冷たくて優しい | ナノ




太ったおっさんの隣でニコニコと作り笑い、ご機嫌とり。ボーイに呼ばれ次の指名へと移動する。そろそろ閉店時間が近いから、これが最後の客になるだろう。今度はどんなお偉いさんかとテーブルに目を向けると見慣れた銀髪に着流し、やる気のなさそうな顔。ひらひらとこちらに手を振る仕草を無視して席につく。この人相手なら気を遣う必要もなく、肩の力を抜いて思いきり息を吐いた。


「客に対してその態度、失礼じゃない?」
「今日はお一人ですか?」
「長谷川さんは今日はパスだと」
「そうなんですか」
「ねえねえ、俺客なんだけど」
「うるさいですよ」



腕を思いきりつねってやると大人しく黙り込んだ。珍しく金が入ったのか、普段よりも少し高めの焼酎を開けている。長谷川さんがいるならまだしも、二人きりになると別だった。私と銀さんの間に会話はない。彼は静かに酒を飲んでいるし、私は今日は酔っぱらう気分じゃなかったのでウーロン茶を飲みながら時折果物をつまむだけ。話そうとも、話したいとも思わない。居心地が悪いわけではなく、逆にその空間は私を安心させた。私が何もしなくても銀さんは怒らないし注意もしない。無理をしなくてもいいという事実は、私にとって心が休まる場所だった。



「なあ」
「なんですか?」
「そろそろ帰るわ」
「そうですか」


立ち上がった銀さんを出口まで見送る、これが今日最後の仕事だ。きちんと会計をし、外へ出るとそこは少し肌寒かった。じゃ、と最初のように手をひらひらと振る銀さんを、私は思わず呼び止めた。



「気を付けて帰ってください」
「おー」
「…また、来てくださいね」


一人でもいいので、と小声で付け足すと彼にそれが届いたのか、小さく返事が返ってきた。それに少しだけ微笑んで送り出す。背を向けた彼に心の中で感謝をし、また店の扉をくぐった。次の夜もまたがんばれそうだ。





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