おもちゃばこの夢 | ナノ




彼女は暗く広い空間の中でひっそりと一人で絵を描き続け、外の世界を羨ましそうに眺め、友達も家族も居ないまま孤独な時間を長い間過ごしていたのだろう。あのわたしの運命を大きく変えた日から数年、彼女は未だにわたしの夢の中に現れる。悲しそうな顔でこちらを見つめて、何度も何度も語りかけるようにわたしに向かって吐き出すのだ。どうしてわたしを捨ててしまったの、と。友達になれたのに、一人は寂しい、といつまでもわたしに囁き続けながら彼女は真っ白な腕をわたしの首に伸ばす。力がこめられ覚悟を決めた瞬間に、わたしはやっとこの箱庭から逃れることができるのだった。汗だくで息も荒く、動悸も激しい。こんなときにギャリーがいたら、と何度思ったことか。わたしとギャリーは仲のよい友人だった。兄のようでもあり姉のようでもあり、時には母のようでもあるギャリーがわたしはだいすきだ。時刻は真夜中、ギャリーはさすがに寝ているだろう。起こすわけにもいかず、わたしは今日も夜を起きて過ごす。この夢が、わたしに纏わりついて離れない。


「イヴ、おいで」

ある日、わたしはギャリーの家へと出かけたことがあった。わたしの両親もギャリーとは親しく、わたしとの仲も熟知していた。綺麗好きなギャリーの部屋はいつも整理されていて、それは何度訪れても変わらない。彼が作ってくれた昼食を食べ終え、片付けようと席を立つと突然声をかけられる。ギャリーは食事を終えたらすぐに片づけをしたがるタイプなのに、なんだか珍しかった。おとなしく傍に寄り、ギャリーの目の前に座る。

「どうしたの?」
「あなた、寝れてないんでしょう」


そういわれた瞬間どきっとした。何故か自分が悪いことをしたような気がしてならなくて、整った顔から視線をそらす。呆れられるのではないかと思うと怖かったが、恐る恐る見たギャリーの表情は真剣そのものだった。その中には心配と不安が混ざりこんでいて、そんなにわかりやすいものかと自分のふがいなさになんだか悲しさがこみ上げた。

「ごめんなさい」
「・・・どうして?」
「心配、かけたでしょう?」
「でも、わかってるならいいのよ」


心配した、というようにギャリーはわたしの頭を撫でる。その感触が心地よくて思わず擦り寄ってしまい、慌てて離れようとするがもう片方の腕で押さえ込まれてその場から動けない。困惑したような視線を送ると、ギャリーはやさしく微笑んでわたしの体を抱え込んだ。あの日とは違う、大きく成長した体。それすらも軽々と持ち上げてしまうギャリーを見て、彼はやっぱり男の人なんだと改めて実感した。しばらくじっとしていると、高い体温と頭を撫でる手つきにだんだんとまどろんでくる。そのことを訴えるように見つめてもギャリーはやさしく見つめ返すだけでまったく動こうとはしない。このままでは、久方ぶりの眠りに就いてしまう。


「イヴ、おやすみ」


耳元で、彼女とは違う、やわらかい男の人の声が響く。おやすみと返す前に意識は飛んでなくなり、紡ぐ筈だった言葉は霧散する。その日だけは、不思議と怖い夢は見なかった。


――――――

Ib:再会の約束ルート