「いいのか、優等生がこんなところで」 「いいんです」 授業をさぼるのは初めてだった。屋上に来るのも、ユーリに冷たくあたるのも、何もかもが初めてのこと。こんなにも胸が締め付けられ、黒いものがぐるぐるまわる感覚を私は知らなかった。始めの頃は体調でも悪いのかと思っていたが、ジュディスによるとそれはどうやら違うらしい。恋をすると人は必ず弱くなると、私も弱くなったのだと彼女はそう言っていた。そうして弱くなるのは決してよくないことではない、とも。難しい意味も今では理解できた。今の状態がまさしくそういうもので、弱い自分をユーリから守っている。傷つくのが怖い。 「どうして追いかけて来たんですか」 「冷たいな、お姫様」 「ごめんなさい。可愛いげがなくて」 あの子みたいに。そう続くはずの言葉が口から出ることはなかった。自分で口にしてしまったら泣いてしまいそうで、私はそれを恐れた。 ユーリとあの子が一緒にいるところを見たのは、朝に登校してすぐのことだった。親しげに話す2人は何かしらあると言われても違和感がないくらい自然で、まるで普通のことのようで、つらくなった私は逃げた。教室を出る瞬間にユーリと目があってしまったのは予想の範囲外で、まさか追ってくるとも思っていなかった。逃げ回ってたどり着いたのが屋上で、もう逃げ場はない。 「何怒ってんだよ」 「怒ってないです」 「嘘だろ」 「…もう!放っておいてください!」 声を荒げた私に目を丸くしたユーリの横を今のうちにと通り抜けようとしたがそれは叶わず、腕を掴まれ阻まれてしまう。堪えてきた涙がそっと頬を流れ、もうどうしようもない。 「エステル、お前」 「ユーリは」 「……」 「ユーリは、あの子のことが好きなんです?」 とうとう言ってしまった。言うつもりなんて少しもなかったのに、我慢しきれず感情が溢れでた。嫉妬とはみにくいものだ。こんな私をユーリはどう思ったろう。怖くて顔を上げられないまま沈黙が続いた。 「…あの」 「エステル」 「…はい」 「…どうしてそんなことが気になるんだ?」 場の雰囲気に似合わず、ユーリはにやりと笑ってこちらを見た。明らかに確信犯だ。どうしても私に言わせたいのか、じっと見つめたまま一歩も動かない。本当に彼は意地が悪い。 「…もういいです」 「いいのか?俺、あいつのとこに戻るかもよ」 「知りません。あの子の方がかわいらしくてお似合いです」 「…俺はお前の方がかわいいと思うけどな」 すれ違い様に頭を数回撫でて、ユーリは屋上を出ていった。それと同時にチャイムも鳴って、授業の終わりを告げる。顔の火照りが治まらない私は、この場にもう少し居なければならない。不思議なことに、もうあの子のことは気にならなかった。 ――――― ツンツンエステル |