short | ナノ
好き、という感情に気付いたのはずっと前。それからと言うもの日に日に想いは増すばかり。だけどテニス一筋の彼に想いを伝えてはいけないと思った。それ以上にこの関係を崩したくなかった。
『部員とマネージャー』
この関係に満足している…とは言い切れない。それ以上の発展を望んでる自分を偽われるほど、私は器用ではない。けれども友達という立場に不満があるわけでもない。矛盾する気持ち…結局のところ次へ進む勇気がないのだ。
「蔵……私な、謙也のこと好きやねん」
部活後、部室にて資料を整理している蔵の手が止まった。今ここにいるのは私と蔵。コートにはまだレギュラーが残っている。私は書き終えた部誌をパタンと閉じた。
蔵は私を見て「今更やん」と呟いた。その顔は少し眉を下げながら優しく微笑んでいる。蔵は本棚から離れて私の斜め前に腰を下ろす。机に肘を突きながら私を見つめる蔵はとても絵になる。その美貌が少し…否、かなり羨ましい。
「今更って…、蔵にこのこと言ったっけ?」
「言われんくってもわかるでそれぐらい」
「顔に出てたんかなぁ…。そんなにわかりやすい?」
「んー…まあ俺そういうの鋭いから。気付いてるの俺ぐらいちゃう?」
「俺って完璧やし?」といつものようにどや顔をする蔵に思わず笑ってしまった。「で、どうしたんや?」と蔵は続けた。
「今の関係を壊すのが恐いんよ…でも気持ちは膨らむばかりで…。伝えたいけど伝えたくない。そんな自分が情けないよ…」
ぽつりぽつりと話す私の言葉を蔵は真剣に聞いてくれている。
『好きだけど今の関係から踏み出すのが恐い』
『この関係が壊れてしまうのが恐い』
恐い…と思っている自分が情けない。その癖、今の関係以上になりたいと願う自分がいるから厄介だ。矛盾する気持ちに胸が締め付けられる。矛盾が大きくなるにつれ謙也を想う気持ちも大きくなる。
「そんな暗い顔したらアカンで。いいやんか悩んでも。恋愛に矛盾なんか付き物やと思うで?」
「蔵も矛盾するん?」
「するよ。いっぱいすんで…相手を想えば想うほどいろいろ考えるやろ?好きなだけじゃアカンねん…」
「…どういう意味?」
好きなだけじゃアカン…? 今の私は謙也が好きで好きで堪らない。それだけじゃアカンっていう意味なのか…。
「え…、ああごめん。こっちの話や。…ええやん、謙也とお前お似合いやと思うで」
「そう……かな?」
「俺が言うんやから間違いないで。…そやな、あと恐いと思うんも当たり前や。でもそれは臆病やからやない。それほど相手を想ってるってことや」
真剣な表情をして私に語りかけてくる蔵。私の気持ちを汲み取ってくれる…そして私が欲しい言葉を的確に言ってくれる。たぶん蔵も私がこう言って欲しいと分かった上で話しているのだろう。
「無理に自分を着飾らんでいいねん。想っていることをそのまま謙也に伝えてみ?」
「それって告白しろってこと?」
「どやろな?…でも、そうしたいんやろ?」
「蔵って時々意地悪やんな。…もう…悩んでまうよぉ」
「大丈夫やて、俺が保証したるさかい…あ、みんな戻ってくるで。ほら暗い顔せんと、な?」
ニコッと微笑みかけてくる蔵はとても綺麗でかっこいい。その顔を見ながら私も少し微笑む。矛盾する気持ちも、恐いと思う気持ちも、全てを含めて恋なんやね。
最後に背中を押してくれた蔵に「ありがとう」と伝える。すると困ったように笑いながら「どういたまして」と返ってきた。
"愛=真心"ならば、
(この想いを伝えたい…、)
20101005
「白黒」様へ提出。
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