short | ナノ
歩いている学生を掻き分け走る。後ろから声が聞こえるけれど、それでも私は止まれない、止まらない。
卒業間近だというのに今の私はなんだろう。春からは学生じゃなくなる。大抵の友達は社会人になるというのに未だに就職先が決まらないひな。卒業旅行なんかそっちのけで就職活動をしているのに尽く不合格ばかり。日に日に積もる嘆きや嫉妬、そして自己嫌悪の毎日。彼と会ったら不平不満を漏らしてしまいそうで連絡を絶っていた。
「ちょ、っ!待てって!」
「っ嫌や……来んといて!」
メールも電話も返さないでいたら痺れを切らした謙也が学校までやって来た。久々に会う謙也は最も今会いたい人だけど、同時に最も会いたくない人。弱音を吐きたくないし、惨めな姿を見てほしくない。そう思うと自然と体が動いていた。
「話聞けって!」
「…っ、やだ…!」
「ひなっ!」
ハアハアと息が切れてきた。普段運動しないせいで足が縺れそうになる。後ろからは謙也が私を追い掛けてくる。
(嫌だ、今の私はあなたに会いたくない。)
ガシッ、と腕を捕まれて後ろによろめく。後ろを振り向くと少し息を乱した謙也がいて、同時にギュッと抱きしめられた。
「離してよっ、」
「嫌や離さん」
「…―っ、謙也!」
つい大声になってしまった。その腕を振り払うと謙也の表情が曇った。歩いてる人、ベンチに座ってる人…周りにいる人が何事かと私達を眺める。その視線や自分の行動に居た堪れなくなり下唇を噛む。なんて馬鹿なことをしているんだろう。そう頭ではわかるけど、再び走ろうとする私。
「俺、アメリカ行くねん!」
そう叫ぶ声。後ろを振り向くとそれはやっぱり謙也が発したもので足が止まる。アメリカ……?謙也、が……。
「親父の奨めでアメリカの大学病院で研修生として行くことにしたんや。どんぐらい向こうにいるか分からんし日本に帰れるかも分からへん」
「……嘘、そんな…、」
「ほんまや。これを伝えようとしてやって来た」
目の前が暗くなる。私は日本で謙也はアメリカ。何処からか終わりの鐘の音が聞こえて来る。それはまるで私達を引き裂くみたいに…。聞きたいことや言いたいことが溢れるのに言葉にならない。呆然と立ち尽くす私。
「向こう行ったら今以上に勉強しなアカン。休みなんかあるんかもわからんし給料やって研修生やから少ないかもしれん。……それでもよかったら俺と一緒にアメリカに来てほしいっ…!」
「……!」
「苦労かけると思うし大変やと思う!でもお前一人ぐらいなら養える…、養う!だからずっと隣におってくれ!」
予想外の言葉に頭が真っ白になる。いつになく必死で、そしていつになく真剣な謙也。一緒に来てほしいってことは……ずっと隣にいてくれってことは……そんな……都合よく考えちゃうよ。都合よく考えちゃっていいの?
「……英語話せないよ」
「そんなん生活したら覚えれる。それに俺が教えたるっちゅーねん」
「……パスポートないし、」
「そんなんすぐ準備出来る」
「料理だって…掃除だって」
「俺も手伝う」
「私…、何も取り柄ないし……っ、謙也に甘えてばっかりだし…、」
「ひながおってくれたら充分や」
「っ…でも…、でも!」
「もうええから…俺はお前といたい。返事は?」
小さく「……はい」と呟くと、今までに見たどの笑顔よりも優しく微笑む謙也が私をそっと抱きしめた。いつの間にか周りにいる学生から次々と拍手が沸き起こる。その拍手やおめでとー!という声援に顔が真っ赤になる。なんて恥ずかしいことをしたんだろうっ!お互い目を合わせると「なんや目立ってもうたな」と謙也が照れ笑いをした。
Blue star (お前が頑張ってたん知ってるで?これからもよろしくな。)
20110223
ちなみにブルースターとは青い小さな花です。花言葉は『信じる心』『幸福な愛』です。
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