もう捨ててしまえ | ナノ


若くて格好よくて人望の厚い、誰からも人気のあるフレン様は大きな貴族のよくできたお嬢さんを嫁に貰うらしい。貴族街でも市民街、きっとハルルやヘリオードでも人々はその話題で持ちきりなのだろう。それは下町も例外でなく。朝も夜も名前の途切れることのない噂の騎士団長様は、その話題が広まったその日から一度も街に姿を見せていない。もちろん俺の前にも。



「ユーリ?」
「…ああ、今行く」


今日からしばらく、ギルドのために部屋を開けなくてはならなかった。その間にフレンは俺に会いに来てくれるだろうか。誰もいない部屋を見て溜め息を吐いてくれるだろうか。ほんの少しだけ期待をして、俺は城を背に街を出た。






噂が街に広まる前日、俺はフレンの部屋にいた。くだらない話をして抱き合って、体温を分けあってから同じベッドで一緒に寝た。その日のフレンは何となくぼうっとしていて、けれど気にするほどでもなかった。突然目を瞑り俺の名前を呼び口を開いたフレンは結局何も言わずに口を閉じたが、もしその時この話を聞かされていたら俺の心境は今とは違うものだっただろうか。今となっては、もうわからないけれど。






帰ってきたのは夜も更けた頃だった。仲間と別れ自室までの道のりを歩いていると、久しぶりに聞くあいつの声。



「ユーリ」



やはりそこにはフレンがいた。どうしてここにいるのか、そんな事はどうでもよくて、会いたかったのか会いたくなかったのかよくわからないフレンの姿を見て、俺の体は動かなくなった。それに反してフレンはどんどん近づいてくる。


「…少し、歩こうか」


その問いにうなずくのがやっとだった。




「何しに来たんだよ」


思っていたより数段低い声が出てしまった事に自分でも驚いた。何ともないように振る舞うべきなのに、これでは物凄く気にしているみたいだ。実際フレンは少しだけ目を丸くして、けれどまたすぐに元の顔に戻った。



「すまない」
「…何が」
「黙っていたことと、…すぐに会いに行かなかったこと」
「別に」



別に俺は謝ってほしかったわけじゃない。これではまるで、俺がとんでもない我が儘みたいじゃないか。フレンが悪いわけじゃなくて、依存していた俺が悪いのだ。こいつだけは絶対に俺から離れないしいなくならない。おかしな自信を持ち勝手にそんなことを考えていた俺が浅はかで、信じきっていたことが馬鹿なのだ。
もういい。フレンと知らない女の噂と人々からの期待、その違和感のなさは俺の胸に思ったより簡単にストンと落ちた。それが俺の出した答えなら。俺とフレンが一緒にいたとしても、生産性も需要も、残るものは何もない。残るのは虚しい気持ちだけで、もう感情のまま前に進めるほど俺は強くなかった。



「ユーリ、僕は」
「フレン」



俺の声は、震えていなかっただろうか。




―――――
君の枷になりたくなくて