short | ナノ



食事の前には戴きます。
食事の後にはご馳走さま。
朝起きたらおはよう。
夜寝る前にはおやすみ。


無意識に発する言葉と動作。このことに意味があるのかないのかなんてどうでもいい。命を戴きます、どうか良い夢を、そんなこと思いながら言う人はごく稀だろう。


それと同じように私の横にはユウジがいた。いつからなんてわからない。過去の物質を見れば赤ちゃんの私達が寄り添って寝ている。私達を見て多くの人が同じ台詞を言う。「双子だけど顔は似てないね」そして「でもやっぱり双子だから性格は似ているね」そんなことを今までどれほど言われたであろうか。




「眠れんのか?」


静寂に響くひとつの声。ふと横を見れば切れ長の瞳とぶつかった。自分の部屋があるというのに、それでも同じベッドで手を絡めながら眠りにつく私達。朝起きればぐちゃぐちゃに混ざり合って布団もシーツも乱れている。それでもユウジがいないと安心して眠れない、そしてユウジも私がいないと眠れない。そこには何があるというのだろうか。



「さっきまで眠たかったのに…目が冴えちゃった」


「俺もや」


「…あしたは雨だったらいいな」


「ゲームの続きできるな」


「まあ晴れでもできるけど」


「太陽から逃げたい」


「ユウジ肌綺麗やもんね」


「ひなもな」



ぽつりぽつりと言葉が交わされる。時計を見れば深夜2時で、閉め切られたこの空間には音も光も何もない。あるのはただ手から伝わる温もりだけ。



「ひな…、」



ふと唇に何かが当たる。それは暫くしてからゆっくりと離れた。何かが、なんてわかっている。その行為もわかっている。それでも気付かないフリをするのは罪悪感か歯止めなのか。



「なあ、ひな…、」



ゆっくりと繋がれた手が離れて衣服に忍ばれる。掌で感触を味わうかのように肌を滑る彼の手。こそばゆさともどかしさを感じるこの手が、ゆっくりと上へと上がって来る。体勢を変えたユウジは、もう片方の手で私の腰を捕らえる。上までいったその手が再び下へと戻る。するとその手はあろうことか下着へと伸びていく。



「ダメ、」


「なんで?」


「…なんでも」



不機嫌な顔をするユウジがぼんやりと暗闇に浮かぶ。その顔を見つめながらこの先を拒む私。少しだけ胸が痛んだ。



「間違ってないはずや」


「いや、間違ってるよ」


「道理とかそんなん俺には通用せえへんで」


「でも…これは間違っているんだよ…、」



不機嫌な顔が色を変える。切ない色になったユウジを顔を見ると、涙が出そうになる。わかるよ、ユウジの気持ちは。痛いほどわかるし伝わってくる。でも、だからこそこれはいけないこと。私の気持ちもユウジには伝わっているはず。もともとひとつがふたつになったようなものだ。言葉なんか要らないほど私達は重なっているから。




「だれが、とめるの?」




そう話すと目から涙が零れた。このまま感情に任せて身を委ねることが出来ればどれほど楽だろうか。お互いが混ざり合えればどれほど幸せなことだろうか。でも、私達の幸せは本当の幸せではない。本当の幸せにはなりえない、むしろ正反対なものになってしまう。


こう思っている間にも目からは涙が一向にとまらない。そんな私を見てユウジはとても悲しい顔をした。身体が震えているのが伝わる、ああ…ユウジも泣いている。全身で泣いているんだ。決して液体として泣かないユウジはもっと辛くて悲しみに染まっている。それでも私の涙を唇で拭う彼は優しい。その優しさにふれると尚更泣きたくなる。




「なあ…なんで俺とお前はバラバラなんやろ」




そう囁くユウジは再び手を絡めてきた。そのことばを咀嚼すればするほど矛盾に気付く。もし私達が実体までひとつになればユウジは言うだろう。


『なあ、なんで俺とお前はひとつなんやろう』


つまりはどうすることも出来ないんだ。だったらこのまま時間が止まればいいのに。これ以上の苦しみも、これ以上の幸せも私達にはないから。だから、このまま二人でとまればいいのに…。





20101017