short | ナノ


時が経てば以前のように再び歩き出した。すれ違いがあったがあんなにも愛し合ったのに……。人間というのは哀しいものかもしれない。



(かったるいな…。)
そう思いながら一氏は放課後ある教室へと向かう。進級して最高学年になった。今日は先日決めた委員会があるらしく、部活へ早く行きたいと思いながらも扉を開ける。



「来るん遅いわ」



そう言うのは白石で、どうやらこの委員会の委員長らしい。軽く睨むと空いている席へと座る。ふと横を見ると見慣れた…、いや、懐かしい顔があった。



「ひな…、」

「…久しぶり…。」



そこにはひなの姿があった。以前と変わらず少し控え目な声、そして何とも言えない困ったような切ないような表情をしている。


暫く見つめ合う二人。「ほな皆集まったことやし委員会始めるで」という白石の言葉で目線が離れた。



(久々に会ったな…)
以前よりも少し綺麗になった彼女。そんなことを思いながらぼんやりと白石の言葉を聞く。小一時間ほど経つと委員会は終わり、各々が教室を出て行った。ガタッと席を立つ一氏に「あのっ、」とひなが声をかけた。



「春の大会、おめでとう」



春休みに行われた大会で四天宝寺は見事優勝した。ダブルスで出場した一氏も見事その試合に全て勝ち、そのことをひなは知っていたのだ。



「ああ、ありがとう」

「テニス頑張ってるんだね…これからも応援してるよ」

「……おう」



ふわっと笑う懐かしいひなの笑顔。その笑顔を見ると昔のことがいろいろと蘇り、一氏の胸は少し苦しくなった。


(以前にはもう、戻れない)


そのことを思い示すかのように、ただただ苦しくなる。その髪や頬だってもう触れない。柔らかく温かかったその身体をもう抱きしめられない。時間が経って想いがもうなくなったと思っていたのに……、胸の奥底に閉まっていたかのように、何かがふつふつと込み上げてくる。



「ほな」

「うん…」

「あっ……いや、なんもないわ。またな」



何かを切り出そうとしたその刹那。もどかしかな、何を言えば言いかわからず、そのまま一氏はひなに背を向け歩き出した。何を伝えればいいのか?そもそも何故伝えようと思ったのか……。角を曲がったその場所で矛先のない苛立ちを壁へぶつけた。握りしめた拳からはじんじんと痛みが伝わり、それは身体を蝕んでいった。






遠ざかる一氏の後ろ姿を、ひなは見えなくなるまで見つめていた。久しぶりに会った彼に胸が疼く。「ひな」と名前で呼んでくれたことに、私達は付き合っていたんだと実感した。それと同時に、それは過去の遺物であって私達は別れたんだとも思った。


相変わらず一氏君は一氏君だった。その目付きや言葉も以前と変わらず存在していた。だけど、付き合っていた頃よりも少しだけ大人びた彼。ますますかっこよくなる彼に、ひなは少し悲しくなった。


(これから先もますます彼は美しくなるんだろうな…)


たくさんの人と出会い別れを繰り返し、そしてその中で、かけがえのない人と出会う。もう肩を並べて歩く機会もないだろう……彼の横には違う女性が並ぶのだ。そうとわかってはいるが、それを素直に認めたくないひな。そして彼女は気付いた。


(まだ私は彼のことが……、)


思いかけた言葉をグッと飲み込んだ。別れを告げたのは一氏だったが、そう仕向けたのはひな。それなのに悲しんでいる自分勝手さに自己嫌悪。弱くて情けない自分を責める…。結局のところ傷つくのが恐いのだ。その恐さからひなは逃げてしまった。


ただ眺めるだけになってしまったひな。でもそれは昔と同じ。一氏と付き合っていた時間は幻ではない真実だが、それは限りなく幻に近かった。


(ほんの少しだけ神様が私に夢を見せてくれたんだ…。大丈夫、これでまた日常に戻れるんだよね…?)


自分に言い聞かせるように、ひなは一歩、また一歩と一氏とは反対の方向へ歩き出した。その一歩一歩が二人の心の距離をも引き裂く最後の手段ともなった。




瞳を閉じれば君の心に支配される、君の影を追いかけてしまう。何年後かに君と偶然出逢いたい。その時は心を決めて君を奪うから。


20110211