いつかまた会えるよ。 もう来ることもないであろう教室をぐるっと見渡す。今、自分一人しかいないこの部屋はこんなに広かっただろうか。今日は、所謂「卒業式」というやつだった。もう、明日からはこの学校の生徒じゃない。みんなと騒ぐことも、部活のように何かに打ち込むことも、赤点すれすれで焦ることも、もう二度とない。きっと。 一年間を過ごした窓際の一番前の席。日当たりがよくて、毎時間睡魔と格闘していたのもいい思い出。この席に座るのも最後、そう思うとなぜだか途端に物寂しくなった。クラスのやつらは外で写真を撮ったりしているんだろう。俺はその輪から抜けて、一人教室に帰ってきた。約束はしてなかったけど、なんだか来る気がしていたから。 ぼうっと外を眺めていると、スライド式のドアの開く音。目を向けると、そこにはずっと待っていた人の姿。 「泉」 「…先輩。卒業、おめでとうございます」 「なに、急にかしこまって」 「最後くらい、ちゃんとしたほうがいいだろ」 最後。最後だって。泉は部活の後輩だった。気が強くて負けん気も強くて、先輩とも同級生ともぶつかりあって、はっきりいって部活の仲間からはあまりいい印象は持たれていないだろう。それでも、俺は泉のことを気に入っていた。そんな泉も、反抗しつつなんだかんだいって俺のことは嫌いじゃなかったと思う。現に、泉は俺に会いに来た。最後だって。 「泉、あと一年、がんばれよ」 「…はい」 「あと、野菜はちゃんと食べなさい」 「黙れ」 「あと、あんまかりかりすんな」 「あんたがさせてんだろ」 「泉」 「…なに」 「泉、…泣かないで」 たった一度だけ、泉とキスをしたことがある。柔らかくて、甘い匂いがして、女の子だと錯覚するくらいに、泉は綺麗だった。その時もこうやって、涙を流していた。俺たちがしたことといえばそれくらいだ。あとは一緒に勉強したり、遊んだり、飯食ったり。恋慕の情を交わすなんて、ただの一度もなかった。普通の先輩と後輩。 一度だけ、普通じゃなかった。ただそれだけ。 「泉、泉…」 「みずたに、せんぱい」 俺は、明日になったらこの場所からいなくなる。泉を置いて、俺は遠くへ行ってしまう。たった一つの差が、俺と泉を引き離す。まだ大事なことは何も伝えてないのに、伝えないまま、伝えられないまま、俺はこの場所からいなくなる。 俺は、ただの後輩を手放すのが嫌で嫌で仕方ない。我ながらずるい男だ。未練がましく泉の中に居座って、泉の未来を縛り付けようとしている。でも、もうなんでもよかった。 「ね、泉。いつかまた、会えたらさ」 「せんぱ、っ」 「もういっかい、キスしよっか」 ────────── だから、君は私を忘れないでいてね。 |