short | ナノ
別に偽善者ぶってるわけやない。『好きな人が幸せならば俺は身を引こう』そんな理念なんか持ってへん。そこまで他人を優先させるほど綺麗な人間やない。でも、だからこそ俺は背中を押したった。
なぁ、この気持ちをどう伝えたらええんやろう…。
謙也からメールが来た。『話がある。外に出て』と珍しく絵文字も何もない短文。やっぱりか…と思いつつ玄関の扉を開けると制服姿の謙也がいた。
「急にすまんな」
「別にええで。部屋上がるか?」
「公園でええわ」
そう会話を交わすと近くの公園へ行った。普段はこどもが遊んでいるここも、夜はひっそりと暗闇の世界。適当に腰をかけて夜空を眺める。「今日はえらい星が見えるなあ」と呟いた。そして謙也は徐に話始めた。
「なんで俺が来たか分かってるやろ?」
「……(ああ、分かってる)」
「…今日、部活終わってから告白されたねん。前からずっと好きやった子にな。めっちゃ嬉しかったわあ…まさか俺のこと好きやったなんてな…」
謙也の言葉をひとつも聞き逃さないように耳をすませる。ゆっくりと、そして思い返すように話す謙也はぼんやりと空を見上げてる。
「だから返事したねん。俺も好きでした…って。いろいろと考えた、でも好きな気持ちは譲れんし偽りたくないしな」
「……」
「それで一緒に帰ったねん。何度か二人で帰ってるけど新鮮やったわ。それでな、彼女が不意に言ったねん。
『蔵に感謝しやんとな』
ってな…」
そこまで話すと謙也は暫く黙り込んだ。ああ…何が言いたいんか分かるで。でもな、それでも俺の気持ちは変わらん。
「もう分かるやろ?告白した子も俺が好きやった子も、俺が今から何が言いたいんかも」
「…ああ」
「なんやねん…。俺、お前も好きなこと知ってたで…。そやのになんで…なんでや?好きなんちゃうかいお前」
「ああ、好きやで」
「せやったらなんで背中押すような真似したねん!応援のつもりか?!俺に譲ったつもりか?!そんなんちっとも嬉しないわ!」
声を荒げて俺に怒鳴る謙也。静寂だった公園は一気に色が変わった。
「譲るとかそんなんやない…応援のつもりでもない。ただ、思ったことをそのまま伝えた。その結果、あいつが動いただけや」
「ハア?ほなお前は好きやなかったんか?伝えたいとかそんなんなかったんか?!」
「だから好きやで…今も好きや。でも付き合いたいとかそんなんやあらへん。ただ、大事な存在なんや」
俺の意味に納得しないのか依然怒りが治まらない謙也。この気持ちをどう伝えたら良いべきか、ゆっくりと口を開いた。
「ほんまに、ただ大切な存在なんや。好きかと聞かれたら好きや。でもこれはたぶん愛やねん。しかも恋愛じゃない…ただ、愛おしいだけやねん」
「…意味わからんわ」
「好きやから恋人になりたい。手繋ぎたいキスしたい…心も身体も繋がりたい。それだけやないねん。愛の在り方はそれだけやないはずや。俺はその別の方やねん」
「……」
「あいつは俺にとっては特別な存在や。そこには愛がある。でも謙也があいつに向ける愛とは違う……。すまん、言葉足らずやけど俺が言えるのはこれだけや。これ以上の気持ちを伝える術がわからへん」
愛、という抽象的なものを出してしまった。でもほんまにこれが精一杯で、これ以上俺は何も言えない。あいつと謙也が付き合う…恋人になる。俺にとってこれ以上幸せな形はないと思う。あいつと同様、謙也も大切な存在やから。
沈黙が走る。俺が話終えると謙也は俯いた。そのせいで表情はわからないがなんとなく雰囲気でわかる。
どのくらい時間が経ったであろうか。謙也は顔を上げて一息つき、ただただ真っ直ぐと前を見つめている。
「…なんとなく伝えたいことはわかったけど、俺はそれを理解出来ひん」
「…そっか。でもええで、理解なんか出来んでええ。このことをお前に言えてよかった」
自分ですら明確にわからないこの気持ちをお前に分かって欲しいとは思わん。そこまで望まない。でも、偽りのない気持ちを…自分の中で解消出来たこと全てを伝えられて俺は嬉しく思った。
空を見上げるとやっぱり星が綺麗で、俺の気持ちもいつかこんな風に綺麗に表すことが出来たらええな…。
あいつを思うこの気持ちは愛なのか本当のところわからへん。それでも、愛であってほしいと思う。俺と謙也の気持ちは同じなはず。ただ、その前提が違うだけ。
夜風が俺と謙也の間をすり抜けていく。ただただ月明かりだけが、俺らを優しく包み込んだ。
"愛=真心"ならば、
(偽りない真実の心…。)
「白黒」様へ提出。
20101005
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