抜けない棘 | ナノ




「わたしが好きだって、言ったじゃない」


最低、と怒鳴り散らしてから頬に真っ赤な紅葉を咲かせていったのは俺の彼女、正しくは、元、だけど。立ち去る瞬間の彼女は涙を流していた。けれどそれを見ても何も思わないし何も感じない。付き合いたての頃はちゃんと好きだなあと思っていた。しかし今は、それがまるで嘘のように冷めている。むしろ何すんだクソアマ、犯してやろうかと汚ならしい暴言ばかりが頭に浮かぶ。あの女のせいですっかり萎えてしまった。しわくちゃのシーツに寝転ぶ俺の隣には同じようにしわくちゃのシーツにくるまる綺麗な顔をした裸の女。どうやら今までのやりとりにはまったく興味がないようで、鮮やかな水色に彩られた爪をカチカチと弄っている。


「おい、ヤムライハ」
「…なによ」
「腹へった」
「知らないわよ、そんなの」


ヤムライハは幼馴染みだ。小さな赤ん坊の頃から顔を合わせていた幼馴染み。大学まで一緒で、いつからか体の関係を持つようになった。付き合っているわけではない。ただ本当に、やりたくなったらやるだけの、後腐れのない関係。俺はそれなりにこの関係を気に入っていた。どちらかに恋人ができてもそんなの気にしないし、お互いに何も思わない。端から見ればおかしいのだろうけど、これが俺たちの普通だった。今日もそういう気分になって服を脱いだときに、余計なお節介を働かせた元彼女が俺の家にやって来て鉢合わせ。このパターンは過去にも何度かあった。そして手を出されるか泣かれるかのどちらかで別れる。お決まりの流れ。


「あんたのせいで、またわたしが睨まれるわ」
「そりゃ悪かったな」


はあ、と溜め息をついたこいつはきっと何を言っても無駄だとわかっているのだろう。頭のいい女は好きだ。面倒くさくない。もっとも、頭のいい女、というやつも、好きな男な男の前では馬鹿な女に成り下がるのだろうけど。床に落ちていた大きなシャツを着て、ヤムライハはベッドから出た。俺の着ていたシャツ。きっと腹がへったというわがままな俺のために何か持ってくるつもりなのだろう。体格が違いすぎるせいで、俺のシャツもワンピースとして役割を果たす。裾の長さは太ももの中ほどまで。そこから覗く白くて俺好みの肉付きをしている脚。あ、やばい。ベッドから起き上がって、部屋から出ようとするヤムライハをシーツの上に押し倒す。

「ちょ、なに…」
「やらせろ」
「は?いやよ」
「いいから」
「もうそんな気分じゃない」



じたばたと暴れるヤムを無理矢理押さえつけて、噛みつくようにキスをする。舌を入れてやれば身体中の力が抜けて、あっという間にふにゃふにゃになる。何度も抱いてきたおかげで、もうこいつのことは隅から隅まで知り尽くしていた。唇を離し鼻の頭に音をたててキスをすると、涙目のまま俺を睨み付ける。力が出ないおかげでまったく迫力がない。その行動は煽っているようにしか見えなくて、むしろ逆効果だ。肩に噛みついてやれば身体が大きく揺れる。ああ、楽しい。


「お前だって好きだろ?」
「変態、セクハラ」


否定はしない辺り、こいつだって実際はノリノリなのだ。口にしなくても何をしてほしいか手に取るようにわかる。ただしそれは向こうも同じこと。お望み通り乳房に舌を這わせれば、嬉しそうにあん、と鳴いた。素直に反応すれば、俺が喜ぶから。


「やっぱお前が、一番楽だ」
「…あっそ。ばかじゃないの」



元彼女のことなんてすでに頭になくて、思考をしめているのは目の前の白い身体と綺麗な青い髪ばかり、夢中になってシーツの中に沈んだ。すべてが終わったら一眠りして、コンビニかなんかで何か買って二人で食べよう。きっとこいつは無理矢理したことに対して拗ねているだろうから、少し高めのカップアイス、チョコミント味を買ってあげれば大丈夫。これから先のことを頭の片隅で考えながら、柔らかいヤムライハを貪った。ああ、楽しい。




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お前ら付き合えよシリーズ