一通の封筒を手に取れば、伸びたその腕がおかしくも少し震えていた。緊張…不安…それとも武者震いなのか、今はわからない。 「光、封筒届いてたで」 帰宅すればそう母が言った。リビングのソファーに座り封筒を開ければ、予想通りチケットが二枚入っている。当初は前回と同じよう謙也君を誘うつもりだったそれ。 (さあて、どうしよか。) チケットを見つめながらひとつ溜息をつく。脳裏に浮かぶのは彼女の姿だった。 「ここから飛び降りたら空を飛べるかなあ」 昼休み、いつものように屋上に来たら川瀬さんがいた。手摺りの前に立ちながらそう呟く彼女は何処か遠くを見ている。 「自殺志願者?」 「違うよ。空を飛びたいっていう話。こんだけ文明が進んでるからいずれは人間も飛べるかな」 「随分と夢見てますね。まあ飛べるんちゃう?薬でも使ったら」 「そういうトブはいらん」 「そうですか。まあ人間が考えることは現実に起こり得るっていう言葉ありますし…頑張ってください」 淡々と流れるこの時間が好きで、こうやって独り言のようにくだらない話をする。川瀬さんは相変わらず何処か彼方を眺めている。彼女の横へ移動するとちらっと俺を見て、再び彼女は前を向いた。 「なんでこんな極端なんやろって時々自分で思うねん。」 「極端て?」 「興味あること以外興味ないねん。好きなもんには執拗以上に追求してしまう。それは音楽やったりテニスやったり、趣味のパソもそうやな。極端過ぎて呆れてしまうわ」 「それがどうしたん?執拗でも何でも追求したい、っていう気持ちはいいと思うよ」 「川瀬さんは興味揺さぶられるものってありますか?」 暫く沈黙になる。川瀬さんは遠くを眺めながら考え込んでるのか、少し眉間に皺が寄った。「特にない…かなあ…」と、彼女は途切れ途切れ呟いた。そして「音楽も私にとっては起伏剤でしかないと思うし」と、続けた。 「そんなこと聞いてどうしたん?」 「初めてその対象が人物に向いたねん。今まで他人とかどうでもええって思ってたけど…。今ではその人のことが知りたくてしゃーない。気になるねん…、 俺、川瀬さんのこともっと知りたい。好きっすわ、アンタのこと」 「…っ、え…」 「で、これあげる。もし川瀬さんも俺のこと少しでも知りたいんなら…少しでも思いが重なるんやったら来てください」 そう告げると封筒を差し出す。中身はもちろんライブチケット。川瀬さんは丸い瞳を一層丸くしながら俺を眺めている。突然の告白に驚きを隠せていない彼女。その姿すら愛おしさを感じた。彼女はゆっくりと封筒を受け取ると「私…わからない」と呟いた。 「好きとか…その、恋愛っていうものがわからない。…だから私、」 「深く考えんで。ただ単に、俺のことをどう思ってるか…暫くの間考えてほしい。俺は川瀬さんの素直な気持ちに触れたいねん」 「……、」 「断るんやったら来なくてええ。……ほな、戻りますわ」 依然として立ち尽くす川瀬さんに微笑み、そして俺は逃げるように屋上を去った。ポケットからi podを取り出すと、奇しくも幸せな恋人達の歌だった。 誰かを愛することなんて (好きなんや、アンタのこと) 20110205 [*前] | [次#] |