short | ナノ


サークルの飲み会終わり、ほろ酔い状態で帰宅する。徐に鞄から鍵を取り出し扉を開く。少しふらつく足、脱いだブーツはぐちゃっと床へ倒れるが気にせず部屋へ上がった。電気を付けてベッドへダイブする。



「少し飲み過ぎたかも…」



ぽつりと呟くその声は無情にも静寂した部屋に響いた。学生向け一人暮らしアパートの此処は、外観も室内もそこそこ綺麗。部屋の広さは至って普通。しかしながら一際大きいこのベッド。小柄な自分には似つかわしいダブルベッドの上で大の字になる。



『シングルは狭か。せめてセミダブルがいいとね』



そう話していた一年前。貴方がそう言ったから思いきってダブルベッドを購入した。初めて私の部屋に来たら驚かせようと、内緒で購入したのに…。


サークルの友人を部屋へ招くと口を揃えて「なんでダブルなん?」と言う。その度に私は「寝相が悪いから」と笑いながら答える。本当は違うのに…でも真実を言えないのは貴方のせいだよ…。言葉にしたら泣きそうになっちゃうから言えないよ。それも全部貴方のせい。そう心で思う度私は苦しくなる…寂しくなる…。



『実家に帰らないといけんくなったばい』



入学式の二週間前。
突然貴方は私にそう告げた。


3駅離れた別々の大学へ通うことになっていた私達。それでも近いから『お互いの家に遊びに行けるね』『今週は私の家だったから来週は千歳の家に泊まろうかな』……そんな想像をして私はとても楽しみにしていた。今までは両親に何かと理由を付けて泊まりに行っていたが、一人暮らしになったらその必要もない。思う存分一緒に居られる。夜も朝も、数え切れないぐらい貴方と迎えられる。そう思っていたのに…。



「大き過ぎるよ…」



本来ならばこのベッドに貴方と私が並んで寝ているのかな。寝返りをしても余り切るこの空間だけど、貴方とだったら調度すっぽりと納まるのかな。考えれば考える程胸が締め付けられる。諦めと同時に何とも言えない感情がふつふつと込み上げてきて決壊しそうになる。


私に告げた貴方の顔を今でも覚えている。いつもの優しい表情ではなくて冷静かつ真剣な顔だった。寂しさを表す訳でもなく、申し訳なさや諦めを表す訳でもないその表情。少し泣いてしまった私に「ごめんな…」と私の頭を撫でた貴方はふっと笑った。眉を下げて切ない表情をする貴方を見て、『ああ…本当に行っちゃうんだ』と思った。



「千歳……一人だったら大き過ぎるよ…」



この大きいダブルベッドも、この静寂した空間も、この心の隙間も、全て埋められるのは貴方だけ。貴方しかこの隙間は埋められないよ。だから早く埋めてよ。ぽっかりと空いたこの穴を塞いで下さい。溢れるぐらいの貴方を、私に下さい。




渇望
(ただ、貴方が欲しい)


20101029