short | ナノ
自分の気持ちに気付いた頃、彼女には既に恋人がいた。しかも彼女の部屋で…まあ、うん、愛し合った後の…ね。気怠さ満載で俺を見る彼氏さんの目が怖いこと。彼女の色気が半端なかったこと。あの空気を思い出すといろいろと泣きそうになる。ちょっとだけな、ちょっとだけ。
「ひなさんやん」
いつものメンバーで居酒屋に行けば、そう後ろから声が聞こえた。俺が呼ばれたわけじゃないが後ろを振り向くと、いかにもお洒落でモテそうな男が立っていた。
「財前…?なんで?」 「なんでって俺ここのすぐ近くに住んでるし。てかひなさんこそなんでいるんすか?」
話し方からして年下であろう財前という名の男。顔を見ると酔ってるのか赤みかかっている。どうやら中学時代の後輩で俺らと同じ大学に通ってるらしい。ってかピアス派手過ぎ、もっと耳を大切にしようや。
「あー…部活の後輩だった財前です。経済学部らしい、です」 「どうもっす。てからしいやなくて経済学部やし。あんた話聞いてた?」
そう話す姿がめっちゃ生意気というか偉そうというか…。えー…どうやら一緒に飲むらしい。財前という名の男の連れもこっちに来て、サークル仲間は迎えてる様子。でもなんやろ、俺…。
なんかコイツ、好かん。
だいぶ飲んでるのか財前という名の男の連れも酔っている。こちとらもだいぶ飲んでるから「イケる口やなあ!飲もうよ友よ!」と、呑気な声が周りから聞こえた。しらふなのは俺とひなぐらいだろう。そのひなは財前という名の男(長いな名称)と何やら楽しそうに話している。なんやねんお前、やっぱ好かん。
それから暫く経ち、周りは完全に出来上がってお決まりの下ネタトークを炸裂している。たまっているだの、このAV女優がいいだの、この体位がいいだの…。仮にもひながいるのになんだかなあ〜。まあこれにもいい加減慣れたけど。適当に相槌を打ちながら聞いていると、財前という名の〜って長いから財前でいいや!むしろ奴でええわ!…とりあえず奴が話に入ってきた。
「だいぶ趣味偏ってますね」 「そうかあ?ってか財前君は絶対ドSやろ?なんか顔付きや態度からしてそんな感じや!」 「まあどっちかと言われたらそっちですね。でもそれ言うとひなさんはドMっすよ」 「っ、財前?!」 「えっ?!ひなそっちなん?!てっきり女王様かと…」
待て待て!!聞きたいが聞きたくないわそんなこと!!ひながSかMかなんて…し、知りたくない…よ? 当の本人はいきなり話を振られたことに戸惑いながらも否定している。あ、ちょっと顔赤い。…かわええなあ、相変わらず。
「だってあの人が彼氏やん」 「え、ひなって彼氏いるん?」 「…まあ」 「へー、知らんかったわ。てかその彼氏相当ドSなん?」
そう聞かれると奴は何やらタチ悪い顔でニヤッと笑った。コイツ…やっぱなんか嫌!
「Sってか、変態やんな?」 「…なんで私に聞くんよ」 「だって彼女やん。今まで何されてきたん?今後の参考に教えてくださいよ、先輩」 「なんやそれ?!そんな変態なん?!アブノーマル?!」 「だいぶエグイとこまでヤってると思いますよ。ね、ひなさん?」
そう話すと奴はさりげなくひなの腰へと手を伸ばした。ってか伸ばしやがった!なんやコイツ…ちょームカつくんですけど。マジで。
「…そんなことないもん」 「嘘や。いつやったかな?確か高三の夏に〜、」 「っ、ちょっと何言うの?!え、なに?!」 「言っていいんすか?」
奴はひなの腰を自分の方へとぐいっと引き寄せ、何やら耳打ちをする。すると見る見る内にひなの顔は真っ赤になり目を大きく開かした。
「っ、だめ!てかなんで、え、ユウジから?!」 「なんででしょ〜。でもユウジさんからやないっすよ」 「二人でなに盛り上がってんねん!俺らにも教えてぇや!」 「多分知ったら今度からひなさん見る目変わりますよ」 「そんなに、そんなにか?!」
とりあえずお前、その腰にある手を退けろ!そしてその内容を今すぐ俺に教えろ!
その後もひな弄りは続き…酔っ払いが一人、また一人と眠り込んでしまった。奴の連れはいいとして、酔っ払いを毎回家へと運ぶ比較的酔わない俺やひなの気持ちにもなってくれ。
「だいぶ潰れたなあ…どうするこいつら?俺ん家運ぶか?」 「私の家の方が近いし…こっちでいいよ」 「そうか(よし、これで俺もそんままひなん家行ける!)」
さてと、と立ち上がった瞬間。奴が「ひなさん家行くからそれ無理」と言った。
「来るの?」 「あかん?」 「いいけど…でも潰れちゃってるし、」 「ああ、そんなんほっといたらええって。とりあえず行きましょ」
そう言うと奴はひなの背中を押しながら玄関へと誘った。「え、でも…、」と言うひなの声が聞こえるが「大丈夫っすよ」と言う奴の声に掻き消される。
ぽつんと、置いてきぼりになる俺。周りには眠り込む連れ。
「ハア?!」
なんやねんアイツ…財前やったっけ…ほんま何様…てか俺はどないしたらええねん…ってか泊まるんか?!ふたりっきりで泊まるんか?!
すると奴が一人戻ってきて「これ俺とひなさんの」とお金を渡してきた。なんや無愛想やな…って渡し方雑過ぎやろ!流されながらも受け取り、奴の後ろ姿を見ていると「そや、」と声が聞こえた。
「あんた欲情し過ぎ。ひなさん見てる目めっちゃ男やから止めた方がええっすよ。…と、忠告しとくわ」
「あ、肝心なこと忘れてた。ユウジさんから伝言。『あんまひなの家入んなよ。一人でよう行ってること知ってるしな』…やって。敵に回すと恐いっすよ。ほな」
このあと俺がやけ酒したことは言わずもがな。
続・嗚呼無情かな。 (泣いてねえし…泣いてねえし!…ビビってねえよ!)
20111103
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