千歳Birthday | ナノ
過去を見ないで
女性は上書き保存をし、男性は名前をつけて保存をするをするらしい。
女性は過去の恋愛を次から次へと上書きして塗り変え、男性は過去の恋愛を思い出としてフォルダ分け保存するらしい。
いつか聞いた恋愛パターン。
ねえ、貴方もそうしてるのかな?
いつも思う。私は過去の貴方を何も知らない。どんな人と出会い、どんな思い出をし、どんな恋愛をしていたのか。
過去の恋人とはどんな経験をした?どんな時間を共有したの?
過去ばかり気になる私は情けない。だけど、気になって仕方ない。だって私は貴方しか知らないから…。
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月明かりがカーテンから差し込み、時計を見れば日付が代わっていた。情事を終えたこの何とも言えない雰囲気が大好きで、逞しい胸元に抱き着いた。顔を上げればふわっとした微笑みをする貴方がいて、私の頭もそっと優しく撫でてくれる。
普段の穏やかな雰囲気とは裏腹に、情事中はこれでもかと攻め立てる貴方。いつも刺激に興奮、そして幸福を与えてくれる貴方。だけど、その術はいったいどこで学んだの?どれほどの女性に与えたの?
私は貴方が初めてで、それ故貴方しか知らない。だからかな、とても不安でいっぱいになる。とてもじゃないけど行為のテクニックなんか持ち合わせていない。そして哀しいことに身体だってふくよかじゃない。女性ならではの凹凸が申し訳なさそうにあるぐらいで……満足出来ているのか不安でいっぱい。
そして何よりも、過去の人と比較されていないか不安で仕方ない。
勿論そんなことをする人じゃないって分かっている。分かっているけど不安で胸が苦しくなる。何も出来ない、されるがままの私に貴方は満足している?不満があるんじゃない?…、そんなことが次から次へと浮き上がる。
「そんな顔してどげんしたと?」
「え?」
「不安げな顔ばい。悩み事でもあるとね?」
その言葉にピクッと身体が反応する。不安げな…悩み事…。貴方のことで悩んでますとも言えず「何でもないよ、」と返事をした。
「嘘はいかんとよ。顔が強張っとう。そげん悩み事があるとね?何でも言いなっせ」
「…大丈夫だよ」
「だーめ」
「……怒らない?」
「俺のこつ?」
「…うん、千歳のこと」
「怒らんばい。ね?」
よしよしとあやされると益々不安になる。千歳の大人らしさは私のこどもっぽさを強調させ、その仕草から情事中の余裕らしさが頭によぎる。暫くだんまりを続けると、深呼吸をしてから口を開いた。
「千歳……満足出来てる?」
「何のこつばい?」
「……私の、身体に…」
穏やかな顔だった千歳が一瞬にして驚きの顔に変化した。「突然何を言うとね、」と声が聞こえるが、恥ずかしさと今まで言いたかったことを吐き出そうと反応出来ない。
「ずっと…ずっとね、気になっていたの。千歳はいつでも余裕なのに私は何も出来ない…。顔や身体だって綺麗なわけじゃないのに、その上……テクニック、…ないもん。過去の千歳がいるから今の千歳がいるんだけど…その、今までの彼女の人はどうだったのかなって。多分私より綺麗で、上手で……比べられたら勝ち目ないから…、」
そこまで言うとペチンと頬を叩かれた。否、正確に言えば頬を両手で挟まれた。目線を上げて千歳の顔を見れば、今までに見たことがないような顔をして…怒っていた。
「あ、あの…、」
「そんなこつを言うとは思わんかったばい。黙って聞こうとしたけどそれ以上言うと怒るとよ」
「もう怒って「怒ってなか」
ピリピリとする雰囲気にいたたまれなくなり、目線を再び下へと下ろす。すると頬をむにゅっと摘まれた。
「こら、ちゃんと俺の目ば見なっせ」
「……はい」
恐る恐る目線を千歳へ戻せば先程の怒りの色はなく、真剣な表情の千歳がいた。
「俺はひなを比べたりしなか。今までひなに不満なんか感じたことなか。これを第一に覚えなっせ」
「…はい」
「過去の恋愛は俺にもあるばい。もしかしたら人より多いかもしれんとね。ばってん過去は過去。今もこれからも愛するのはひなだけばい。これが第二ばい」
「…はい」
「そして第三。ひなは過小評価しすぎったい。ひなは美しくて可愛か。それに俺に応えてくれようとする姿が堪らんばい、嬉しか。俺にとっては十分過ぎるほど刺激ば強かとよ」
そう話すと「…どげんこつ言われるか心配したばい」と呆れた様子でため息をつかれた。頬から手が離れると、今度は労るように優しく顔を包まれた。
「ずっと悩んでたとね?」
「うん…、ごめんなさい」
「全く…ひなは今のままで良かとよ。十分過ぎるほど俺の心ば満たしてくれるったい」
「ありがとう…。でも怒らせちゃってごめんなさい」
「俺も怒ってすまんばい。ばってん、ひなの気持ちもわかるばい。俺もひなの過去気になるとよ?」
「えっ…嘘」
「嘘じゃなか。今までどぎゃん人を好いとったか、想ってたか、そんなこつば考えると嫉妬するばい。でも、今こうやって俺と一緒にいてくれる。この先もいてくれたら俺は幸せばい」
そう話す千歳があまりにも綺麗で美しく、そしてかっこいい。何故だか涙がこぼれ落ちそうになるのを必至に堪え、「私もこの先ずっと一緒にいたいよ…」と答えた。
お互い目線を合わせれば、ゆっくりと瞼を閉じてどちらともなく口づけをした。触れるだけのそれは、とても優しく甘いもの。
短いキスを終えて唇が離れれば、顔を見合わせて笑いあった。
不安になることなんて何もない。君がいれば、それだけでいい。
20110115