アネモネ | ナノ



屋上で川瀬さんと会ってからというもの、ちょくちょく校内で彼女を見かけるようになった。それは廊下や購買、中庭だったり…。以前にもこのように川瀬さんと至近距離ですれ違ったことがあったかもしれない。しかし、あの時ライブハウスで話したことがきっかけでこのように意識するようになった。前ならばすれ違ってもその他大勢の気にも留めない人やったのに、今では意識する存在になっている。人との出会いは不思議だと柄にもないことを頭の片隅で思った。


しかしながら相変わらず川瀬さんのことはようわからん。そもそも見かけても話さないことが多い。人が少ない時は挨拶や軽く話しをするが、俺がクラスの奴とおったり周りに人が多い時は大概無視される。俺も知り合いがいても無視することがある癖に(特にいちゃついとる時のユウジ先輩と小春先輩)(一回捕まるとなかなか離してくれへんし)、川瀬さんに無視されると何故か無性に腹が立つ。それと同時に悲しい気持ちにもなった。



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朝のHRが終わり鞄の中から本を取り出そうとしたら見慣れない物体があった。ちっちゃいバケモノのマスコットが付いているそれは携帯で、そのバケモノっていうのはその持ち主が好きな映画のキャラ。紛れも無くこれは千歳先輩の携帯や。なんで俺の鞄に入ってるねん。珍しく朝練来はったと思えば何してくれとんじゃあの人は。部活ん時に渡そうと思ったが、他人の携帯を所持してるっちゅーのがなんか気持ち悪いし、しゃーなし届けに行くことにした。




千歳先輩の教室に着いて中を見渡すとその人は机に突っ伏してはった。馬鹿デカイ先輩は遠目からでも一発でわかる。誰かに声かけるのも煩わしいし先輩の所へ行くとその背中を軽く叩いてやった。


「んん…、光?珍しか。どげんしたとね?」

「そりゃこっちの台詞っすわ。これ、俺の鞄に入ってたんすわ」

「?…そげか。なんかすまんかったとね」

「ほんまっすわ。俺がわざわざ届けに来たんやからなんか奢ってくださいね。あ、善哉でええっすわ」

「んー…そげんやったらこの子ばあげるったい。ちっちゃくてむぞらしか」


そう言いながら携帯に付いていたストラップを取り、あろうことか俺に差し出してきはった。そのストラップってのはあのバケモノで、正直こんなん要らんわ。


「はあ?…こんなバケモノ要らんっすわ」

「なんてこと言うとね!バケモノじゃなか!強いて言えば妖精ばい!」

「いやいやバケモノでしょ。どう見ても」

「光はひどか…こんなむぞか子を…」


そうぶつぶつと呟く先輩に溜め息が出た。確かにこのストラップはちっちゃいけど映画じゃ馬鹿デカイやん。それにどっちかっちゅーとあの猫の方が好きやし(まあどっちもバケモノやけど)。


「とりあえず渡しましたからね。今度からは気をつけてくださいよ。そんで善哉よろしく」

「んー」


そうだらけた返事をしながら先輩は手を挙げて再び机に突っ伏した。

歩きながらふと教室を眺めると、窓側の席で外を眺めている川瀬さんがいた。教室では友達と談笑している生徒が多い中、彼女は一人座っている。机には既に教科書が用意されており、肘を突きながら外を眺めている。


『あんまし他人と関わるの好きやなさそう』


川瀬さんについて話した先輩の言葉がふと脳裏に浮かんだ。そう言えば川瀬さんはいつも一人だった。ライブでも、屋上でも、廊下でも…。そして今も一人で静かに座っている。ざわざわと騒がしいこの教室で、彼女は一人違う空間にいるように見えた。そしてそれは、自分と重なって見える気がした。





その瞳にはどう映る

(覗いてみたい、その世界を)


20101006

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