short | ナノ


 窓の外は雨だった。


 昼過ぎから次第に薄暗い雲が青空を侵食していた。そしてつい先程、パラパラと雨が降りはじめた。決して雨音が大きいわけじゃない。然しながら、沈黙したこの空間ではやけに大きく聞こえる。






「…話が、あるの。」



 沈黙を破ったのは一氏ユウジの前にいる川瀬ひな。その言葉に一氏は窓を見ていた視線を彼女に移した。眉が少し動いたことを、ひなは知らない。



「どうしたんや?」



 いつもと変わらぬ声と表情。放課後の教室、天候も相俟ってか部活以外の生徒はいない。少し俯いたひなの横顔は、何かを物語っている。



「私、ちゃんと返していたかな…、ユウジ君に。こんな私だから、それがいつも不安だった…。」



 主語のない会話。一氏は微動だにせずひなの言葉を聞き漏らさないよう、耳を澄ましている。



「好きだよ…愛してる…、」


……っ、だけど、…私、…」



そう言うとひなの頬に一筋の涙が零れた。次から次へと溢れる涙、今にも声を出しそうな…、しかしそれを堪える彼女に一氏は手を差し延べた。



「ありがとう…。泣かしてごめんな…、」



 一氏はひなの涙を指で拭い、そっと頭を撫でた。






「ひな、……別れよう。」






 窓の外は相変わらず雨が降り続けている。ポロポロと涙が零れ落ちるひなを見つめる一氏。その姿は今まで見たどの姿よりも、一番綺麗だと彼は思った。




「これだけは覚えてて…、俺もお前のこと、愛してた。」




 自ずから彼女の背中に回した両腕が震えている。然しながらその両腕は、ただ空気を掴んだだけだった。触れられない、もうひなを抱きしめられない。



 尚一層、雨は強く降り続けた。沈黙を破るかのよう、降り続けた。





冷たい雨が降り続く中、それは澪音となり二人の間を切り裂いた。



20101217