やさしい春のはなし | ナノ




食材を買うのは私の役目、料理を作るのは旦那様の役目、片付けをするのも私の役目。
自分の役目である買い物を済ませる前に内緒で病院へと立ち寄り、その後本来の役割を済ませ家までの道のりを歩いていると、どこからかか細い声がしたので思わず立ち止まる。それはどうやら曲がり角を曲がった所から聞こえるようで、家にたどり着くにはまだこの道を真っ直ぐ行くべきなのだが、私は悩んだ末に結局角を曲がってしまった。小さな声はだんだんと大きくなりはっきりと耳に届くようになった頃、目の前にあるのは小さな段ボール、中にはタオルと薄汚れた子猫。その姿は見るからに弱々しく、どうやら捨てられてから少し時間が経っているようだ。


「猫さん」



声をかけるとにゃあ、と返事が返ってきた。餌をくれるとでも思っているのだろうが、生憎とあげられるようなものは1つもない。食べさせても大丈夫かわからないものはあげないにこしたことはない。にゃあにゃあと懸命に乞う小さな猫は生きるのに必死なんだろう。指を差し出すと甘噛みをしぺろぺろと舐め始めた。この子を連れて帰ったら、旦那様は一体なんと言うだろうか。彼は優しい人間だから、きっと笑顔で承諾してくれるに違いない。



「猫さん、よかったねえ」



持っていたエコバッグを肩に掛け直し、開いた片手で猫をそっと包む。今日は買った量が少なかったからちょうどいい。家にはもう一匹、クロという旦那様の愛猫がいるが、彼はきっとこの子と仲良くしてくれる。私が玄関を開けたとき、出迎えた旦那様の目が丸くなる様子を想像しながら夕暮れの道を歩いた。家族が増えることの喜びに、胸を震わせながら。





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分かりにくいかもですが、ご懐妊です。