永遠の純情 | ナノ




「鍋食いたい」
「…材料がないですよ」
「じゃあ買いに行くから、お前もこい」
「…まったく、しょうがない人ですね」



渋々といった様子で立ち上がった雪男はジャケットやら財布やらを取りに一旦部屋に引っ込んだ。私は起きたときと同じグレーのスウェットとキャミソールの上に厚手のパーカーを羽織り、財布は無視し携帯だけを掴んで玄関で待機。今日は車は使わないでなんとなく歩きでスーパーまで向かう。またそんな格好をして、と小言ばかりの雪男を財布と同じように無視して空を見上げると、橙色と紺色の境目がそこには広がっていた。


「雪男」
「なんですか」
「手」
「…はいはい」


それを見つめていたらなんだか寂しいような苦しいような気持ちがぐるぐると渦巻く。手を握ってもらうと少しだけ気持ち悪さが緩和したような気がして、雪男が私の手を振り払うことはないとわかっていて自ら痛いほど力を込めた。



「なあ、雪男」
「はい」
「…あいつ、妊娠したんだって」
「…知ってますよ」



私の不快さの正体はきっとこれだ。雪男の兄である燐の嫁、しえみが、妊娠したというのだ。この間嬉しそうに2人で話していた。膝の上に猫を二匹乗せて、仲睦まじく、夫婦らしく。それを見た私は自分が思ってる以上に衝撃を受けたのだろう。私と雪男は夫婦じゃないし、付き合っているかどうかも曖昧だ。キスもするし体も繋げる、けれど言葉には出さない。いい歳して不安定な自分がひどく情けなかった。



「子供、ほしくないのか」


弱々しく吐き出した言葉は雪男にちゃんと届いただろうか。スーパーまでの道がやけに長く感じて、下を向いたまま歩き続けた。無言で返事がないまま目的地にたどり着き小さく溜め息を吐いて手を離そうとすると、無理矢理引っ張られそこを素通り。


「今はまだいいです」
「雪男…?」
「僕は、まだあなたの世話で手一杯ですから」



その言葉に、私らしくなく泣きそうになりながらもう一度空を見上げたら完全な紺色が広がっていた。家に帰ったら鍋をして、二人で風呂に入って、今日は何もせずにゆっくりと眠りたい。遠回りの道を歩きながら、静かにそう思った。




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燐しえとリンク