千歳Birthday | ナノ


千歳君と小さな幸せ



 ふわっと、白い息が暗闇に溶けて消えていった。一ヶ月前ならば綺麗な夕焼けが広がっていたのに、今では真っ暗な冬の空が広がっている。寒々と手を擦り合わせる。そろそろ手袋が必要かな…と思いながら彼を待つ。





「ひな」



 後ろからぼふっと暖かいものが私を覆った。正確に言えば『もの』ではなく『人』。どこか甘い声色に聞こえるのは、私が好きな人だからかな…。腰周りにある彼の腕をそっと掴み後ろに振り返る。すると待ちわびていた彼がいて、とても優しい笑顔でお出迎えされた。



「寒かったとね。待たせてすまんばい」

「ううん、大丈夫だよ。部活お疲れさま」



 そう話すと彼は……そう、千歳君はギュッと腕に力を込めてからゆっくりと私から離れた。寒さのあまり無意識にグーにしていた手を掴まれる。自ずから指と指が触れ合い、ギュッと手を繋ぎ歩き出した。



「何度も言っちょうけど部室で待ってても良かよ?その方が安心ばい」

「有り難いけど大丈夫だよ。それに部外者が部室にいるってのも居づらいし…、」

「ひなは部外者じゃなか。俺の彼女ったい。白石もそうしろって言ってたばい」

「うーん…、考えとくね」



 帰り道、手を繋ぎながら千歳君とお話をする。千歳君はテニス部のお話が多くて、私は友達とこんなこと話たよ…こんなことがあったよ、と至って普通の会話。だけど部活で忙しい彼と二人っきりになれるこの時間が大好き。


 信号待ちをしていると千歳君が「ちょっと待ってね?」と言葉を残し離れた。するとほんの数十秒で戻って来て私の頬に手が伸びてきた。千歳君の手じゃない温かいものが頬から伝わる。



「あげるっちゃ」



 その手にはコンポタージュと書かれている缶が握られていた。私の手を取りそれを握り締められる。掌からはじんじんと温かさが伝わってきた。



「…ありがとう」

「ん。冷めるばい、早く飲みなっせ」



 コクンと一口飲むとポタージュの甘さとコーンのつぶつぶが喉を通った。冷たい身体には効果抜群。たった一口で温かさが身体を駆け巡る。千歳君に差し出すと、彼も缶に口を付けた。



「甘かあ…」

「ふふ、久しぶりに飲んだけど美味しいね。ありがとう」



 いつの間にか信号は赤から青に変わっていて再び歩き出す。全部飲み干すと調度ごみ箱があったので缶を捨てた。ガシャンと缶がぶつかる音が響くと同時に再び手を繋ぐ。すると今度は繋いだまま彼のポッケに誘導された。




「こっちの方が暖かか」




 ポッケの中でギュッとされる手と柔らかい千歳君の微笑み。身長差があるから少し手を上げなくちゃいけないけれど、彼の心遣いと優しい気持ちに触れてこちらも笑顔になる。




「うん。あったかいよ」

「そげなら良かばい」




 白い息が冬の夜空に溶け込む。寒いけれど千歳君の気持ちだけで暖かくなるよ。千歳君があたたかい心を持っているから……だから横にいるだけで私はあたたかく、優しい気持ちになれるんだよ。




帰り道、冬の吐息



20101213

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