひとの名を呼ぶと、それに応えるかのように大きく風が吹いた。わたしはまだ、前に進めない。



「千鶴」



どれほど経ったか、後ろからの声に振り向くとわたしの羽織を持った永倉さんが少し離れた場所にいる。呆れたような、心配を含んだ表情でこちらを見つめている。彼は、あれ以上この桜の木には近付かなかった。どうしてと聞いたこともあったが、曖昧に笑っただけで何も答えることはなかった。彼にも思うところがあるのだろうとらそれ以来何も聞いていない。わたしは、彼に世話になってばかりだった。



「まだ少し肌寒いのに、風邪ひいたらどうすんだ」
「ごめんなさい」
「次からは気を付けろよ」
「はい」
「…じゃ、帰るか」
「…はい」



永倉さんが迎えにくるまで、わたしはあの場所から動かない。何もせずただじっと見つめているだけで、わたしはそこから動けない。頭では解っていても、それを受け入れることが難しい。もうすぐ彼のひとのいない幾度目かの春がやって来る。永倉さんの眩しい姿に重ねて、儚い彼のひとが迎えにくるのを、わたしは静かに、ただ一人で待っているのだ。




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