消失 | ナノ


「駆け落ちしようか」

突然こんなことを言った彼の考えが私にはまったく理解できなかった。いや、脳が受け入れようとしなかったからかもしれない。

「どうしたの、急に」

彼はその問いに答えることなく私の腕をぐいぐい引っ張ってどこかへ向かっていた。卒業間近の春、あと少ししかない学校生活、あと何度この夕暮れの道を歩けるだろうか。そんなことをぼんやり考えながらされるがままにしていると、たどり着いたのは人で溢れた駅。

「え、」「いこう」

腕をつかんだまま、彼は手際よく一番高い切符を二枚買ってホームを確認したあと、小走りで階段を駆けていく。電車はもう少しで出るところだった。そんな、どこ行きかもわからない列車に乗るなんて。そう考えたら不安と焦燥でいっぱいになった。思わず彼の手を振り払う。手がほどけたと同時に、大きく笛の音が鳴った。閉まるドア。彼と私の間にはドア一枚分の差ができていた。わたしはそこから動けない。列車が進む直前、彼の口が動いたのが見えた。

「どうして。」

その問いに答えることはできない。目の前には、夕日が射し込んでオレンジ色をした線路がただ静かに、そこにあるだけだった。