横恋慕 | ナノ


「お前、大丈夫なのか」


そう聞いたらしえみは笑いながら大丈夫だ、と答えた。俺からしたら、しえみは全然大丈夫なんかじゃなかった。ただでさえ細かった体は更に痩せほそりまっすぐ前を向いていた顔は俯きがちで、目に映る光は霞んでいる。全く、大丈夫なわけがなかった。


「なあ、しえみ…」
「いいの。…ありがとう、燐」


燐は優しいんだね、だなんて儚げに笑うしえみ。その顔に俺は惹かれた。優しいのはお前だからだよ、とは言えないけれど、それでもそばにいたかった。俺がしえみを笑わせてやりたかった。
いつだったか、しえみと歩いていたとき。しえみが突然俺に言った。私、好きなひとができたの、って。体が動かなくなって、うまく息ができなかったのをよく覚えている。それからトントン拍子にしえみの恋はうまく進んで、今でも二人は付き合ったまま。


「好きだから」
「でも」
「いいの、好きなの」


しえみは好きだからいいと言う。いくら奴が(しえみの恋人が)しえみのことを放っておいても、別の女とキスをしても、乱暴をしても、それでもしえみはいいと言う。自分が好きだから、いいと言う。どうしてしえみはあの日から止まったままなんだろう。もう望みは薄いというのに、どうして信じたままなんだろう。けど俺は何も言えなかった。俺も、あの日から止まったままだから。



お前が好きだと拐ってしまえればよかった





─────