short | ナノ


本日の講義が終わったお昼頃、友達と少し喋ってから家に帰ろうかと校内を歩いていた。もうじき学園祭が行われる為か、屋台であろうブースや何やら打ち合わせをする人達があちらこちらいる。「うちらもライブ成功させよな」と話す柊ちゃんの言葉に頷いた。すると校門付近でひそひそとざわつく声がする。



「どしたんやろ?なんか騒がしいよなぁ?」



柊ちゃんがそう首を傾げる。確かにざわざわしておかしい。辺りを見渡すとみんな同じ方向を見ているので誰かいるのだろうか。



「なんやろね?誰かいるんかなあ?」

「テレビとか?」

「うーん…、」



そう喋りながら校門を通ろうとしたら誰かが地面にしゃがみ込んでいる。『ミャー』という鳴き声がして視線を動かせばちっちゃな猫がいた。(猫にみんなざわついてたのかな?)そう思いながら視線を前へ戻そうとした瞬間、むくっと猫を撫でていた人が立ち上がった。



「むぞらしかぁ…」



聞き慣れたその声と訛り、その大きな身体、うねった髪型に反応して顔を見る。するとそこには九州にいるはずの千歳がいた。



「えっ…千歳?」



そう声に出すと千歳はこちらを振り返り、ふわっと笑いながら「久しぶりたい」と呟いた。



「久しぶり…って、え?!なんでいるの?!」

「ひなの顔ば見たくなったけん、会いに来たっちゃ」



そう話すと私を抱きしめる千歳。足元には先程の猫がミャーミャー鳴きながら私達を見上げる。柊ちゃんは「あらまぁ…」なんて言いながら見つめていて、周りの人達も道端で抱きつく私達(って千歳がだけど)をジロジロと見ている。突然のことで私はパニックになり頭がついていかない。



「んー…やっぱりひなは心地好か…癒されるばい」



そう耳元で囁かれた後、千歳の腕がそっと離れた。相変わらず何が起こってるのかさっぱりな私は目をパチパチさせることしか出来ないでいる。暫くするとようやく事態を掴めて何とか頭が回ってきた。



「れ、連絡でもしてくれたら良かったのに……いきなり来たからビックリだよ」

「携帯忘れてきたけん連絡出来んかったとね」



いやいや家出る前に連絡しようよ千歳くん。以前と変わらぬ笑顔や性格に内心ほっとすると「彼氏さん?」と柊ちゃんが聞いてきた。こくりと頷くと柊ちゃんはニヤニヤした顔で私と千歳を交互に見ている。



「なるほど…だから騒がしかったんか。話では聞いてたけど想像以上に男前やね。…ほなうちは先帰るわ!ほなまたなひな、それと彼氏さんも!」



そう話すと柊ちゃんはその場から離れて行った。ぽかんとしていると千歳は私の頭に手をぽんと乗せ「なかなか愉快な友達とね」と笑顔で言った。



「とりあえず少し眠たか」

「じゃあお家来る?」

「お邪魔するばい」



そう話して私の家へと向かう。不意に伸ばされた彼の左手に右手を重ねる。久々に絡めたその手はやっぱり大きくて温かい。その温もりは以前と変わっていなくて…何故かほんの少しだけ涙が出そうになった。アパートに着いて部屋へ招く。日頃から掃除をしていて良かったな、と自分をちょっとだけ褒めたくなった。



「お邪魔するけん」

「どうぞ」

「綺麗にしとっとね」



部屋を見渡して千歳がふわっと笑いながらそう告げた。いつもは一人でいる空間に千歳がいる。ただそれだけなのに温かく明るい空間になる。それは千歳の持ち前なのか、私の感覚が左右しているのか。どちらにしても千歳の存在はやはり私には大きいと改めて感じた。



「…にしてもベッド大きかね。なしてこんなに大きか?」



ゴロンとベッドに大の字で寝転ぶ彼がそう告げる。千歳の横へと潜り込んで彼の身体をギュッと抱きしめる。逞しい胸板に顔を寄せればそっと千歳の腕が回されて私を優しく抱きしめ返した。



「何でか知りたい?」

「知りたいっちゃ」

「……寝相が悪いからだよ」



そう答えると「そげに暴れると?」と小さな笑い声が聞こえた。



「ところで授業はいいの?ちゃんと学校行ってる?」

「んー…まあ大丈夫ばい」

「本当?心配だなあ…」

「……なあひな、」

「なに?」



「一緒にいてやれんくて、ごめんな?」



顔を上げれば哀しい顔をする千歳と目が合った。今までそんなこと言われなかった私は…不意に目から涙が零れた。見られたくなくて急いで顔を再び胸板に戻すと、ギュッと強く抱きしめられた。



「……大丈夫だよ。少し離れてるだけだもん」

「うん」

「……こっちには柊ちゃんも、サークルの仲間も、白石や謙也だって時々会ってるもん」

「うん」

「……寂しいのは千歳のはずだから…、私は大丈夫だよ」

「うん」



ぽんぽんと頭を撫でられる。震える声や身体をあやすように、千歳は私を優しくふれる。暫くして涙が止まるのを待つと、ゆっくり顔を上げた。



「ねえ千歳……キスして」



頬に手を添えられて、ゆっくりと瞼を閉じればふんわりと重なる唇と唇。その感触を、その味を、その愛しさを蝕むように深くなる口づけに再び涙が頬を伝う。


会えない時間が愛を育む。


そんなのは嫌だ。千歳の横でひと時も離れず愛を囁きたい。愛を感じたい。貴方を感じたいよ…。



「ひな……、愛しとうよ」



でも、それが出来ないのも事実。だからお願い、もっと愛を私に頂戴。もっと私を求めてください。もっと私に、貴方をください。今だけでもいいので……私にください。





切望



20101030