雪男があたしに本気で怒鳴ったのは、多分今回が初めてだ。確かに今までも怒鳴られてはきたが、その怒声からはほんの少しだけやわらかさが伝わってきていたのだ。けど、今回はそれがなかった。柄にもなく素直に驚いたあたしは、何故か泣きそうになりながら雪男の部屋を飛び出した。外はどしゃぶり。後ろから雪男の声がしたのを振り切って、雨の中を駆け抜けた。 本当は、あんなことを言うつもりなんてまったくなかった。雪男がぐちぐちうるさいから、いつもみたいに軽い気持ちでからかってやろうと思っただけなのだ。しかし、予想以上に雪男は感情を露にした。(しろうはお前みたいに小さいやつじゃなかった)なんて、言わなければよかった、と、今さら後悔したってもう遅いのだが。 適当な公園のベンチで膝に顔を埋めてからどのくらいたっただろう。いつのまにか雨は止んで、ずっと同じ体勢だったせいか体の節々がいたい。顔をあげると、雪男が立っていた。肩で息をしてめずらしく余裕のない雪男が、街灯のあかりに照らされて立っていた。 「帰りましょう」 「…やだ」 「シュラさん」 「…やだもん」 また顔を下に向けると、頬を挟まれ無理矢理前を向かされた。至近距離で見つめられては身動きができない。固まった状態のまま、しばらくして雪男が口を開いた。 「帰りますよ」 きっと、心配してくれたのだろうと思う。だって普段は肩で息をするなんてありえないし、額に汗をかくなんてこともない。声色だってやわらかくて、じっと見つめられている間に見ていた綺麗な目だってやさしかった。 「…雪男」 「なんですか」 「おんぶ」 「嫌です」 「はやくしろ」 「…はあ」 仕方ないとばかりにしゃがんだ背中に飛び付いて、首に腕を回した。家についたら一緒に風呂にはいって、同じ布団で抱き合って眠りたい。朝起きたら、ごめんと好きとおはようを言って、キスをしてから朝ごはんを食べようか。 ──── うちのシュラさんは余裕がないです |