short | ナノ
薄暗い部屋の中、遮光カーテンが揺れる度ほのかな光が二人を照らす。
「…っ、ん…!」 「好きやで……愛しとる」
ユウジの呼吸と肌をダイレクトに感じると、次の瞬間、息が詰まった。正確に言えば呼吸が出来ない。ぼやける視界から見えたのはユウジの愛しそうな、儚い、艶美な顔。私の首を両手で這う姿。そして私は意識を離した。
「いくら何でも絞めすぎだよ。このまま逝くと思った」 「その台詞そのまま返すわ。締まり過ぎて先にイクとこやったわ」 「……」 「灰皿は?」 「ベランダ」
そう言うとユウジは怠そうにベランダへと出て行った。今だ整わない呼吸に息苦しさを感じて鏡を覗き込むと、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。ネックレスの鎖と彼の手の跡が、生々しく赤く染まっている。一本々々指の跡がわかり、おまけに爪のせいか皮がめくれじんわりと血が滲んでいる。
一服したユウジが私の横へ座るとベッドのスプリングが部屋に響いた。「ここ、見て」と首を指差すと、ユウジは何やら満足げな表情をした。
「エグい」 「自分がやったんでしょ」 「赤いなあ。痛い?」 「違和感がある」 「さよか」
付き合う前から感じてはいたが、彼がここまでサディストとは知らなかった。このようにされるのは初めてではないが、回数を重ねる度に行為は深くなっている。
たまに、この人は私を殺そうとしてるのではないかと……思ってしまう。
「あの二人結局別れちゃったよ」 「なんの話?」 「私の友達。覚えてる?」 「あー…なんや言ってたな。別れたんや」 「二人で話し合って、友達に戻ろうってなったんだって」 「へー、意味わからんわ」
「もし私が別れようって言ったら……どうする?」
ユウジの目を見ながらそう呟いた。彼は私に視線を移し、目を細くしジッと見つめる。暫くすると「殺す」と彼が呟いた。
「お前を殺してええんなら別れてやってもええで。そうかお前が俺を殺すんなら、別れたる」 「……なにそれ」 「別れるその最期まで、俺でいっぱいにさせたい」 「……結局、自分ばっかりなんだね」
平然と話すユウジにどこか恐さを感じた。それは「殺す」という死を連想させる言葉のせいではなく、さも当たり前かのように話す彼の思考が、恐い。日頃から冗談を言う彼はギリギリの所で嘘はつかない。だから、これも彼の本心であり実行するであろう行為。
ああもう、なんて彼はどうしようもないろくでなしなんだろう。
自分が異端であることに彼は気付いていない。自分が全て正しいとまで思っているであろう。そして、そんな自分に酔っているのだ。私を愛している、そんな自分が大好きなのだ。混沌たる感情の海で自ら溺れようとしている。そして、私はその彼に道連れにされている。
「私まだ死にたくないな」 「お前が別れるなんて言わへんたら生きられる」 「さも私の全てがユウジみたいな言い草だね」 「実際そうやろ。幸福や恐怖、絶望も俺がお前に与えてるってまだ気付かんの?」
感情のまま身を捧げるって、意外と辛くて快感なんやで?
そう綺麗に笑うユウジはとても美しく、既に身体全体、そして心さえも深海へと道連れにされていることに気付いた。いや、正確に言えば……彼から離れないよう必死にしがみついている自分に、気付いた。
Sentimentalism (感情という名の海に溺れようか。貴方と共に。)
『主義/ISM』様に提出
20110427
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