short | ナノ


別れを告げられた。
それはユウジ君が私にくれた最後の優しさだった。
その優しさに、涙が出た。




 ズレが生じはじめたことを気付いていたのに、私は気付かないふりをした。理由は繋ぎとめたかったら…。ただ、ユウジ君との関係を繋ぎとめたかった。だけど、それがいけなかったのかな……。



 告白された時は驚いた。今までさほど関わりがなかった私たち。ただのクラスメイトだった、私とユウジ君は。もともとお喋りじゃない私は大人しい普通の女の子で、容姿も至って普通。勉強が出来るわけでもなく、スポーツが出来るわけでもなく、周りに気を配れるほど優しさに溢れる人でもない。



 だから戸惑った。お前が好きや、といつものように淡々と話すユウジ君は私の何処に惹かれたのか。何処を好きになったのか。それでも、私は嬉しかった。私もユウジ君に淡い恋心を抱いていたから。



「川瀬、帰るで」

「う、うん!」



 部活がオフの日は一緒に帰った。川瀬、と呼ぶ声はいつも通り抑揚がなく独特の気怠さを感じさせる。でも、ふたりっきりになるとひな、と呼んでくれる。その声もいつもより優しくて…、名前で呼んでくれることに【恋人】を感じさせてくれた。恋人を、与えてくれた。



「あの、明日のことだけど」

「すまん、ミーティングが入って行かなアカンくなったねん」

「そっか…、じゃあまた今度にしようね」

「ああ。ごめんな」

「ううん、大丈夫だよ」



 こうやってデートがなくなることだってしょっちゅうあった。その度に私は「大丈夫」と言って笑っていた。そう、大丈夫だと思っていた。



 急に、それは突然やってきた。今までの我慢が溢れ出したのか、はたまた理性が途切れたのか。



 ユウジ君が、恐くなった。



 ある日、廊下で談笑しているユウジ君を見かけた。横にはいつものように小春ちゃんがいて、珍しいことに女の子も混ざりながら数人で喋っている。ありきたりな、ごくごく普通の光景。無愛想なユウジ君が笑っている…、そんな光景を第三者として眺める私。



 ユウジ君達を眺める人、その人達も含めて眺める私。第三者というよりも、写真やテレビ越しで眺める気分になった。恋人という一番近い距離にいるはずなのに、一番遠い存在になった気がした。その時から私の中で何かが変わった。



 デートなんか数える程しかしてなくって、二人の時間は刻々と減っていった。その度にユウジ君は埋め合わせをしてくれるのに、私はそれを拒むようになった。二人でいると苦しくなった。ユウジ君といればいる程、辛くなった。恋人を与えてくれるのに、それでも決して恋人になりえないと痛感する時間。結局は混ざり合えないのだ、私と貴方は。



 最初の頃は「ゆっくり休んで?」「今度お出かけしよう」そんな言葉でごかしていたが、次第にユウジ君もそんな私に違和感を覚えはじめた。



「なあ、なんでいつも断んねん」

「えっ…?」

「お前いつもごまかすやん。そんなに俺といたくないんか?」

「そんなんじゃないよ…、」

「…もうわからんわ」



 その頃からズレは目に見えて現れた。時に甘い雰囲気にもなるが、それでも得も言われぬ冷たい時間が流れた。お互いがわだかまりを持ちながら、それでも核心に触れない日々が続いた。心ではユウジ君のことが好きなのに、それでも素直になれない。愛なんて言葉、私には早過ぎた。



 痛い思い、辛い思いをユウジ君にいっぱいした。そして私も同様にユウジ君からされた。言葉や態度が冷たく痛くなる度に、そうさせてしまったのは私のせいだと感じた。だけど私はそうさせてる原因が自分だって思うと、不謹慎ながら嬉しくもなった。彼の目に、私はまだ映っているんだ…と。



 それでも繋ぎ止めたかった、私とユウジ君の関係を。この矛盾する思いが日に日に重くなる。別れた今だって、この矛盾は消化されずに胸の奥に佇んでいる。



 別れることは思いの外、心に傷をつくる。別れを言われる方が傷つくと思いがちだが、実際は別れを切り出す方が辛い。そして私はユウジ君に別れを言わせてしまった。ユウジ君は最後の最後まで辛い部分を引き受けてくれた。



 私を傷つけまいと、言葉を遮って、彼は別れを告げた。






最後の最後まで彼は優しい人でした。その優しさに私は今でも胸が裂ける、変わったのは私。


20110120