「おい、逃げんな!」 「うるさい!」 寝ていると思って油断したのが運のつきだった。放課後の教室には机に突っ伏した奥村がいて、そういえば昼からずっと寝ていたことを思い出す。まだ起きていないのか、いい加減起きろ呆れたが、自分から起こすことはせずそっと近づくまでに留めた。私に気付く気配もなく静かな寝息を繰り返している。黒い髪に触れると柔らかくて傷みも知らないような毛先がするりと指が抜けた。少しの間指先で遊ばせてから手を離し、無意識のうちに言葉が出てしまう。 「すき」 言った直後に体がわずかに揺れた気がする。まさか、とは思ったが、そのまさかだ。自分の鞄を引っ付かんで教室を飛び出す。後ろから大きな音がして、それを振り切るように全力で走った。 「出雲!」 「追いかけてくんな!」 「このっ…」 そこからはあっという間で、思いきりスピードを上げた男には敵わず二人して廊下の隅に倒れ込んだ。息が苦しい。けど、それ以上に胸が苦しかった。言うつもりなんてなかったし、追いかけてくるとも思わなかった。 「は、…あれ、本当か」 「…別に」 「俺も、つったら」 「あんた、何言って…」 「すきだ」 真面目な顔して、夢を見ているのかと思った。 ―――――― |